Episode 16.Gong

 昨日の姉のせいで調整どころではなくなってしまったが、今日がキモデブと対決する日である。土曜日だけあって人が多いため、一心ファ乱さんにお願いしてこの場を取り仕切ってもらった。何かのイベントかと勘違いしているのか、事情の知らないギャラリーが俺たちの周りを囲んでいる。


「いよいよ、待ちに待ったこの日が到来したであります……」


 丸眼鏡を装着し、そう意気込む椋の視線の先には、苦汁を舐めさせられたキモデブ改め、コピンの姿があった。


「でゅふふ……でゅふふ……」


 ねちっこい悪寒のする笑みを浮かべている。その気持ち悪さに椋が土壇場に来て怯えていないか心配だ。


「緊張しているのか?」

「まさか。武者震いであります。やっとぶち殺せる……」


 この一週間で自信がついたらしく、椋の思考は逞しくなった。あの年相応なか弱さが懐かしくもあるが、これなら対戦中も臆することはないだろう。


「これに勝った報酬はありますかな?」


 コピンの図渦しい質問に、進行役を務める萌が答える。


「原則には無いわ」

「ややっ! それでは勝負に面白みが欠けるのでは?」

「あんたが勝てば何か欲求を満たすのでしょうけれど、あの子にはあんたみたいなカスに勝っても得るものが無いもの」


 淡泊な口調でありながらも、台詞に悪口を織り交ぜる萌の精神攻撃は頼りになります。あれだけウザかったコピンが萎んでいく。


「でも、ぼくチンは戦いに応じたのであるし……」

「いいからやれよデブ野郎……」

「ひぃいっ!」

「まぁまぁ、要求を聞くだけ聞いてみようよ。それに応じるかどうかはクローチェさんに選択させるとしてさ」


 一心ファ乱さんが提案する通り、不安要素を確実に取り除きたいのなら賭けに乗じた方がいい。あまりにも大きい代償を求めるのなら断ればいいのだし。


 そもそも今回の問題は、言うなれば相手の脅迫から始まったものである。俺たちはそれを阻止するために再戦するのであり、ハイリスクノーリターン。


 逆にあっちからすればノーリスクハイリターンだ。賭けをしてもこっちのリスクが大きくなるだけなのだが、勝ったからといって椋の安全が保障されないのも事実なので判断が難しい。


「いいであります」

「うひょ」

「おい、いいのかよ⁉ まだ聞いてもいないんだぞ⁉」

「大丈夫であります。負けるはずがありませんから」


 それだけ信頼してくれるのはありがたいが、もうちょっとは相手の人柄を考慮した方がいいぞ? 何を要求するのか分からん。


「コスプレでの写真撮影会を所望する!」


 こいつマジで警察に捕まらねーかな……。


「我輩は金輪際、もう二度と関わらないことを要求するであります」


 そのくらいが妥当な線ではある。というか、それ以外に要求できることがない。損得勘定というよりかは私怨のため、ムカつく奴をスカッとぶん殴れればそれで良いのだ。


「賭けが成立したということで、双方とも心の準備ができたら筐体の前に座って」


 萌の言葉に従い、お互いが対面の席に座る。公正を期すため一心ファ乱さんには審判をしてもらう。


「お金を入れてキャラを選択してくれ。ステージはランダムだ」


 牽制のできるレオを俺が前衛として選択し、火力重視のキングを椋が後衛として選択する。相手は前衛にブライアン、後衛にドラグノフを選択していた。どちらも使い勝手が良く、欠点という欠点が見つからないバランスのとれたキャラクターだ。それだけにテクニックの基礎ができているかどうかの実力が試される。


 ランダムで決まったステージは壁有りで、プロレスで使うリングのようなものだ。変なギミックがあるよりは、このくらいスタンダードなものが良い。


「それでは、タッグクローチェ対、コピンの対決を始めます」


 そして俺のレオと相手のブライアンが対峙し、ついに試合のゴングが鳴り響く!


 先に行動したのはブライアンだ。以前に闘った俺のことを馬鹿にしているのか、いきなりストマックブローを放ってきた。安い挑発には乗らず、俺は落ち着いて対処する。


 ガードした後、手始めに昇砲を入力する。さすがにあっさり防がれたが、真の狙いはここではない。上体に気を移させ、下段攻撃を誘っているのだ。下段攻撃は崩しとしては便利だが、防がれると硬直するため確定反撃を入れられる。勿論、自分から奇襲してもいい。判断は臨機応変にするものであり、俺は後者を選択した。


 攻撃しては防御の牽制に飽きた俺は、1RKで足を薙ぎ払う。突然の下段に対応できなかった相手は続くLPで吹っ飛ばされる。交代させる暇を与えず、すぐさまダッシュで飛び蹴りを放とうとしたが、何故か反応せず踏み潰しただけに留まる。その際、自分が操作し慣れていない2P側へ行ってしまう。練習したので不利にはならないが、どうもしっくりこない。


 立ち上がった相手はブライアンのまま特攻してきた……と見せかけて下段のスイーパーキック。先手を取られてイラついたのが台を通して伝わってきたため、予想していた俺は難なくガードして確定反撃を叩き込んだ!


「バトンタッチだ!」

「了解であります!」


 打ち上げたタイミングでキャラを切り替え、キングを操作する椋が相手をバウンドさせる。そしてまた俺に交代し、フィニッシュの掌底を鳩尾に打ち込む!


 本当だったらそのまま壁コンボに移行できたが、立ち位置を変えてしまったことでそれができる距離ではなかったのだ。結果的に、相手はブライアンからドラグノフへチェンジする。


「チャンスだからって焦る必要はないわよ。もう一度仕切り直すつもりでプレイしなさい」


 萌の忠告が耳に入る。ここでキングに切り替えても良かったが、キモデブがドラグノフを使用するのを見るのは初めてだ。どれほどの使い手か分からないため、キングよりも柔軟性の高いレオで手合せするべきだ。


 相手はレバーを駆使して小刻みに近づいてきた。俺は横移動を確実に捉えられるホーミング性の蹴りを放つ。これで気持ち悪い動きを一掃できたはずなのだが、またもLKが反応しない。呆気にとられた俺は相手の牽制技をくらってしまった。


「ちょ、交代!」

「イエッサーッ!」


 何かがおかしい……。そう思った俺は、距離を詰められる前に素早く交代する。俺の不審なプレイを見ていた萌が対戦台に駆け寄ってきた。


「どうしたの? 動きが変よ?」

「LKボタンが反応しない」

「えええっ!」


 突然のハプニングで相棒の椋が驚愕している一方で、萌は冷静に状況を分析した。


「……どうやら本当のようね。考えられる原因としては、昨日のアレしかないわ」


 昨日のアレといえば、姉のことである。対戦前に確認すれば良かったのだが、今プレイしている筐体は、姉が腹いせに拳を叩き込んだ筐体だった。一日が経っても操作不良に気づかれないとは、運が悪いことこの上ない。


「別の台で再戦できないか?」

「理由を言って納得する相手じゃないわよ。大会だと中断は試合放棄とみなされて失格になるわ。相手に悟られないよう、諦めてこれで勝利しなさい」

「このラウンドは椋が頑張るであります!」


 そう意気込む椋は動きの細かいドラグノフ相手に、獅子奮迅の勢いで攻め立てる。椋はキングのダイナミックな攻撃で、自ら距離を詰めながら牽制をした。機敏のある動きではないが、キングはタックルなどの相手に向かう攻撃が豊富なため、距離を離されてもすぐに食らいつくことができる。


 そして徐々にドラグノフを追い詰めると、相手はブライアンに交代する。素早いフットワークから繰り出される直線的なコンビネーションブローは厄介だったが、先程のタッグコンボが効いていたため、椋は無理やり押し込んで一ポイントを先取した。


「ふっ、口ほどにも無いであります」

「まだ終わってねーよ。でも、よくやった」


 残り二ポイントを取れば勝利だが、俺のLKが効かないという不具合が起こっている。この不安要素がある限り、気を抜くことは許されない。


「このくらいで、いい気になるなよクソ虫がああああぁぁぁぁーーーーっ!」


 あー、相手に何かよく分からんエンジンに火を点けてしまったようだ……。集中力を紛らわされないように注意しよう。


 事実、二ラウンド開始早々にドラグノフへと交代した相手は、不完全な立ち回りをしているレオの体力をじわじわと削ってくる。そしてこっちがキングに交代すると、相手もブライアンにチェンジしてくるのだ。


 キングは奇襲が得意なので、相手に近づくことはできる。だが、近づいてから何もできていないのだ。キングに強い下段技が無いため、投げ技でガードを崩す必要がある。しかし、ブライアンの発生が早い牽制技のせいで投げに移行することが難しい。


 一応、下段技が無いわけではないのだが、奇襲以外で焦ってそれをやってしまうと……。


「あっ!」


 ジャンプステータスのあるコンボ始動技で避けられ、そのままタッグコンボで手痛いダメージを負ってしまうのだ。特にブライアンには要注意だったのだが、椋は焦燥感に駆られて失念してしまったらしい。


「焦る気持ちは分かるが、ここは冷静になれ」

「うう~っ!」


 すかさず交代して俺がフォローする。しかし、前のラウンドと体力差が逆転したことで、今度は俺が押されてしまう。


「けけけけけぇぇぇぇ~~~~っ! ざまぁみろ! やっぱり一ラウンド目はマグレだったんだぁ!」


 ……イラつく声しやがって!


 なんとか押し返す努力はしたが、体力に余裕のあるドラグノフへ交代されてしまっては状況が厳しい。こちらもキングにチェンジするも、大ダメージを受けた体力差は覆すことができなかった。


「申しわけないであります……」

「気にするな! まだラウンドはある!」

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