Episode 18.Anxiety

第四章


 あれから二日後。何事も無く学校に行って、何事も無くゲーセンにいる。目的を失ったせいか、どことなく気力が薄い。


「勝ったというのに、浮かない顔をしているのね」


 ほぼ毎日のように会っているせいか、萌は俺のちょっとした変化にも気づく。どうやら俺は考えていることが顔に出てしまうらしい。それもこれも、あの小娘にサングラスを奪われたせいだ。


「どうしてだろうな?」

「あたしが知るわけないでしょ」

「いてっ」


 頭を小突かれた。


「何すんだよ?」

「なんとなくよ」


 そっぽを向かれた。なんだか子供っぽい仕草である。理屈ではない何かで不機嫌なのだろうが、姉も含め女心はよく分からん。椋が来るまでに怒りを治められるだろうか?


「大河原青海」

「え?」


 が………………ッ!


 誰かに呼ばれて振り返ると、後ろに椋の担任教師である多々良簪がいた。


「多々良さんっ⁉ どうしてここに⁉」

「いくら待っていても、鼠田椋は来ませんよ」

「それはどういう……?」


 ヤバい。緊張しすぎて呂律が回らない。


「実は先日、鼠田椋がゲームセンターにいるのをたまたま見かけまして、今日は来られない事を報告しに来たのです」


 先日ということは、この前の土曜日か。まぁ、確かに教師といえど、生徒のプライバシーにまでとやかく言う謂れは無いだろう。


「発見したのが休日だから見逃せたものの、これが学校帰りだったら大問題になっています。連れ出すにしても、ここより少しは人聞きの良い場所にすることだ。詰めが甘い」


 そう忠告しつつ、こうやって報告してくれるとは親切である。怖いけど。実はいい人なのだ。威圧感があるけど。


「教師にしては話が分かる方ね」

「誰ですかあなたは? ちなみに私は多々良簪と申します」

「飯妻萌です。……あの、どこかでお会いしませんでしたか?」

「……飯妻? もしかしてお隣に住んでいらっしゃる方ですか?」

「あ、多分そうです」


 なんか世間話が始まったぞ……。


「これはどうも。大河原青海の御友人でしたか。では、鼠田椋とも仲が良いのですか? 彼女は私の生徒なので、ぜひとも仲良くしていただきたい」

「まだ知り合ってから日は浅いですが、友達です」


 萌の口から友達という単語が聞けるとは……。椋が知ったら喜ぶだろうな。


「それは良いことを聞きました。彼女はここでコミュニティを作っていたのですね。しかし残念ながら、彼女は暫くここには来られないでしょう」

「休日もですか?」


 平日までゲームセンターに無理して来いとは言わないが、せめて休日だけはゲームして一緒に遊びたい。


「ここ一カ月の間、通り魔事件が頻発に相次いで起こっている。安全のため、学園の生徒には外出を控えるように言ってあります」

「確かにニュースで知らせていたわね。あたしの学校でもその話題で持ちきりよ」


 最初の犯行は二ヶ月前で、帰宅途中のサラリーマンが襲われた。その後も学生や主婦やホームレスなど、二週間に一度のペースで通り魔が現れているらしい。被害者に統一性が無く、警察も犯人像を捉えられなくて困っているようだ。


 俺がどうしてここまで詳しいのかというと、学校の教師共が勝手に説明していたからである。田舎には無い非日常の話だったので、なんとなく覚えていた。


「なら、俺がその犯人を見つけて捕まえればいいんだな?」

「あんた馬鹿?」


 まさか幼馴染にアスカみたいな台詞を言われる日がこようとは……。


「本気だよ」

「どうしてそういう短絡的な発想になるのよ? 警察が捕まえるまで待てばいいじゃない」

「私も飯妻萌の意見に賛成です。高校生一人でどうにかできる問題ではない」


 反対されるのは想定内だが、別に反対されても俺は自由に行動できる。しかし、なるべく協力者は多い方がいい。


「実は多々良さんだって、一人で調査しているんじゃないですか? 俺はその手伝いができればいいんすよ」


 わざわざ休日にこの辺をウロウロしていたのも、そのためだろう。あながち的外れでもないはずだ。


「私のは調査ではなく、巡回です。生徒の危険を未然に防ぐのが目的であり、犯人を捕まえるのが目的ではない」

「それでもいいです。俺にもできることをさせてください。約束を守りたいんです」


 頭を下げてお願いする。椋に対して、無償の愛を捧げること。嘘から始まった約束だが、今の気持ちに迷いは無い。


「……武芸の心得は?」

「ちょっと待ってください! 正気ですか⁉」


 多々良さんの質問は、命の危険性があることを示唆していた。それを理解した萌は、考え直させようと必死に説得しようとするが、


「あります。空手をやっていました」


 萌であっても止めることはできない。自分の身は自分で守れる。


「あの大河原水面の弟なら、実力は信用してもいいだろうか? ……いいでしょう。だが条件があります」

「それは?」

「事件に深入りすることの禁止。あくまでも、観察者としての立場を自覚しなさい。夜になったら帰ること。これらが守れるのなら、私から協力をお願いします」


 行動は制限されるが、思っていたより厳しい条件ではない。夜遅くに帰宅して、また姉に心配されることの方がよっぽど面倒になるからな。まぁ、妥当な線だろう。


「お安いご用ですよ」

「……呆れた。もう勝手にして」


 そう言い残し、萌はゲームセンターから出ていってしまった。あいつも女の子なわけだし、あまり関わらせない方がいいだろう。


「では、巡回は明日からにしましょう。仕事が終わったら連絡をするので、連絡先を交換しなさい」


 高校に入学してから携帯を持っているが、連絡先の交換をあまりしたことがない。というか、友達があまりいないため、慣れない手つきで連絡先を交換し終える。


「また後ほどメールします。それでは」


 別れの挨拶をし、多々良先生は帰って行く。さっそく街を巡回しようかと思ったが、最初に俺がやるべきことは先に帰ってしまった萌を追いかけることだった。



 火曜日。いつもなら学校が終われば速攻で教室から出ていく帰宅部のエースと恐れられている俺だが、今日は校内の人間に訊き込み調査をしてみようと思う。


「ちょっといいか?」

「すいません塾があるので……」

「あのーー」

「急いで部活行かなきゃ!」

「おい」

「誰かが私を呼んでいる気がする!」


 …………。


 ………………教室から人が消えた。


 まさかここまで嫌われていたとは思わなかった。軽くショックだ……。まさか上級生を返り討ちにしただけで、ここまで尾を引くとは……。


 だが、俺はめげない。たまたま廊下にいた鈍くさそうな男子生徒に声をかけてみる。


「ちょっといいか?」

「え? な、なんですか?」


 逃げないだけ手ごたえがある。最初から別クラスの人間に話しかければ良かった。この野暮ったいマッシュルームカットでさえチャーミングに思える。


「通り魔事件のことで訊きたいことがあるんだけど」

「ひいぃっ! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」


 土下座してまで許しを請うその姿勢に、俺が普段どのような評価を受けているのか気になる。……聞くのが怖いので、今回は後回しだ。


「ちょ、なんで謝る⁉」

「そんな大河原君が犯人だと思ってたわけじゃなくて! ただの噂を耳にしたなんです! お願いします命だけは勘弁してください!」


 知らなきゃ良かった……。人からどう思われようと知ったこっちゃないと思っていたが、この評価については不本意だわ……。その場で崩れ落ちそうになるのを堪え、なんとか平静を保つ。


「とりあえず落ち着け」


 襟首を掴み、無理やり立ち上がらせる。


「俺は別に怒っているわけじゃない。だからお前は怖がらなくていい。理解したか? 分かったら深呼吸しろ」


 相手は慌てて深呼吸し始めた。


「じゃあ、もう一度質問するぞ? その噂ってのは、どういう内容なんだ?」


 ちゃんと落ち着けたのか、さっきよりは大分マシな口調で質問に答えてくれた。そこで俺が得た情報は、通り魔事件の犯人がストリーデビルと呼ばれていること。どうして俺が疑われていたのかというと、一人でさっさといなくなるからだとか。個人に対する集団の風当たりの強さを痛感した……。


 もう一つ、有益な情報を得る。今までに起きた通り魔事件の犯行現場を地図にマークし、一本の線で結ぶと、中心に俺が通う郡山西高校が丁度あるらしい。だから次に襲われるのは、この学校の生徒の誰かなんじゃないか、という好奇心の噂が校内を飛び回っているようだった。まるで信憑性は無いが、今はこれに頼るしかない。


 とりあえず、最初に通り魔が現れた東のショッピングモールから左回りに、北の神社、西の公園、南の駅裏へと、事件現場を順番に巡回することを決めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る