Episode 26.Dialogue

 三ラウンド目が開始されると、一心ファ乱さんは俺の台詞を遮って攻撃に転じた。猛烈なラッシュに耐えかね、俺の体力ゲージは見る見るうちに削られていく。


 自分だけ言いたいこと言いやがって、人の話には聞く耳を持たないってかよ。間違いない、一連の通り魔事件の犯人はこの男だ。どうして自分から名乗り出るような真似をしたのかは謎だが、決定的な証拠があるわけではない。


 今すぐにでも飛びかかりたい衝動を抑え、ゲーム画面に集中する。だが既にKOされており、四ラウンド目が始まっていた。


 何らかの手段で俺をここに呼び出したのも、この男の仕業だろう。こうやって対戦する意図を探るため、俺は何としてもこのゲームに勝たなければならない。


 しかし、実力差は歴然。手も足も出ないまま反撃する術さえ持たない俺は、この醜い思想の全てを終わらせる。


「自己を正当化しているのは、テメーの方だろ?」

「言いがかりにしか聞こえないね」

「社会を敵にして恨みを言っているのは、テメーなんじゃねえのかって言ってるんだよ!」

「…………黙れ」


 最終ラウンドが始まる。泣いても笑っても、これが彼と最後の闘いとなるだろう。相手の心を揺さぶるため、俺はさらに追撃する。


「そうやって被害者面してたら楽だよな。同情してもらえたら楽だよな!」

「お前に何が解るっ! ガキが偉そうなことを言うな!」


 激昂する一心ファ乱は、プレイのキレが無くなっていた。不用意に大振りの攻撃を放ち、俺にガードされたことで確定反撃を入れられる。空中コンボへと移行しながら、俺は相手の怒りを煽り続けた。


「ルサンチマンの言うことなんざ、解りたくもねぇ! 法律に守られたいだけのくせに、我儘を言っているようにしか聞こえねぇんだよっ!」


 自分は悪くないと、そう思わなければ生きていられない彼の固定概念を崩壊させる。


 ファランの蹴り、拳、連続攻撃、崩し、投げ、そのどれもが直線的で荒々しく、俺はそれら全てを受け流した。本当だったらこんなに上手くいかないのだが、相手のプレイは焦りで鋭さを欠いていた。


「国が悪い! 社会が悪い! 環境が悪い! 人間が悪い! なら、それら全てを変えようとするのが当然だ!」

「言うことだけは一丁前だな! 大人は汚い! 自由は無い! 平等は無い! 弱い奴が悪い! その現実を理解した上で、世の中を変えなきゃ意味がねぇ! 理想という綺麗ごとを並べ立てるなんざ、誰にだってできるっ!」


 彼にもやんごとなき理由があるのかもしれない。親、学校、人間関係、勉強、運動、就職、仕事、金、恋愛。人生を段階的に表すのなら、どこにだって挫折の石ころは転がっている。自分だけが苦労して努力していると勘違いしていては、いつまで経っても過去を振り返ることができないのだ。


「こ、こんなことを、認めるわけには……」


 辛く厳しい現実と、優しい嘘で世の中は成り立っている。優しい現実なんてのは幻想にすぎない。でも、だからこそ生きようとする。人生を楽しもうとする。そのために俺たちは苦労して努力して成長して、自分の手で幸せを掴みとろうとするんだ。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 相手の上段蹴りをしゃがみながら避け、右拳を顎に打ち込む。浮かせた体にリズムよくジャブをヒットさせ、上から地面に叩き伏せた。バウンドしたところで肩からタックルし、フィニッシュ技の掌底で相手を吹き飛ばす。


 画面に表示されるKOの文字。それは俺が勝利したことを意味している。


「俺の勝ちだ。訊きたいことは山ほどあるが、まずは萌の居場所を吐け」

「はは、は……」

「おい、聞いてんのか?」


 放心状態の一心ファ乱の元まで歩き、胸倉を掴む。


「……確かにオレの負けだよ。でも、だからどうした?」

「何?」

「たかがゲームだろ? オレはただ純粋に楽しみたかっただけさ」

「テメ、ぐっ!」


 いきなり頬を思い切り殴られた。怯んだ隙に、一心ファ乱は俺から素早く距離を取る。油断していたとはいえ、いいパンチをもらってしまった。


「優月! 暇虫! やれ!」


 一心ファ乱の呼びかけに応じ、二人の大男が奥から出てくる。店内に潜んでいたことに気づけなかったとは、俺も間抜けなもんだな……。


「やっと茶番が終わったか。あんたに怨みはねぇが、ここで死ねや」


 長い陰毛のような髪をブリーチした恰幅の良い男は、ゲームセンターで台パンを連発していたマナー違反の客だ。ニタニタ笑いながらこちらに近づいてくる。放たれる殺気からして、おそらく武芸者だろう。一体、どこからこのような人材を集めてくるのだろうか?


「まさか、テメーがストリーデビルの仲間だったとはな。あの揉め事も、全てが演技だったわけだ」

「勘違いすんな。プロミスキャストは秘密主義でな。顔まではメンバーでも知らねーんだ。ストリーデビルだって知ったのも、今日初めて教えられたんだぜ?」


 今にして思うと、一心ファ乱としての彼の行動は、不審な点が多すぎたような気がする。親切心を見せているようで、全てはこの日のための布石だったというわけか。


「よぉ、久しぶりだな」


 もう一人のひょろ長い男が俺に声をかけてくる。……どこかで会ったっけ? ああ、でも、あの顔は良くも悪くも強い印象があった。 


「あん時のニキビか」

「……殺す」


 二人同時に襲い掛かってきた。陰毛野郎は柔道、ニキビ男は刃物を得意としているのが構えで分かる。先に武器を無力化したいが、もう片方に柔道技で掴まれたら一環の終わりだ。二人を相手にせず、親玉を標的とすることに決めた。


「ふごっ!」


 陰毛野郎の汚らしい顔面に靴底を沈ませ、天井すれすれに跳躍する。そのまま一心ファ乱にも飛び蹴りをお見舞いしてやろうとするが……。


「甘い」

 予想以上に軽いフットワークであっさり避けられてしまった。着地するタイミングを見逃さず、きっちり拳を何発かくらってしまう。


「ボクサーか……」

「もう君は詰んでる」


 陰毛野郎に襟首を掴まれ、頭から床に叩きつけられた。ただのデブかと思いきや、なかなか打たれ強い。こっちは脳震盪を起こし、三半規管が正常に作動しなくなった。


「ほらよ」

「ぐああああああぁぁぁぁーーーーっ!」


 ニキビ男に左腕をナイフで刺され、経験したことのない痛みにのた打ち回る。異物が表皮を切り裂き、体内に侵入してくる恐怖。体中に冷や汗が流れる。


「うるせぇな。次は腹に刺すか?」


 この男は人を刺すことに、一切の躊躇いが無かった。相手を戦闘不能にしかできない俺とは違い、こいつらには相手を殺すという、もう一つの選択肢がある。力を発揮する上で、ブレーキの掛からない者は強い。


 生半可な攻撃では陰毛にダメージを与えられず、かといって他の奴を相手にすれば後ろから投げ技で床に叩きつけられる。これは本格的にヤバい。万事休すか……。


 せめて抗って潔く散ろうと覚悟した時、床伝いに振動して何かが来るのを感じた。その振動は大きくなり、なにやらエンジン音まではっきりと聞こえてくる。


「何だ?」


 誰かが訝しげにしていると、一台のバイクが目の前に突如として現れた。


 爆音を轟かせるそれは店のシャッターを切り裂き、ガラスのウィンドウを突き破って中に躍り出る。停車したバイクから悠然と降り立ったのは、二人の女性だった。


「大河原青海。生きていますか?」

「借りを返しに来たぜ」


 夢を見ているようだった。赤色と銀色の髪が合わさり、俺を守るように前へ出る。


「多々良さんと側近さん! どうしてここに⁉」

「お前それ、もはや誰の側近だか分からなくなってるだろうがぁ!」

「柏倉琥珀。(かしくらこはく)今は目の前の獲物に集中しなさい」


 こういう時、多々良さんの二人称は便利である。


「……君たちは何ものだ?」


 突然の侵入者に驚く敵三人。しかし狼狽えることはなく、堂々と相対していた。


「そっちのデブは任せたぜ」

「いいでしょう。任せなさい」

「シカトかコラァ!」


 ニキビが柏倉さんに向かって刃物を振り回す。躊躇いなく人を殺せる黒い狂気が、光を呑み込もうとする直前。


「白虎・霞草」


 そう呟き、柏倉さんは目にも止まらぬスピードで隠し持っていた匕首を取り出し、鞘から刃を解き放つ。銀色に煌めいた居合切りの後には、ニキビ男が俯せで倒れていた。


「峰内じゃあ」

「いや、血が出てますけど⁉」


 左腕から出血している俺ほどではないにしろ、ニキビ男は口から吐血していた。


「……ニキビじゃね?」

「んなわけあるかっ!」


 一瞬でやられた相方を目の当たりにし、陰毛野郎が激怒する。


「ふざけてんじゃ……」

「あなたの相手は私です」


 鳩尾に一閃。経験者だからこそ、多々良さんの凄さが分かる。踏込、足首、膝、腰、背中、肩、腕、拳にまで至るパワーのルートが全て合致し、一瞬で爆発的な威力を生んでいる。見惚れるほどに洗練された正拳突きだった。


 体を突き抜ける衝撃に耐えきれず、陰毛野郎は白目を剥いて仰向けに倒れる。


「大河原青海、自力で立てますか? 柏倉琥珀、応急処置を」

「ったく、仕方あるめぇ」


 彼女は文句を言いながらも、白いバンダナで傷口を止血してくれる。さらに包帯を取り出し、腕に巻いた包帯の両端を首の後ろで結ぶことで、腕を吊るせるようになった。


 痛みが完全に引いたわけじゃないが、体を動かせるくらいには楽になる。その優しさに心を打たれ、素直にお礼を言う。


「ありがとうございます」

「礼なら簪に言いな」


 ファーストネームで呼び合うとは、多々良さんと柏倉さんとの間に何があったのだろうか? 何はともあれ、痛みを我慢して俺も立ち上がる。


「な、なんなんだ君たちは⁉」


 用心棒を両方とも一撃で沈められ、焦りまくった彼はもう一度同じ質問をした。


「カスに名乗る筋合いはねぇ」

「あなたがストリーデビルですか?」


 俺に話した後で隠しても意味が無いと悟ったのか、彼は自ら犯人を名乗る。


「い、一応は、そうだ。でも、どうしてここが分かった?」


 このゲームセンターは小さい上に地味で人が集まりにくい。ゲームとはあまり縁のない二人では、ここがあることすら知らなかっただろう。しかも、俺のピンチに駆けつけてくれたとは、一体どういう風の吹き回しか。


「おいおい。ヒントを与えといて、そりゃあねぇだろ」


 ヒントって、メールではないよな? 事の真相を多々良さんが語り始める。


「一連の通り魔事件ですが、現場を線で結ぶと中心に西高があるという噂を聞きました。しかし、女子高生だけが遺体を神社に移されたのは、どう考えても不自然です。警察がレイプ犯を捕まえましたが、事情聴取の結果によると、その犯行だけは身に覚えのない様子とのこと」


 俺はてっきりレイプ犯がしたことだと思っていたが、言われてみれば確かに死体を神社に運ぶメリットが無い。どうせならもっと目立たたない場所で処理するだろう。


 ということは、レイプ犯はプロミスキャストに便乗していたようで、実はプロミスキャストがレイプ犯を利用していたのか。ええい、まどろっこしい!


「被害者の女子高生は東高の生徒だったため、もしやと思い神社ではなく東高と線を結ぶと、その中心にこのゲームセンターがあったわけです。ここが犯人のアジトではないかと、大河原青海に話そうとしたところ、電話に出ない上にゲームセンターにもいない。嫌な予感がしたため、柏倉琥珀を呼び出して探し回った次第です」


 焦燥感がありすぎて、電話の着信に全く気が付かなかった。それでも探しに来てくれたとは、感無量である。


「ふっ、そんなの遊び心だよ。よくもまぁ、信じる気になったもんだ」


 例え犯人の遊び心であったとしても、多々良さんは諦めず念入りに思考し、可能性を見出そうとしていた。


「犯人像を推測したところ、損得勘定のなっていない快楽殺人者だと考えました。それにしては計画的だと思っていたのですが、犯人は複数いたのですね。勘に従って正解でした。おそらく、あなたたちは犯罪にゲーム性を加えることで、烏合の衆をまとめていたのでしょう」

「さっさとお縄につけぇい!」


 柏倉さんが追い詰める。図星を突かれたストリーデビルは両手を上げ、無抵抗であることを示した。それでも口数は減らない。


「……君たちに最後の問い掛けだ。どうして俺がストリーデビルと呼ばれているのか知っているかい?」

「通り魔をそのまんま英語に訳しただけだろーが。由来なんかどうだっていいわ」

「分かってない。分かってないなぁ……。オレがストリーデビルと呼ばれている所以は、こういうことさ!」


 最後に悪足掻きするかと思いきや、彼は着ている衣服を素早く脱ぎ捨てたのである。さらにパンツも脱ぎ、彼は生まれたままの姿となっていた。


「「キャっ!」」


 え、何その可愛い悲鳴。初心すぎるお姉さま方に惚れかけたが、今はそんな配慮をしている場合ではない。


「ただのストリーキングじゃねーかっ!」

「はぁーーーー、はっはっはっはっはぁ!」


 変態は背中を向け、高らかに笑いながら逃走していった。この時点であいつの勝ちのような気がする……。


「裏口から逃げる気です! 外から回り込んでください!」

「乙女に汚いもん見せやがって! 死に晒す!」

「……万死に値します」


 ようやく復帰したが、もう遅い。あの変態を一瞬でも外に出したら、幼い少女たちにトラウマを植えつけることになる。それだけはなんとか避けたい。しかし、ダメージの残る俺の体では、追い付けそうになかった。


 ところが、裏口へと繋がる通路へは飯妻萌が立ちはだかっていた。どうやって脱出したのだろうか? いや、それよりも俺は幼馴染に叫んだ。


「逃げろ、萌!」


 彼女は怖気付くどころか、向かってくる変態の股間を足で蹴り上げる。


「はうるっ……!」


 一心ファ乱は消え入りそうな悲痛を残し、あえなく撃沈した。


 ……度胸ありすぎだろ…………。


「その腕はどうしたの?」


 萎縮していると、萌が俺の左腕に注目する。


「ちょっと刺されただけだ。柏倉さんが応急処置をしてくれたから心配ない。お前こそ、どうしてここに?」

「……連絡が取れないから、やっぱり変だと思ったわ。少し話したいことがあるの。あたしについてきて」


 今回の事件と関係しているらしい。後始末を多々良さんと柏倉さんの二人に任せ、俺は萌に右手を引かれながら裏口からゲームセンターを出た。

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