Episode 25.Malice

 その日から昼はゲームセンターの面々。夜はホワイトライオットの連中が交代制で街を巡回するようになった。警備ではなく巡回。その差異にどのようなニュアンスが含まれているのは明確でないが、パトロールのようなものである。


 俺は学校で襲撃があった事件後であろうと、何事も無かったかのように登校している。周りからの視線が突き刺さろうが、別に前と扱いが変わったわけではない。あれだけの事件を起こした教育現場でありながら、何も変わろうとしないのだ。どいつもこいつも狂っている事に自覚がなく、教室にいるだけで嫌気が差す。


 放課後になり、活動を再開しようとしたところ、携帯にメールが届いた。協力者からの連絡かもしれないので、歩きながら廊下で内容を確認する。何気なく開いた文面には、驚くべきことが書かれていた。


件名:不特定多数の悪意

本文:我々はプロミスキャスト。彼女は預かった。返して欲しければ、小山田ゲームセンターに必ず一人で来い。他の奴に連絡すれば殺す。


 普通ならば、こんな迷惑メールは相手にしない。しかし、差出人がプロミスキャストというなら油断大敵である。恐る恐る下へスクロールしていった画面には、ロープで縛られた飯妻萌の写真が貼り付けられていた。


 言葉が出ない。反応できない。冷や汗が止まらない。現実味が無い。動揺を隠しきれず、携帯を持つ手が震える。


 どうして俺のアドレスを? どうして萌を? 何が狙いなんだ? 思考を整理できずに疑問符ばかりが脳内に溢れ、容量オーバーになってしまった。


 十秒ほどしてから、ようやく心の平穏を取り戻す。


 小山田ゲームセンターというのは、俺と萌が再開した場所である。コピンと問題を起こして出禁となったため、あれから一度も足を踏み入れたことがない。個人営業とはいえ、半月以上経てば時効だろう。


 萌の携帯に電話してみるが、繋がる様子はない。非情にも無機質なアナウンスをされるだけだった。


 靴を履き、全力疾走で小山田ゲームセンターへと向かう。萌を人質に捕った理由など、様々な疑問は残るが、今は指定された場所へ行くしかない。罠でも上等だ。こんな悪ふざけをする奴は、何があっても絶対に許さん!


 そう思うと、走っている途中で怒りが大きくなってくる。考えるのでさえ億劫であり、不安を走ることで吹き飛ばす。怒りをエネルギーにでもしなければ、精神的にやっていられなかった。


 目的地である小山田ゲームセンターに着いたが、どうやら営業していないようだ。入り口を固いシャッターで閉ざしている。中に入れないのだが、ここで待てばいいのだろうか? 他に入れそうな所が無いか調べる。


 すると、裏口の扉があった。まさか開くわけはないと思いながらドアノブに手をかけると、やはり回らない。しかし、そういえばトイレに窓があったことを思い出す。そこから侵入するのは変質者にしか見えないが、非常事態だ。なりふり構っていられない。


 さらに回り込むと、高い位置にスモークガラスがあった。やはり鍵は開いており、懸垂でなんとか店内へ入ることに成功した。


 筐体のある方へ移動したが、閉め切った店内は異様に暗く、あまり見通しが良くない。ブレーカーを探して明かりを点けようにも、これでは見つけるのに苦労するだろう。その上、暗闇で襲われては対処する自信が無い。


 いい年して心細くなっていると、急に店内の明かりが点く。俺の他にいるのは一体誰だ? スタッフルームから一人の男が出てくるのに気づき、咄嗟に身を構える。しかし、現れたのは俺の知る人物だった。


「あれ? 大河原君どうしてここに?」

「……一心ファ乱さんこそ、どうしてここに?」

「いや、オレは携帯で犯人に呼ばれて……」

「それ俺もです! 萌を知りませんか⁉」


 犯人に呼ばれたのは俺だけじゃなかった。しかし、ここに二人を呼ぶ犯人の狙いはなんなのだろうか?


「ヴィダルさんのことだよね? オレも探しているんだけど、大河原君が犯人ってわけじゃなさそうだし……」


 ゲームセンターに来たはいいが、肝心の萌がいない。かといってここを離れるわけにもいかない。どうしたらいいか思案していると、また犯人からのメールが携帯に届いていた。


件名:なし

本文:ゲームで対決し、勝ち残った方に彼女の居場所を教える。


「なんだこれ?」

「勝った方がヴィダルさんを救えるというわけだね」


 それはそうなのだろうが、事の重大さとゲームという内容が釣り合わない。萌が苦しんでいるかもしれないのに、自分たちが呑気にゲームをやっている気分にはなれなかった。


「こんなの、やる意味が分からないですよ……」

「恐らくオレたちは監視されている。やらなければヴィダルさんの居場所は謎のままだ」


 この際、犯人の意図を探るのは後回しにしようということか。萌が人質として捕らわれている以上、下手な行動は慎むべきだろう。


「ゲームというなら、格闘ゲームで構わないかい?」


 それが妥当だろう。他ジャンルのゲームはやったことがないし、勝敗を判定しづらい。確認をとると、一心ファ乱さんはスッタフルームへ鍵を取りに行った。昔はゲームセンターでバイトをしていたらしく、慣れた手つきで筐体を起動させた。


「言っておくが、オレは負けるつもりなんて無い」

「……望むところです」


 どういうわけか、早く負けて一心ファ乱さんに萌を救出させよう、という気にはならなかった。負けず嫌いなだけかもしれないが、やるからには勝つ。


「だが、ハンデとしてオレが三ラウンドをとる間に、君が一ラウンドでもとれたら君の勝ちにしよう」

「勝手にルールを決めていいんですか?」

「オレは操作しないから、先に君が二ラウンドをとってくれ。そこから勝負を開始すれば問題ないだろう」

「分かりました……」


 明らかに舐められているが、これで対等なのだ。実力差を知っているからこそ、断る理由が無かった。スタートボタンを押し、キャラを選択する。


 俺が1P側でレオ。対峙する相手は予想通りファランを選択していた。


「大河原君。ゲーム脳というのを知っているかい?」


 一心ファ乱さんが突拍子もない話題を持ちかける。


「聞いたことはありますけど、それがどうしたんですか?」

「ちょっとした雑談さ。聞き流してくれたって構わない」

「はぁ……」


 もう既にバトルは開始されていた。一心ファ乱さんが約束したハンデ通り、無防備なキャラに攻撃を当てる。


「ゲーム脳というのは、無差別通り魔事件が頻繁に起こった時期に、ある専門家が犯罪者の心理を説明するために用いた造語さ。犯人が潜伏中に暴力表現のあるテレビゲームを購入していたから、という理由で分析された」


 ゲームをすると頭がおかしくなる。そのような理由を聞かされていたせいか、俺は子供の頃からテレビゲームの類は禁止されて育ってきた。


 俺自身、それで不満に思ったことは無い。ゲームで時間を無駄にするくらいなら、体を鍛えた方がマシだとさえ考えていた。最初に格闘ゲームをやろうと思ったのは気まぐれである。


「それは信憑性の無い仮説であったにもかかわらず、マスコミが取り上げて瞬く間に浸透してしまった。その何年も前からテレビゲームはあったのにね。どうしてだと思う?」

「……さぁ?」


 考えてみても見当がつかない。しかし、突拍子の無い話題であったにもかかわらず、俺はいつの間にか聞き入っていた。


「民衆は敵が欲しかったのさ。全ての罪を被せられる、悪役がね」


 必要悪というやつか? いや、それとは微妙にニュアンスが異なる。そこには人間の精神の下劣さ、根性の汚さ、糊塗、欺瞞、追従といった性質のものが含まれている。それを踏まえて、この男は何が言いたい?


「青年N、連続幼女誘拐殺人、酒鬼薔薇聖斗。これらの細部は違うが、無差別通り魔事件と動機が似ていると思わないかい? だけど、犯罪心理なんてどうでもいい。オレはね……先駆者たちの行動を無下にした、愚かな大衆が許せないんだ」


 これだけ言われて、勘付かないという方がおかしい。二ラウンド目を終え、俺は慎重に言葉を口に出そうとする。


「テメー、もしかして……?」

「……そろそろオレもプレイするとしよう」

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