Episode 27.Complex

 俺が連れられたのは、再会して逃げ込んだあの小さな公園である。もう外は夕日が沈もうとしていた。


「話があるってなんだよ?」


 それよりも、どうして捕らわれの身から抜け出せたのかを訊きたい。しかし、俺はベンチに腰を落ち着かせ、萌が話し始めるのをゆっくりと待つ。暫く思い詰めていたが、意を決して口を開く。


「……あたしがプロミスキャストの創始者、マリスよ」


 重い雰囲気だったから覚悟していたとはいえ、このカミングアウトは流石に動揺した。


「どうしてお前が⁉」

「最初はふとした出来心だったの。ネットでコミュニケーションをとりたくて、サークルのようなものを作ったのよ。それがプロミスキャスト。由来は……まぁ、好きなゲームの難易度にそういうモードがあったから」


「マリスは?」

「仲間内で勝手に名付けられただけ。適当に愚痴を零していたら、そういう風によばれるようになったの」


 それでmaliceか……、訳したら悪意っていう意味だが、どれだけ酷い悪口をネットに書き込んでいたんだ……? 想像するだけで恐ろしい……。


「それがどうして通り魔事件になるんだ?」

「だから友達とか、学校とか、仕事とか、社会に対する不満を仲間内で愚痴っていたのよ。あたしは中学卒業を機に脱退したのだけれど、それがいけなかったみたい。残されたメンバーは使命感を持つようになって、知らないところで暴走してしまった……」

「良かった……。萌は何も悪いことをしていないじゃないか」


 これが学校裏サイトとかなら問題になるのだろうけど、関係のない所で誹謗中傷を書き込むくらいだったらいいだろう。知り合いが見ているわけじゃないし、溜め込む方がよっぽど健康に悪い。


「いえ、今回の襲撃はあたしが一心ファ乱に頼んだことよ。まさかプロミスキャストのメンバーで、その上ストリーデビルだとは思わなかったけど、あんたを危険な目に遭わせてしまったわ。……ごめんなさい」


 なるほど、グルだったわけか。じゃあ、あの写真も作り物だったわけだ。それを聞いて俺は怒るよりも、やはり安堵の方が大きい。


「どうして謝る?」

「どうしてって……あたしが元凶なのよ?」

「違うな。萌は許して欲しいんじゃなくて、俺に止めて欲しかったんだろ?」

「…………」


 今なら一心ファ乱の気持ちが解るかもしれない。おそらく彼は、萌のことが好きだったのだろう。何らかの手段でリアルに出会い、そしてゲームセンターで気軽に話せるくらいには親睦を深めていった。


 しかし、そこに俺がいけしゃあしゃあと現れたのである。幼馴染という立場を利用して、萌に世話をしてもらっていた俺は、彼にとって嫉妬の対象だったろう。危険に身を投じる俺を萌が心配し、止めようと相談してきた彼女の計画を利用して襲った。道理でゲームセンターの奴らが協力的だったわけである。まぁ、ただの推測にしか過ぎないが、俺を執拗に狙う理由にはなっていると思う。


「……柏倉さんからプロミスキャストの現状を聞いた時は驚いたわ。当初の目的とは、全く違うサークルになっているんだもの」


 確かに交流するだけのサイトが、どうしてここまで捻じ曲がった集団になったのだろう。指揮系統もバラバラだったはずなのに、よくもまぁ人が集まって活動できたな。


「なぁ、思ったんだけどさ、どうしてプロミスキャストにそこまでの影響力があるんだ? 俺には到底、理解できそうにない」


 多分、今回の通り魔事件は複数犯だろう。ストリーデビルが個人的な恨みを持っていたのは俺だけだし、他の奴らが実行した可能性だってある。学校で襲撃してきた奴らも、プロミスキャストの名を騙っていた。


「あたしなりに過去のログを遡ってみたのだけれど……」

「サイトは消されたんじゃなかったのか?」

「あれは囮よ。本物のURLへは、隠し扉みたいなのがあるの。それでもし、どっかの誰かが犯行予告をして、それが現実に成功したらどう思う?」

「それを信じるかどうかは別として、俺には警戒することしかできないな……」


 個人で摘発するには至らないだろう。かといって、そのまま見過ごすのも気が引ける……。普通なら興味すら持たないと思うが。


「でもね、そういうサイトを小まめに確認しているような人間は面白がるのよ。自分だけは被害に遭わないと勘違いし、非日常を愉快に楽しむ。しかも犯人には社会の浄化という大義名分があり、小市民はそれに憧れてしまう。するとね、その犯人を模倣するようになるの」

「模倣だって?」


「そう。誰かが先陣を切ると、その後に続いて誰かが同じことをする。一概には言えないけれど、あんたが学校で襲われた理由もそうなんじゃないかしら? 通り魔事件に紛れ込んでレイプ犯が紛れ込んだのもそう。最初に誰かが騒ぎを起こせば、みんなが便乗するようになっているのよ。まるでゴキブリみたいに……」


 そういえばストリーデビルも、『先駆者たちの行動を無下にした、愚かな大衆が許せないんだ』と言っていた。するとあいつはマリスではなく、過去の連続殺人者を模倣したことになる。大衆が反省できたのかは知らんが、それは日本の歴史に大きな爪痕を残せたことなのだろう。


「それって絶望することなのか? むしろ希望だと俺は思うぞ」

「聞き捨てならないわね。どうしてよ?」

「だって個人が複合するこの力は、組織に対抗できる唯一の反抗手段だ。使い方と方針さえ間違えなければ、これよりも強大な集団は作れないだろ」


 大きな規模で考えずとも、この指とまれで集まる人数でも良いのだ。人は何かをしようとした時、自分一人だけの力では何もできない。今日の経験で、俺が最も痛感したことだった。教訓としよう。


「まとめ上げる人がいないのよ? どうせ内部分裂か、自然消滅するに決まっているわ」

「その度に修正してやればいい。自ら表題を掲げれば、きっと誰かが解ってくれるさ」


 指導者がいようがいまいが、潰れる時は潰れる。なら、やれるだけのことをやるだけである。自分が死んでも、その意志は誰かが引き継ぐのだ。


「……諦めるにはまだ早いというわけ?」

「自己嫌悪している内はな」


 この世は不特定多数の悪意に満ちているけれど、同じだけの希望がある可能性も秘めている。俺はそう思う。


「あんたに言われるとムカつくわね」

「なんだよそれ」


 どちらかともなく、笑い声を上げた。


  ×  ×


 休み明けの月曜日、俺は普通に学校へ登校していた。あれから念の為に検査入院したが、刃物で刺された左腕に傷跡が残ったくらいで、今ではもう何ともない。傷が治る早さに医者が驚いていたくらいだ。


 あ、そうそう。四つの通り魔事件は、やはりストリーデビルの男たちが犯人らしい。その動機は仕事の上司、あるいは快楽殺人、あるいは使命感、あるいわ不倫相手など、自分勝手な理由や逆恨みばかりだった。それ以上の情報は語るべくもない。


 ただ一つだけ、気になることがある。一心ファ乱は、どうして俺とゲームで対戦しようと思ったのか? 本人は楽しみたかったと供述していたが、それが成就していたのかは不明である。きっと、これからも解らないままなのだろう……。


 今日も俺は授業を聞き流しながら、放課後になるのを待つ。椋と萌で、ゲームセンターに行く約束をしている。態度には出さないが、内心は待ち遠しくて仕方ない。

しかし、そんな気分を害する闖入者が現れる。


「チミチミぃ~、一人で寂しそうだねぇ~」


 クラスメイトの視線も憚らず、盛大にズッコケた。俺に話しかけてきたのは、コピンだったのである。学ランを着た中年にしか見えず、かなり不気味だ。


「どうしてテメーがここにいる!」

「いや、実は受験に失敗しましてぇ~。今まで不登校だったんでしゅ!」

「でしゅ、じゃねーよデブ! 話しかけるな!」

「ええええ~っ。ぼくチン、大河原君しか頼れないんだよぉ~」

「さっきから気持ち悪い声を出すんじゃねぇ! 離れろブタ野郎!」


 まとわりつこうとするコピンを引っぺがしてケツを蹴っていると、また別の誰かに声をかけられた。


「あのー、大河原君? ちょっといいかな?」

「ああ、マッシュか。どうした?」


 マッシュルームカットの彼とは、苛められていたところを俺が助けたことで知り合った。事情が事情であるから、意図的に避けられていたと思っていたが、今日に限って教室に来るとは珍しい。


「マッシュって……まぁいいけど、この前はありがとうね。やっぱり、どうしてもお礼が言いたくて」

「気にすんなって言ったろ」

「まぁまぁ、チミチミ。ここは素直に……ひいいっ!」


 余計なことを言おうとするコピンを睨む。すると、どう思ったのか、マッシュが変な勘違いをしてきた。


「彼は大河原君の友達?」

「んなわけねーだろ殺すぞ」

「ご、ごめん……」


 つい脅してしまったが、こいつに非は無い。なんだか空気が気まずくなり、話題を変えることにした。


「そういやお前、あれからどうなったんだよ? クラス内で仲良くやってるのか?」

「い、いや、それは、えーっと、その……」


 そのキョドキョドした態度で上手くいっていないのが分かる。決して同情ではないが、不憫に見えてしまったため、こいつを遊びに誘うことにした。


「放課後、一緒にゲーセン行くか?」

「え、いいの⁉」

「今回だけだぜ?」


 何故かコピンが俺の声真似をして答える。


「テメーは駄目だ」

「許して欲しいんだな!」


 勝手についてきても、こいつはいないものと思って接しよう。あまりにもウザすぎて精神的に疲れる……。


 はぁ、早く放課後にならねーかな。

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