Episode 17.Reconciliation

 気持ちを切り変えて三ラウンド目を始めたつもりだったが、椋の様子に何か違和感があるような気がする……。なんというか、プレイに大胆さというか、思い切りの良さが無いのだ。前は一対一でやっていても、それなりに対等かそれ以上の試合運びをしていたのに、タッグ戦では慎重さが仇となって萎縮している。


 それが分かっているのに俺も後手に回され、椋が抱いている不安をプレイで払拭することができなかった。結果的に二ポイント目を落としてしまう。


「なんてこった!」

「オーマイガーッ!」


 これで1ー2だ。先に三ポイント選手した方が勝つので、もう後が無い。負けるわけにはいかないが、ここから逆転することは可能なのか?


「あっれー? どうしたんでしゅかー? 威勢がいいのは口だけかぁ! ぷぷぷぷぅーーっ! 負け犬は地面に這いつくばってろぉ!」


 うざってぇ! 怒りのせいで短絡的な思考しかできない。もう全てを投げ出してリアルにぶん殴ってやろうか……。いや、それは自分が相手と同等のレベルだと認めることになってしまう。結局、俺は守ることもできない臆病者なのか……?


「弛んでるわよ二人とも! 何が苦手かより、何が得意かで勝負しなさい!」


 自問自答して凹んでいると、萌の声がそんな弱気さえも吹き飛ばしてしまう。そうだ、何を考えてんだ俺は! 自分を信じられないでパートナーを信じられるかよ!


「よしッ、次で取り返すぞ!」

「サー、イエッサーっ!」


 椋も吹っ切れたようだ。なら、俺が先陣を切る! 四ラウンド目開始早々、相手はドラグノフに交代してきた。敵を惑わすような動きで、体の軸をずらしてくる。だが、それがなんだ。俺もガードの練習でレバーテクニックには自信がある。相手が横移動を駆使して攻撃してくるのなら、その軸に合わせて俺も移動し、体ごとブッ飛ばせばいい!


 タイミングを計ってダッシュRPを入力。脇腹に右ストレートを叩き込む! 相手はダウンして大きく距離が空いたが、俺はLKボタンが効かないので追撃ができない。しかし、次の相手の行動くらいは予想して避けることができる。


 その予想通り、相手は大振りのダッシュ攻撃を放ってきた。見切った俺は横移動で難なく避け、コンボ始動技を当てる。焦らずゆっくり入力し、タッグコンボをフィニッシュまで成功させた。


「油断したら駄目よ!」


 体力を三分の一にまで減らされた時、パートナーキャラクターの攻撃力が一時的に上がる逆転のシステムがある。そのシステムが適用されたブライアンを相手に、今度は俺が抵抗するも追い詰められる。


 しかし、それが適用されるのはこちらも同じこと。最高のコンディションに仕上がったキングが勢いに任せブライアンをボコボコにする。たまらず入れ替わったドラグノフ目掛け、顔面にシャイニングウィザードを打ち込んでノックアウトした。味方ながら、えげつない。


「はぁぁぁあああああああああっ! 負け犬のくせに抵抗するなんて生意気だぞ! 大人しく命令を聞いていればいいんだ!」


 それこそ負け犬の遠吠えだろう。もはやコピンの言葉は耳にすら入っていない。


「ファッキュ!」


 椋とは思えない攻撃性だ。さっきと今の四ラウンド目では動きがまるで違う。感情が高ぶっているのか、ゲームなのに生命力に溢れたプレイをしている。


「興奮しすぎだ! でもナイス!」

「次で決めるであります!」


 これが最終ラウンド。決着の火蓋が切られた!


 ブライアンの意表を突こうと、いきなり1RKの下段攻撃を仕掛ける。それはガードされてしまったが、続けてLPを入力すればコンボになるので硬直する心配はない。狙いは距離を離すことにある。


 牽制技をするには距離が足りない。かといって下段攻撃は警戒されている。ならば相手が取る選択肢は一つ、ダッシュRPのストレートである可能性が高い。リスクが少ない上に発生が早いため、キングに何度も多用しているのを見ていた。


 それに懸け、俺はカウンター気味にしゃがみステータスのある2WPで懐に潜り込んだ。頭上を空振る拳が髪を揺らすのを感じながら、立ち上がり途中の昇砲をがら空きのボディにヒットさせる。


「やっちまえ!」

「御意!」


 交代し、浮き上がったブライアンの体をキングがバインドさせ、さらにレオへ交代して壁まで突き飛ばす。まだ終わりではない。控えていたキングが飛んだ方向へ駆け抜け、壁に叩きつけられた相手を壁投げという特殊な投げ技で滅多打ちにする。


 大ダメージを負った相手は緊急避難用のタッグクラッシュをしてきた。これは味方のレイジと赤ゲージを犠牲にして交代しつつ起き上がり、出てきたパートナーが攻撃判定を出しながら受け身を取れるものだ。本来ならば強制に近い形で交代ができるシステムなのだが、ここで椋はとんでもない離れ業を出してくる。


 なんと、ドラグノフの攻撃判定を躱し、逃げようと背中を見せていたブライアンにステップで近づいて投げ技をかけたのだ! しかもただの投げ技ではない。リバースアームクラッチスラム、バックドロップ、ジャーマンスープレックス、パワーボム、そしてラストにジャイアントスイングという、容赦ない連続投げ技攻撃である。


 プロレスラーのキングにしかない必殺技だが、発生させるには複雑なボタン入力を瞬間的に行わなければならない。それらの順番を全て覚えているということは、かなりの修練を積まなければ無理だ。


「お前、いつの間に……」

「我輩は一コマごとに成長しているであります」


 言っていることはよく分からないが、椋が勝利に多大な貢献をしたことは確かだ。素直に祝福しよう。


「クローチェチームの勝利!」


 一心ファ乱さんが勝利者を称える。これで一件落着だろう。


「マグレだ……ブツブツ……マグレに決まってる……ブツブツ……」


 などと安心していたら、対面から不気味な呟きが聞こえてきた。暫くすると、コピンが何かを訴えてくる。


「そ、そうだ! 何かイカサマをしているんだ! 正々堂々の勝負だったら、ぼくチンがクソ虫に負けるわけがない! 卑怯だぞぉ!」


 哀れにすら思える見苦しさ。もはやそこに怒りの感情は湧いてこなかった。ただただ、どこまでも愚かな人間である。


「何を言い出すかと思えば……。ゲームセンターの筐体を勝手に改造できるわけがないわ。よって、その言い分は却下よ」


 萌が言葉で納得させようとするが、何を言っても通じることがなかった。コピンは壊れたように汚い言葉を吐き続ける。


「そそそそ、それに、ぼくチンは前に勝ってる! ならもう一度再戦させろぉ!」

「賭けの内容は一勝負のはずよ。そっちから持ちかけた事なのだし、再戦の要求は取り下げてもらうわ」

「これ以上、騒ぐようならスタッフを呼ぶ。敗者は大人しく帰れ」


 萌の拒否に、いつもは優しい一心ファ乱さんの厳しい言葉。もっと暴れるかと思ったが、意外にもコピンは静かに退いた。なんだか不気味である。果たしてこれで根本的な解決となったのか? 俺には分からない……。


「いいでありますよ」


 え? 信じられない事に、あれだけ怨んでいた椋がそう言った。


「ただし、賭けは無しであります。純粋にゲームを楽しみましょう」


 椋はその優しい笑顔を、コピンに向けている。どうしてこの少女は、今までの仕打ちを許そうとするんだ? あんなに脅されて精神的にも辛かったじゃないか。


 俺は反対だ。さんざん喧嘩を売っといて、コロっと恥ずかしげも無く仲間面するような奴が一番許せない!


 しかし、頭の中では拒否反応を起こしていても、心の中で葛藤する。これは椋が成長した証なのではないか? 俺の小さな我儘で、彼女の成長を妨げたくない。というか、俺に口を挟む権利があるのだろうか? なら、謝罪してくれたら許す。これ以上は譲歩できない。けじめはつけるべきだ。


 そんな苦悩の狭間に引っ張られていた俺の表情はきっと、言い難いほど酷かったのだろう。コピンは何も言わず黙ったまま、ゲームセンターから去って行った……。


「やっぱり、そう簡単にはいかないでありますね」


 振り返って苦笑する椋の頭を、俺と萌が二人でクシャクシャに撫でた。


「うわっ! 何をするでありますか⁉」

「「生意気だぞ(よ)」」

「理不尽であります……」


 揉みくちゃにされた椋は髪がボサボサになり、ずれた眼鏡から見える瞳は不満を訴えていた。これも一つの愛情表現である。お前は立派だよ。


 そんなことを考えていると、一心ファ乱さんに肩を叩かれる。


「さっきの対戦を見て、挑戦したくなった人がいるみたいだよ。相手してあげたらどうだい?」

「そっすね。じゃ、行こうぜ椋」

「サー、イエッサーっ!」


 久しぶりにゲームセンターを堪能できた気がした。

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