Episode 24.Villain

 ムシャクシャしてやった。誰でもよかった。今は反省している。


 と、いうのが警察の事情聴取で分かった犯罪の動機らしい。よく聞くフレーズである。あれだけ前科持ちになることを恐れていたというのに、大義名分や使命感も無く、一時のテンションや気の迷いを優先してしまったようだ。しかし、それだけなのか? それだけで人は犯罪に奔れるのか?


 俺に対する恨み妬みもあったのかもしれないが、高校に入学してまだ半年足らずであったため、その割合は薄いと警察は推理した。どちらかというと、社会的な不満が要因ではないかという。


 似て非なるものだが、それと近い動機の犯行に無差別殺傷事件というものがある。違いは俺個人を対象とした犯行であり、犯人が集団であることだ。集団であればもっと冷静な判断を下せられたはずなのに、それができなかった。彼らは集団になってしまったことで、己の存在感をも消してしまったのではないだろうか?


 それと、どうして目立つ学校で犯行に及んだのかというと、四つの事件現場を線で結ぶと中心に学校があるから、次は学校で人が死ぬんじゃないかという噂を面白がったのだそうだ。風水じゃあるまいし、地理的な関係で運命を感じないでほしい。しかも、よりによって俺を狙うとか、どれだけ嫌われてんだよ。凹むわ。


 これらの情報は全て警察から聞いた説明である。ちなみに、ネットワークにあったプロミスキャストのホームページも削除したのだとか。被害者だということで、特別に話してくれたのだ。そして俺も軽く事情聴取を受け、呼び出した姉に引き取ってもらったのである。


 もう少し重要な情報を期待していたのだが、真犯人探しには役立ちそうになかった。というか、もし真犯人を捕まえたとして、それに意味は無いんじゃないか? そんな疑問が頭を過った時、俺は生きているのが辛くなった。


 心が空虚にならぬよう、久しぶりにゲームセンターへ赴く。例え社会にとって意味が無くとも、俺は椋のために動ければそれで十分だと、自分に言い聞かせるように。


「ここにいたの」


 ゲームをするわけでもなく、休憩スペースのソファーに座っていたら萌が話しかけてきた。昨日の事件については、朝のニュースが報道される前にメールで知らせてある。返信は一言、そう、とだけ書かれてあった。


「昨日は災難だったわね。頭は大丈夫?」


その言い方だと、俺の頭が悪いみたいじゃねーかよ。まぁ、実際に良くはないから何も言わない。気を紛らわす冗談だとしても。


「別になんともねぇ」


 今さらになって怖くなったとか、無意味に思えてきたとか、幼馴染にこんな弱音を相談できるわけがない。あまりにも自分勝手すぎる。


「……あれから、あたしにできることを考えたの」

「できること?」

「ゲームセンターにいる仲間で、この場所を守るのよ」

「そんなことできるのかよ?」


 街を警備する人間が増えるのは悪いことではないだろう。しかし、見返りが無ければ協力してくれるはずがない。


 例え集まったとしても、所詮は烏合の衆だ。武術の訓練を受けていない素人が街を警備したところで、何ができるというのか。相手は凶器を所持しているのだ。どうせ、取り押さえるのは警官任せになる。それなら、いてもいなくても変わらない。


「やってみなければ分からないじゃない」


 今のは冷静沈着な萌らしからぬ発言だ。それなのに、実体験に基づいた確証があるように聞こえたのは何故だろうか? 彼女は本気かつ、自信に満ち溢れている。


「ヴィダルさん。街中にポスターを貼ってきたよ」


 返答にあぐねていると、不可解な事を言いながら一心ファ乱さんがこちらにやってきた。しかも一人ではなく、後ろからぞろぞろと群がっている。


「お疲れ様です。すみません、言い出したあたしが活動を疎かにして」

「人数はいるから心配ないよ。おや、大河原君じゃないか。久しぶり」

「……こんにちは。それで、あの、何をしているんですか?」


「何って、街中に通り魔事件の注意を呼びかけるポスターを貼って、貼って、貼りまくってたんだよ」

「どうしてそんなことを……?」

「ヴィダルさんから聞いたよ。クローチェさんのことも、君のことも。水臭いじゃないか。君たちがいないと、ゲームセンターに活気が戻らないんだ」


 え? 俺たちってゲームセンターを活気づけるほど、重要なポジションにいたか? でも、確かに騒いではいたな……。


 群がっていた人たちが次々に不満を垂れ流す。


「クローチェたんがいないと寂しいよなぁ」

「目立つ子だったしね」


 そっちかよ。金髪で有名女子中学校の制服を着ていれば、ゲームセンターにいる珍しさも相まって、そりゃあ嫌でも目を惹く存在になるか。


「俺たちの天使だったのに……。それをこのクソ野郎が!」

「は? 俺?」


 なんか雲行きが怪しくなってきた。確かに俺も椋と同じく金髪だが、彼らは鬼の形相で次々と捲し立てる。


「馴れ馴れしく話しかけやがって~~っ!」

「自惚れてんじゃねぇぞチャラ男!」

「正直に言って、お前のことなんかどうでもいいんだよ!」

「俺たちはクローチェたんのためにやるんだ! そこんとこ覚えとけ!」


 ……罵詈雑言の嵐を浴び、欠片ほどあった感謝の意が萎んでいった。それどころか、怒りが沸々と込み上げてくる……。ゲーマーというのは不良よりも性質が悪いな……。しかし、何も言い返すことができない。


「理由はどうあれ、彼らは協力してくれたの。この事実は曲げようがないわ」


 自分にできることは何か? ただ単純に犯人を捕まえることばかりを考えていた。でも彼らはポスターを作成して貼るなど、街中の人に注意を呼び掛けていた。


 直接的な犯人の逮捕には無意味かもしれないが、こうして意識させることで犯罪の防止にも繋がるかもしれない。そうして住民全員が協力して現行犯逮捕できるかもしれない。


 何もできないじゃない。やり方はいくらでもある。この際、可能性はどうだっていい。虱潰しにやっていくだけだ。


「……萌の言う通り、諦めるにはまだ早いな!」


 やってみたけど駄目だったなんて、根性無しの言い訳だ。他人を見下し信じようともしないで、自己を正当化していては成長できない。


 少なくとも、格闘ゲームをやって良かったと思えるくらいには、意味があったことだろう。それを証明してやる。


× ×


 意気込んだのはいいものの、もう今日はやることがないと言われ、日が落ちてから家へ帰ることにした。この前の襲撃で体が鈍っていることを実感していたし、明日からの準備をするためにも体を鍛え直そう。


 まずはランニングをしようと、玄関を開けたら親父が目の前に現れた。


「帰ったぞ」

「…………」

「さっさと退け。家に入れんだろ」


 落ち着つくんだ俺。突然の来訪に驚きはしたが、取り乱している場合ではない。とにかく頭を冷やし、集中力を高めよう。そうだ、俺は走ろうとしていたのではなかったか。ランニングをしながら思考することで、溜まりに溜まっていた鬱憤を整理することができる。


 季節はもう初夏に入った。夜でも気温が上がり始め、風のない梅雨の湿気により、これからは蒸し暑い日が続くことになるだろう。少しでも爽快な気分に浸りたかった俺は、とにかく全速力で走った。ゲームばかりして運動不足が祟ったせいか、走っていて汗が滝のように流れ出てくる。足が痛くなりそうになっても、迷いを吹き飛ばすかのように俺は走り続けた。


 目的もなく、ひたすら無心で走った。そして気づく。いくら走っても熱くならない。首の後ろ辺りが悪寒に包まれ、まるで俺は不安から逃れるように町中を疾走していた。もう駄目だ我慢ならない。やはり、この言いたくても言い表せなかった感情を、今こそ爆発させるべきなのだ。一発くらい殴らないと、こっちの気が収まらない!


 すぐさま家へと戻り、玄関を蹴飛ばす勢いで物申す。


「今まで何してたんだよ⁉」

「あ、お帰り。遅くなって悪いな。今ご飯作っているから、もう少しだけ待っていろ」


 居間にいたのはエプロンをつけた姉だけだった。キッチンで呑気に料理なんぞしており、こちらの毒気が一気に抜けてしまいそうになる。


「あれ? 親父は?」

「なんだ、お父さんが帰ってきていたのを知っていたのか? お姉ちゃんが家に着いた時にはいたのだが、またどこかに行ってしまったよ」


 どうやら家族三人、すれ違いで家の出入りをしていたらしい。鉢合わせするよりかは幾分マシだが、親父に文句の一つも言ってやることができなかった。


「何しに来たんだ……?」

「さぁな。荷物でも取りに来ただけなんじゃないか?」


 それにしたって、もっと何かしらあるだろ。ウォークマンを自室に忘れてた、みたいな気軽さじゃないんだから。


「どのくらい会話したんだよ?」

「いつもの作り話さ。確か今回は、天才科学者によるバイオテクノロジーの技術によって生み出された、ロボット兵団を壊滅させたとかなんとか言っていたぞ」


 久しぶりに会ったというのに、ろくでもないことを娘に吹き込んでどうするつもりだったのだろう? それが深い出来事に繋がったという経験は無かったし、あのバカ親父の行動理念は全てが謎である。


「親父の仕事って何?」

「経営コンサルタントとかじゃないか? 道場も趣味でやっているとか言っていたしな。そもそも、父親は子供に仕事の話をしないものだ」


 そういうものだろうか? 昔は正義のヒーローだとか言っていたのを本気にしていたが、小学校高学年くらいで微塵も信じなくなった。


「というか、すごい汗じゃないか。先に風呂へ入れ」

「いや、飯を食ったら鍛錬するからいいよ」


 言った後で、しまったと後悔した。襲撃事件があったばかりだというのに、これ以上の心配をかけるようなことをしたら、また言い争いになってしまう。


「鍛錬だと? あれだけ危険な目に遭ったというのに、まだ懲りてないのか」

「学校で起きた事件と、ゲームセンターは明らかに別件だろ」


 つい、ムキになって言い返してしまう。あのレイプ犯人チームを撃退してからというもの、姉は一度だけ落ち込みはしたが、今日まで気丈に振舞っていた。その努力を無為にし、掘り返す必要性は無いはずだ。もう止めろ。


「お姉ちゃんが招いた惨事を忘れたのか? 所詮、暴力では何も解決しない。なおさら放っておくわけにはいかないな」


 宣言しよう、今から俺は馬鹿なことを言う。姉の複雑な気持ちを無視し、迷いを断ち切るために冷たく突き放す。そうでもしなければ前に進めない。


「それは姉ちゃんが復讐という形で、武力を行使したからだ!」


 正義は善を超越する存在でなければいけない。共同体を優先した姉の力は、それもある一つの善にすぎなくなってしまったのだ。


「じゃあ、どうすれば良かったのだっ⁉ 悪を倒しても報われないし、救われないのなら、正義を執行したって自分が傷つくだけだろ!」

「それでも誰かがやらなきゃいけないんだ!」


 個人が各々の善を持って行動する以上、正義なんてあっても邪魔なだけだ。それでも生きる意味を見出し、生きづらい世の中を変えたいと思うのなら、俺がコミュニティを抜け出して正義を執行してやる!


「俺はその件で姉ちゃんを責めたりはしないし、ましてや間違ってたなんて思ってもない! だから俺は俺の好きなように決断する!」


 誰もが善を追求する権利を有しているのなら、この世に悪は存在しないのかもしれない。だからこそ善と善の衝突が起こるとしても、俺が自由を阻害する敵を可視化して、ぶっ壊す!


「お姉ちゃんの知らない間に、自分の言葉を持つようになったか。それならば喪失した希望の実現こそを、男子の本懐とせよ」


 言っている意味はよく分からないが、何とか姉を説得できたようで安心した。いちいち行動を起こす際も、少しくらいは理解を示してくれるだろう。鍋から匂ってくるハヤシライスのことも、いつか誤解が解けるといいのだが……。


「早く晩ご飯の支度をしよう。だがその前に、汗だくのTシャツくらいは着替えろ」


 確かに汗が冷えて肌寒い。姉の言うとおりに自室へ行くと、机の上に見覚えのない箱が置いてあった。箱の上に添付してある便箋を開いてみると、なんと親父からのメッセージが書かれていた。


『俺はこれから、ネットハッキング集団過激派の本部を叩く。家に帰ったのも、戦前に祖父が改造した通信機を取りに戻っただけだ。奴らにアナログの底力をみせつけてやる』


 相変わらずの世界観を展開しているが、父親の立場から息子に何を伝えたかったのか全く読み取れない。悪ふざけにしても、凝りすぎじゃないだろうか? 訝しんで注意深く手紙を観察すると、裏に続きが書いてあった。


『誕生日おめでとう』


 今日は俺の誕生日じゃねえし。また半年は帰ってこないつもりか? 何はともあれ、箱の中身はプレゼントか何かだろう。淡い期待を込めて開けると、中には歪な形をした鉄アレイが入っていた。


「いらねぇよ!」

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