Episode 15.Quarrel

 あれから一週間が経つ。ゲーセンの台はタッグ用の新しい筐体に代わっていたが、二日に一度は飯妻宅で練習していた。その甲斐あってか、椋とのコンビネーションもバッチリ決まるようになり、実戦でも勝率が上がるほどの成果を見せていた。


「やぁ、大河原君。それともプレイヤー名で呼んだ方がいいかな?」


 親しげに声をかけてくれたのは一心ファ乱さんだ。何度か手合せをしてもらっている。


「こんちわっす」


 ちなみに俺はバナパスポートを買ったものの、まだプレイヤー名を決めていない。それでも登録はしてあるので、ポイントは蓄積されているはずだ。そのポイントは使えないが。


「明日の準備はできてるのかい?」

「それなりにですね」

「ん? 明日何かイベントでもあるのか⁉」


 一心ファ乱さんの影から、ニキビ面の男が出てきた。俺は約一ヶ月前からゲームセンターに通い始めていたが、初めて見る人である。


「彼らがコピンと対戦するんだよ。ゲームセンターでの居場所を懸けてね」


 あのキモデブ、コピンっていうプレイヤー名だったのか。初めて知った。いい加減、キモデブと呼ぶのに抵抗が出て来たし、今度からは俺もそう呼ぼう。


「面白そうなことしてんなぁ!」

「面白いかどうかは分かんねっすけど……」


 初対面なのに上からものを言う奴は苦手だ。年上っぽいから何も言わないが……ウザい。


「あいつは初心者狩りの常習犯でなぁ、俺たちも困ってたんだよ。助かるぜ!」

「え? だったら俺がやるより、みなさんで対処した方がいいんじゃ?」

「そうしたいのは山々だが、何より神出鬼没だしなぁ……。それに、誰も関わりたがらないだろ普通」


 それが本音か……。まぁ、利口な判断だろう。危険なものを警戒するのは生き物として当然なことだ。咎めるつもりはない。


「あの人のせいで新参者が入りにくくなっているのだから、他人事じゃないよ暇虫さん。一緒に彼らを応援しよう」

「それもそうか。じゃ、期待してるぜ。頑張ってくれよ!」


 気楽に期待されても困惑する。俺はあんたらやゲーム業界のために闘うわけではなく、椋と俺自身のために闘うのだ。そんなことを言ってもどうせ通用しないため、黙って彼ら二人が去っていくのを見送る。


 さ、ゲームに集中しなければ。本番の対戦を前日に控え、最後の調整を行う。その矢先、萌と椋が揃ってゲーセンに来た。


「どうやら順調のようね」

「おかげでな。自信も付いたし、明日は負ける気がしない」

「絶好調であります!」

「油断は禁物だけれど、まぁこの調子なら大丈夫そうね」


 最高のコンディションだ。このまま明日の対戦に臨めればいいが、そう易々と行かないのは経験則で予感している。


「青海いいいいぃぃぃぃーーーーっ!」


 姉よ、やはり来たか……。毎日一週間ゲーセン通いで帰りが遅くなっていたから、前回あれだけの騒動を起こしといて来ないわけがないのだ。


「血相変えてどうした姉ちゃん?」

「どうしたもこうしたもあるかっ! ここのところ毎日ゲームセンターに通って……どうして不良になっちゃった⁉」

「いや、見た目からして不良でしょう……」


 萌が何かを呟いていたが、聞こえないフリをした。


「……すまん姉ちゃん。俺にはやらなきゃいけないことがあるんだ」

「たかがゲームで何を為す?」

「また性懲りもなく……」


 ゲームを馬鹿にされた椋が苛立たしく眉を吊り上げる。俺はそのたかがゲームでこの少女を助けようとしているのだ。知らない誰かが聞けばバカげた話だろうが、俺たち当事者は至って真面目に行動している。


「男の威厳を取り戻す!」

「男子三日会わざれば括目して見よとは言うが、私と青海は毎日家で生活している。そのちっぽけな威厳に、果たして今という大切な時間と価値が見合うのか? それを証明してみろ」

「なら前回と同じく、ゲームで勝負だ。俺の対面に座ってくれ」

「いいだろう。前のようにはいかんぞ」


 その時はゲームで歯も立たなかったというのに、今回はどういうわけか凄い自信だ。何か勝算はあるのだろうか? いや、練習しようとすればゲーセンに来るしかない。家にゲーム機は無いし、どこかのゲーセンに出没していれば絶対にどこかで見ているはずだ。その痕跡も無いとなると、どこで自信をつけたのか説明できない。


 言い知れぬ不安と脅威を実の姉に感じながら、筐体に百円を投入する。俺の選択したキャラはレオで、姉は前と同じジャック6だ。少なくともこの時点で変わった点は見当たらない。何か良からぬことを考えているのなら、早めに対戦を終わらせた方がいいだろう。試合が開始された合図とともに、ダッシュで距離を詰める!


「一瞬で終わらせる!」


 ダッシュ右パンチでの強攻撃。壁際に追い詰めて一気に体力を削るはずだった渾身の一撃は、しゃがんだ相手の頭上を空振りしていた。


「な、どうして……?」

「臆さないで青海!」


 混乱していた俺の脳内を、萌が一喝する。そうだった。空振りしたレオの体は隙だらけなわけで……。


「もらった!」


 コンボ始動技のボディブロー。そのまま弱攻撃で宙を浮き、ダッシュWPで地面にバウンドされた。すかさず空いた距離を埋められ、足で掬った後にフィニッシュ攻撃で飛ばされる。単純だが、リズムに合わせて流れるような入力をしなければ、簡単には成功しないジャック6の空中コンボを、どうして姉が体得しているんだ?


「青海殿! まだ余裕はあります! 落ち着いてください!」


 それは承知している。焦ってなんかいない。でもいくら立ち上がって崩し技を仕掛けても、悠々と処理されてしまうのだ。大振りな上段は屈んで避けられ、堅実な中断は固くガードされ、細かい下段はジャンプで避けられてしまう。そんなジリ貧である状況が続き、タイムオーバーとなってリードしていた相手のポイントになった。


 俺が対峙している相手は、本当に機械音痴の姉なのか? それを確かめるべく、わずかな時間を使って対面の顔を覗く。するとそこには、目隠しを付けてゲームをプレイしている姉の姿があった。


「何やってんのっ⁉」

「機械の入力と出力は目に見えている所で行われるが、実際に処理をしているのは目に見えない部分だ。ならば私は視界を塞ぎ、長年の経験と勘で戦う」


 馬鹿だ……。実直というか、愚直すぎる馬鹿だ……。しかも俺の姉だ……。まさかこんなことを可能にする人間が存在するとは……。


「本当に人間でありますかっ⁉」

「信じ難いことだけれど、これが事実だということに私も驚いたわ……。でも、確かに鉄拳はボタンの位置とレバーが人間の四肢と同期していることから、意外と絶対に無理な話でもないのかもしれないわね……」


「そんなの無茶苦茶だ!」

「余所見をしていていいのか? 嘆いている暇があったら拳を握れ」


 もうすぐに二ラウンドが始まってしまう。何も対策を立てる暇が無いまま、ゴングは鳴ってしまった。下手に攻撃ができない俺の怯えを感じ取ったのか、姉は猛攻を仕掛ける。


「逃げてばかりでは試合に勝てんぞ!」


 リーチの長い巨体から休みなく繰り出される攻撃は、俺に距離を取らせる隙を与えない。ついに壁まで追いやられ、体力は地味に減っていた。


「チャンスよ青海! 教えたことを忘れたの⁉」


 圧倒的に追い込まれているのに、それがチャンスだって? どういうことだ?


「練習を思い出すであります!」


 萌に教わったこと……。この一週間は椋とやったコンビネーションの他に、基礎的なガードも教わった……。なるほど、そういうことかっ! 


 姉はフレームという概念を理解していないから、現実と違って攻撃を防がれると硬直することを知らない。ならば確実に下段をガードし、確定反撃を入れてコンボを決める!


 調子に乗って攻撃していた姉を相手にそれは難しいことではなく、下段を受け止めた後に立ち上がり途中の右パンチで巨体を高く浮き上がらせる。


「何っ⁉」


 そのまま着実に空中コンボを当て、フィニッシュまで決めると体力ゲージが同じくらいになった。しかし俺は壁に叩きつけた後も追撃を重ね、タイムオーバーになる直前で相手の体力を自分より減らすことに成功した。


「よっしゃ!」

「ふっ、なかなかやるな……。しかし、次はさせんぞ」


 その言葉通り、姉は不用意な攻撃をしなくなった。だが、俺は見抜いたことがある。ジャック6というキャラクターはサイボーグであるため、攻撃の中にはトリッキーなものが多い。実戦に近い感覚でプレイしている姉はそれを想定せず、大振りな攻撃を出すことがある。俺はその隙を見逃すことなく、空中コンボを叩き込んだ。


「くっ……」

「これで2ー1だ。後1ポイントで俺の勝ちだな」

「まだ勝負は終わってないぞ!」


 しかし、俺には投げ技という秘策があった。秘策というほど大仰なものではないが、タイムオーバーギリギリで入力すれば勝てる。なんとも意地汚い勝ち方だが、なりふり構ってはいられない。攻撃してガードを繰り返し交互に行っていた中で、俺は素早く投げ技のコマンドを入力した!


「これで決まりだ!」

「そうはいくかっ!」


 なんと、姉はゼロコンマの世界でタイミング良くボタンを入力し、投げ技から抜け出していった!


「投げ抜きだとっ⁉」

「今度はこっちの番だ!」


 大きく隙が出来たレオの顎に、ジャック6の拳が撃ち上がる。そのまま丁寧に空中コンボを叩き込まれ、体力ゲージがかなり減ったと同時にタイムオーバーとなってしまった。


「マジかよ!」

「次で正真正銘、最後の闘いだな……」


 泣いても笑っても、この最終ラウンドで勝負が決まる。小さな隙が命取りになるこのゲーム、姉は慎重にならざるをえないだろう。そして姉は俺よりもゲーム経験が浅い。俺はこの要素が勝運を分けると考えた。


 ガードの堅い姉の体力を減らすために、俺は上下同時攻撃をコツコツ当てる。中段でガードしても、地味に足が当たるのだ。


「くっ、せこいぞ!」


 嫌がって相手から距離を取ったら、今度は自分からバックステップで距離を空ける。


「ん? 何をするつもりだ?」


 一定の距離が空き、相手に向かってレバーを三回素早く入力することで、操作キャラは走ることができる。


「どうしたヤケクソか? 血迷ったな青海! 返り討ちにしてやる!」

「それはどうかな⁉」


 体力が下回っていた姉は確実にコンボを決めるため、ガードしてから確定反撃を入れようとしたのだろう。だが俺は、そのガードごと打ち破ってタックルをお見舞いした。


「なっ、なにぃぃーーっ⁉」


 これはガード不可能技なのである。そして壁際でダウンしたジャック6を、俺は思い切り踏みつけるなどして追撃を加えた。


「それ以上は止めろ!」


 これだけで体力をゼロにはできないため、俺は頃合いを見計らって撤退する。時間が残り少なくなって焦った姉は様々な技を繰り出すが、俺はそれを悉くガードした。


 その上、姉に俺と同じ戦法をとらせないため、常に姉が壁を背にするように立ち回る。唯一の懸念は投げ技だったが、なんとか距離を保ったままタイムオーバーにまで持ち込めた。


「青海殿の勝利であります!」


 椋が歓喜のあまり、俺に抱き着いてくる。精神を極限にまですり減らして戦っていた俺は引き離す気力も無く、なすがままにされていた。


「お疲れ様。稀に見る泥仕合だったわね」


 萌の皮肉でさえも心地よい。俺は達成感に満たされていた。まさか姉を相手に白熱したバトル展開をするとは……これが姉弟喧嘩というやつか。生まれて初めて経験したかも。今までは姉が強すぎて喧嘩にすらならなかった。


「完敗だ……。いつまでも未熟者だと思っていたが、いつの間にか一丁前に守るべき存在ができていたのだな……」


 どこか遠い目をしながら、姉が勝者を称えている。てっきりまた取り乱すかと思っていたので、この反応は意外だった。ゲームだけど、やっと認められた気がする。

「何はともあれ、青海の勝ちだ。好きにするがいい」


 幼い頃、姉に守られていた俺ではなくなった。それは今でもそうなのだが、これを機にようやく巣立つことができた。思えば、姉に抵抗こそするものの、反抗することは過去に無かった。


 まさか、うっとおしいのが寂しいと感じる日が来るなんて……。そうシミジミ思っていると、真の前で拳が振り下ろされる。


「だからといって、羽目を外し過ぎるのはお姉ちゃん感心しないなぁ……」

「ひっ」


 はい、今までと扱いが変わっておりません。


「馬鹿っ! 見つかる前に早く逃げるわよ!」

「馬鹿とはなんだっ⁉ 生徒会長に向かって馬鹿とは⁉」


 筐体を凹ますほどの怪力なのだから、少なくとも馬鹿力ではあるな……。なんてことを思いながら、俺たちは暴れる姉を抑えつけてゲームセンターから抜け出すのであった。


「青海殿の姉上が関わると、ろくなことにならないでありますね!」

「それを言うな」

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