Episode 23.Raid
多々良さんが襲われ、それを通りすがりのホワイトライオットが助けた、というシナリオにして警察に説明するらしい。ワゴン車の中には大量のエロDVDが発見されたため、黒なのは間違いないだろう。
それが通り魔事件と関係あったのかは別として、電車の中でが大変だった。
落ち込んでいる姉に対し、俺と萌が必死でフォローしたのである。
「多々良さんはああ言ってたけど、姉ちゃんがいなかったら今頃どうなってたか分かんねぇし、俺としては一生頭が上がらない位に尊敬してるよ」
「あの人たちは常習犯よ。徹底的に報復しなければ、きっとまた同じことをしようとしたはず。私も助けられたことには感謝しています」
などと言っても、姉は心ここにあらずという様子で、曖昧な返事しかできなかった。萌も途中の駅で降りてしまい、俺一人ではお手上げである。
家に着くと飯も食べずに部屋へ閉じこもってしまったが、朝になると吹っ切れていた。制服の上にエプロンをかけ、台所で朝食の準備をしながら俺に宣言する。
「一晩じっくり考えてみた。……私は自分の信念を曲げない。目の前で困っている人がいたら助ける。強者が弱者を虐げていたら助ける。とにかく、気に入らないことがあったら助ける。それでも助けられなかった時は…………全部ぶち壊す」
「思考放棄したくなったらさ、俺に相談してよ。姉弟なんだから」
「ふっ…………ありがとう」
というやり取りがあり、今日から姉も事件の捜査に協力する旨を俺に伝えた。学校帰りに待ち合わせの約束をしたため、放課後をだらだら過ごすわけにはいかない。
授業終了のチャイムと同時に教室を抜け出したかったが、今日は間の悪いことに教室の掃除当番だった。午前中の学校はサボれるくせに、掃除当番はサボれないという、謎の小心さで掃き掃除を行う。
その途中、一昨日の廊下で訊き込みをした男子生徒が俺に話しかけてきた。髪型が特徴的なマッシュルームカットだから覚えている。
「大河原君。掃除が終わったら、美術室に来てくれないかな? ちょっと相談したいことがあるんだ」
「それ、今じゃないと駄目なのか?」
ただでさえ姉との待ち合わせ場所に遅れそうなのに、これ以上時間をロスするのは気が進まない。
「ちょっと、事件の噂に関係していることで……」
そうなると話は別である。眉唾物ではあったが、こいつには前にも情報提供をしてもらったし、手掛かりとなるのなら追加情報はありがたい。
「分かった。後で行くわ」
それだけを言い、早く終わらせるために掃き掃除を再開した。
十分ほどで終了し、美術室へ行く前に遅れることを姉にメールする。メールを送信して美術室に着くと、マッシュルームカットが一人で待っていた。いちいちマッシュルームカットって呼ぶのは長いから、マッシュでいいや。これが女子なら告白の勘違いをする余裕もあるのだが、そこまで流暢な事は言っていられない。さっさと中に入る。
「よう、待たせたな。で、事件に関する情報って?」
「僕の机に、こんなのが入ってたんだ……」
マッシュが差し出した紙切れを受け取って読んでみる。差出人はマリスとなっており、内容はこんなことが書かれていた。
“我々は組織ではない。我々は集団だ。そして大群だ。許しはしない。忘れもしない。待っていろ。”
おそらくプロミスキャストの一員だろう。もしかしたらストリーデビルも構成員かもしれない。これを突き詰めれば、事件の新しい糸口となりそうだ。
「これって脅迫ーー?」
脅迫文か? そう訊こうとしたが、その続きを言うことはできなかった。脳天を突く激しい衝撃を受け、前のめりに倒れる。後から激烈な痛みを知覚し、後頭部を殴られたのだと理解した。しかし、一体誰がそんなことを?
疑問に思っている場合ではない。気をしっかり持って、神経を繋ぎ留めろ。気合で受け身を取り、窓を背にして立ち上がる。すると目の前には、仮面を被った複数人の生徒がモップ、箒、バットなどの武器を持って立っていた。
「頭カチ割ったのに、気絶すらしないのかよ? 自信無くすわー」
俺はすぐさま戦闘態勢に入り、相手の戦力を分析する。まだどこかに潜んでいる可能性も含めて、人数は五人+α。服装が学ランであることから、全員が男子生徒だろう。ふざけたことに、五人とも泣いている白い仮面を被っていた。
「こ、これでいいだろ⁉ 早く解放してくれよ!」
俺と話したことのあるマッシュ野郎を利用し、誘い出して襲ったわけね。校舎内で喧嘩するにしては、用意周到なことで。
「ああ、いいぜ。でも、証言者になってくれないと困るんだよなぁ~」
「え? ぐあっ!」
俺を殺した後に罪を被せるつもりなのだろう。五人でマッシュを囲み、手に持っている鈍器でボコボコにしていた。この隙に逃げられそうな気もしたが、事件の真相へとなりそうな鍵をみすみす手放すわけにはいかない。
「もう止めてやれよ」
「俺に命令すんなコラぁあッ!」
どれだけ怒声を浴びようが、萎縮などしない。
「筋書きはこうだ。てめーにシメられていたキノコ野郎が、ぶちキレて殺してしまいましたってなぁ!」
怒りで我を失いそうになったが、頭部から血液が丁度いい感じに流れ出て、意識を自律させてくれた。
「どうして俺を狙う?」
「てめーが目障りだからに決まってんだろぉ!」
バットを上段に振りかぶって飛びかかってきた男の鼻骨を、プラスチック製の仮面ごと正拳で粉砕する。エビ反りになった相手は仰向けに倒れて失神した。呼吸を困難にさせる致命的なダメージを与え、戦意を喪失させるにはこれが一番手っ取り早い。まずは一人目。
「な、なめんじゃねええええぇぇぇぇーーーーーーッ!」
怯みながらも、今度は一斉に飛びかかってくる。多勢に無勢で密集するのはいいが、それだと長物の武器は邪魔なだけだろう。一点に向けられた四人の攻撃を躱し、左端にいた一人を蹴り飛ばす。
懐に入ってしまえば俺の独壇場である。隣にいた男の鳩尾を掌底で打ち、後ろにいた男もろとも突き飛ばした。正面から来る右端にいた男の左膝を蹴りで打ち抜き、足の動きを止める。力が入らず、体勢を崩した男の首に手刀を上から叩き込み、顔から地面に激突させた。これで二人目。
最初に蹴り飛ばした男が背後から襲ってくる気配を感じ、振り向きざまの上段回し蹴りを側頭部にヒットさせる。机を巻き込んで昏倒し、ピクリとも動かなくなった。これで三人目。
唯一無傷の敵がいたはずだが、掌底を受けて吐瀉物を撒き散らしている仲間を見捨て、一人だけ美術室から逃げようとしていた。ああいう奴が一番許せない。俺は机を踏み台にして飛び移り、逃げる男の後頭部にドロップキックをお見舞いする。顔からコンクリート製の壁に衝突し、血を撒き散らす。見た目は派手だが、ダメージはそれほど残らないから大丈夫だろう。これで四人目。
さて、残るは最後の一人なのだが……。仮面を取って命乞いをしてきた。
「ひいぃっ! こ、殺さないでくれ!」
まだ誰も殺してねーよ。もはや戦意を失った相手に対して、暴力を振るう趣味は無い。できるだけ知っていることを詰問する方が先決だ。
「お前がマリスか? それともストリーデビルか?」
「た、頼む! 俺は誘われただけで……」
「質問に答えろっ!」
「ちちち違う! ま、マリスはプロミスキャストの創始者だ! ストリーデビルは知らない! 本当だ信じてくれ! ネットで知っただけなんだ!」
創始者ぁ? それにネットだぁ? いきなり核心に触れたようでいて、雲を掴むような話だ。正体不明の人物ばかりで、もう誰が事件の犯人だか分かりゃしない。こいつらがストリーデビルを知らないということは、一連の事件と関係ないのだろうか?
「どうしてプロミスキャストの名を騙る?」
「だって、その方が格好つくってあいつらが言うから……。な、名前を使っただけだよ! 俺はただの模倣者だ! 俺は悪くない!」
呆れた……。俺はこいつらの犯罪心理が解らないし、解ろうとも思わない。だから、これ以上の質問をしない。話を聞いているだけで頭が痛くなりそうだ。ってか、実際に殴られたから痛いんだけど。一生の不覚。
「言い訳は警察でしてくれ」
「け、警察だって⁉ それだけは止めてくれ! 俺の将来はどうなるんだっ⁉ な、なんでもするから見逃してよ!」
「お前、少し黙れ」
喉に貫手を放ち、彼は自らの吐瀉物に塗れながら気絶していった。さっさと警察に電話しようかと思ったが、横から呻き声が聞こえる。襲撃してきた野郎共は一人残らず失神させたため、考えられるのはマッシュしかいない。
横たわったマッシュは体中が傷だらけで、酷い有様である。意識を失えれば楽だろうが、中途半端に痛めつけたせいで苦しんでいるようだ。警察に通報する前に、こいつを保健室まで運ぼう。後始末は学校に任せる。
「おい、しっかりしろ。保健室まで運んでやっから」
「…………ご、ごめん……」
「喋るなって」
マッシュを担ぎながら、待ち合わせをしていた姉のこと、プロミスキャストとかいう犯罪集団のこと、その他もろもろ考えていた。とにかく、警察の事情聴取で今日が潰れてしまうのは確定である。
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