Episode 22.Uproar
……とか言いつつ、律儀に法定速度を守っている。意外と安全運転だ。それでも十分に風を感じられ、楽しい気分になってくる。ちょっとハマりそう。
「ちゃんと掴まれ!」
肩にあった手を、無理やり腰の方へ回させる。そうすると密着状態になるのだが、この人は体重移動の方が重要らしい。風に靡く銀髪は光って幻想的なくせに、変なところでリアリストな女性だった。
「あそこだ! ウチのもんが全く歯に立たねーとは、なかなかの猛者みてーだな。なんとかできんのか⁉」
十分位で目的地に着いたらしい。白い服を着た人間が大勢いて、その大多数が地面に倒れていた。
「俺に任せてください!」
中心には思っていた通り、多々良さんが悠然と立っている。これだけの人数をたった一人で相手にして汗一つ流さないとは、つくづく怒らせたら恐ろしい人だ。怪我人が出る前に早く止めねば。
「多々良さん! 俺です! 落ち着いてください!」
「む? どうしてあなたがここに?」
戦闘になると神経が研ぎ澄まされているのか、俺が止めなくても多々良さんは落ち着いていた。それなのに単身、爆心地に突っ込むような心持をさせる。
「ちょっと色々ありまして! それより、この人たちは事件と関係ありません! 今すぐ拳を納めてください!」
「……いいでしょう。話を聞きます」
カクガクシカジカ…………。
どうなることかと思ったが、多々良さんは意外と素直に説明を聞いてくれた。お互いに誤解があったようで、それが解かれると平和的に交渉が成立した。
「すまねぇ! ウチのもんが先に手ぇ出しちまって。この借りはいずれ必ず返す! お前らも謝れっ!」
『すいやせんしたっ!』
事情を聞くと、どうやら先にホワイトライオットの誰かが、多々良さんにナンパ紛いのことをしたらしく、メンバー全員で土下座していた。
「その気持ちは嬉しいですが、今夜みたいに暴れ回っていては犯人を誘い出すことも難しいでしょう。何か打開策を考えねばいけません」
最初の事件の犯人がプロミスキャストという集団に、属しているのかは分からない。相手の犯行に対して、こちらは受け身にならざるを得ない状態だ。
「自警団として、このまま街を守らせるとか?」
俺の提案は打開策というよりは、妥協策でしかないだろう。それでも、まずは自分たちにできることをしていきたい。多々良さんもその意図を汲み取ってくれる。
「確かに犯人を捕まえることよりも、一般市民にとっては事件を未然に防ぐことの方が大事ですね。ホワイトライオットの皆さんには、駅を中心に警備してもらいましょうか。勿論、バイクは無しで」
「あ……いや、それだと機動力が……」
「禁止です」
「……はい。分かりました……」
愛車に乗れなくなってしまう側近さんは抗議するが、多々良さんには負い目があるので引き下がるしかない。少し不憫に思っていると、多々良さんの携帯電話が鳴った。
「どうしました? …………それは本当ですか⁉ ……了解しました。すぐに向かいます」
通話が終わったようだ。誰と話していたのだろう?
「大河原水面からの電話だ。どうやら犯人が捕まったようです」
「えっ! どうして姉ちゃんがっ⁉」
「家族に連絡するのは当然でしょう。それに、彼女にとっても他人事ではないですし……。私に付いて来るといい」
常識の話をしているのではないし、他人事じゃないってのもどういうことだよ⁉ 訊きたいことは山ほどあったが、もう既に多々良さんは俺の目の前にはいなかった。
「バイクを貸しなさい」
有無を言わさずチームのメンバーからバイクを奪い、ヘルメットを俺に投げて寄越す。乗れ、ということか。なら、移動中に話を聞かせてもらう。
「アタイらも行くぞ!」
『押忍!』
多々良さんを先頭に、側近さんがホワイトライオットを引き連れる。五台ほどのバイクが整然と夜の街を疾走するのは、なかなかに壮観だったろう。暴走族には全く見えない。
「どうして事件に姉が関係しているんですか?」
後ろから多々良さんの腰に腕を回した体制で訊く。風が心を落ち着かせていた。
「……被害者の女子高生というのは、郡山東高校の生徒です。生徒会長である彼女は、犯人に怒りを感じている」
俺ってやつは、自分のことしか考えてなかった。何もかものが調査不足で、思慮が浅い。だから加害者の気持ちを解ろうともしなかったし、被害者の気持ちを解った気でいた。それでもこれだけは断言できる。
「それは姉ちゃんの責任じゃない」
「彼女もあなたには言われたくないでしょうね。全く、似たもの姉弟だ」
フルフェイスのヘルメットで見えないが、どうせ笑っているのだろう。家族で似るのは当たり前だろうが。何それ流行ってんのか? いや、待て。冷静になれ、俺。風を感じろ。風の精霊に語りかけるのだ。
意識を集中させていると、もう目的地に着いた。姉とワゴン車が挟む地面には、数人の男たちが転がっている。そしてどういうわけか、萌とタイガーマスクを被った椋もいたのだ。
「青海殿! ……と、ゲエェっ⁉」
「キング、ご無事でしたか⁉ お前らはそいつらを縄で縛れ!」
『押忍!』
バイクから降り、チームのメンバーが男たちを縄で縛り上げる。俺も萌の方へ急いで駆け寄った。
「お前ら、帰ってたんじゃないのか⁉」
「その帰りに襲われたのよ。まさか、こんな大通りで犯行に及ぶとは思わなかったわ。でも、水面さんが助けてくれた」
萌が指す方向には、姉と多々良さんが向かい合っていた。姉がたまたま通りかかっていなかったら、今頃彼女たちは誘拐されて……それ以上のビジョンを想像し、俺は頭を深く下げて謝罪していた。
「すまない! 俺のせいだ!」
「大河原水面。これはやりすぎです」
俺が懺悔する前に、多々良さんは姉に言い迫っていた。姉は多々良さんの目を見ず、縛られている男たちも見ず、どこか暗い部分を見つめて言った。
「こいつらは人を殺しています」
通り過ぎた大型トラックのフラッシュが地面を照らし、俺は初めて転がっている男たちの状態を明確に視認した。犯人を縄で縛ることを命令されたチームのメンバーたちでさえも、どうしていいか分からず硬直している。なぜなら、犯人は縄で縛る必要も無いほど無抵抗だったからだ。
四肢が折れ、口から泡を吹き、白目を剥いている。しかし、骨を折ったり、鳩尾を殴ったりしただけでこうはならないだろう。武道を志したことのある俺が察するに、姉は犯罪者たちの股間を文字通り潰したのだ。ショック死してもおかしくない。
「私たちに犯罪者を裁く権利はありません」
「……じゃあ、彼女の魂はどこに還るというのですかっ⁉」
姉の嘆き、怒りは正当なものだ。しかし、だからといって無念が晴れるわけじゃない。それが分かっているはずなのに、理論では片づけられない感情が姉らしさを失わせていた。
「後は私に任せて、今日はもう家に戻りなさい」
多々良さんは優しく諭すようでいて、冷たく突き放す絶妙なバランスのニュアンスを含め、これ以上は何も話さないという意思表示をする。携帯を取り出し、警察に通報していた。
姉にかける言葉が見つからない。ただ呆然と立っていると、萌が俺の手を握った。意識を引き戻される。
「帰るわよ。今日はあたしも祖父母の家に行くわ」
「キングはアタイが責任を持って送り届けるぜ」
側近さんのいい方からして、椋を拉致したのは今日が初めてじゃないのだろう。その度に家まで送り迎えをしていたのなら、安心はできないけど任せるしかない。
タイガーマスクを被った少女に、もう一度だけ約束をする。
「必ず迎えに行くからな」
「待っているであります」
それだけを言い残し、彼女はバイクの荷台に乗って夜の闇へと紛れていった。
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