Episode 13.Practice
「姉御の家って、どこでありますか?」
駅から電車で三十分は、遠いよなぁ……。椋の安全を保障できなければ、本末転倒になってしまう。
「市内よ。駅から割と近いわ」
「え? いつの間に引っ越してたんだ?」
「親の都合よ。引っ越したのに家へ帰れなかったりするから、時々は祖父母の世話になっているだけ」
そういえば萌の婆ちゃん家は花屋を経営していたな。萌の親は実家の家業を継がずに、市内で働いているのか……。収入が安定していそうで羨ましい。
「今から行けるでありますか⁉」
「ええ、ちゃんとゲーム機も持ってきてあるわ」
普段は祖父母の家に住んでいるためか、わざわざ重そうなゲーム機を、頑丈そうなバンドのエコバッグに入れて持ってきてくれた。なんだかんだで仲間想いである。
「重いだろ。俺が持つよ」
「気をつけて持ってね」
「あいよ。ぬぐぅあ!」
荷物を渡された瞬間、とてつもない重量が俺の右手を襲う。危うくエコーズ3のフリーズを受けた、吉良のようになってしまうところだった。
「あ、PS3だけじゃなくて、ゲームパッドも入っているから」
「先に言え!」
「男が何それくらいで弱音吐いてんのよ。シャキッとしなさい」
萌にへっぴり腰を叩かれる。強がりと、やせ我慢でなんとか踏ん張った。これで立場が十年前と完全に入れ替わったな……。
荷物を抱え、ゲーセンから出る。もう既に腕が限界の域に達していたが、文句を言わずにトボトボ歩いた。
「この方向だと、椋の家だな」
「あら、そうなの? ここを左に曲がるのだけれど?」
「我輩の家は右でありますね。ここが分かれ道でありましょうが、さほど距離は遠く無いかと」
駅までの道のりが途中まで椋と一緒なので、帰る時に都合が良い。
「あそこのアパートよ」
大きいっていうか、あれアパートじゃなくてマンションだよな……? もしかしたら萌なりの謙虚の表れかもしれないので、とりあえず月並みな感想を述べる。
「立派なもんだな」
「いいから早く中に入って」
萌に急かされ、建物の中に踏み入れる。そのままロビーを案内され、エレベーターへ。外観から十階建てはありそうなマンションだったが、萌が押したのは三階だった。あまり高い場所に興味は無いらしい。
エレベーターを降り、フロアの角っ子に当たるのが飯妻宅だった。
「おじゃましまーす」
部屋に上がり、リビングに通される。なんというか、生活感のない空間だった。無駄な物を片っ端から省いたというか、あまりにもシンプルすぎる。逆に清潔感があってお洒落だ。少しだけ居心地が悪い。
「両親がいないから、広いリビングでゲームをしましょう。紅茶とコーヒーどっちがいい?」
「あ、俺はコーヒー」
「拙者は紅茶でござる」
なんか吹っ切れてからというもの、椋のキャラが不安定だよな……。慣れないことで緊張しているのかもしれん……。
「はい、どうぞ」
飲み物をテーブルの上に置き、萌もテレビ前の敷物に座る。
「それでは、さっそく修業を始めるでごわす」
なんなのこいつ? そろそろお仕置きしたいんだけど。これがパートナーとか、不安でしかない……。
何はともあれ、ゲームを起動する。体験版だけあってキャラ数は少なくなっているが、しっかり人気者は抑えてあるようだ。1Pを椋に取られたため、その他操作とキャラ選択は彼女に任せてある。
「いよいよ練習が始まるわけだが、最初に言っておくこととかないのか?」
「そうね……。基本な立ち回りとかは普段と一緒で大丈夫よ。タッグコンボのコツは、操作プレイヤーが打ち上げた後、同じくらいにタッグコンボを押すことくらいかしら? それ以外だと、ギミックを破壊した時に追撃ができるのだけれど、それがパートナーキャラになるわ。変更点や注意点は、その都度教えるから」
ギミックとは特殊なステージに設けられた仕掛けのことで、壁や床に叩きつけると追撃ができるシステムである。見た目以上に派手な演出になっており、大ダメージが決まると爽快な気分になれる。
「先陣を切るであります!」
……とか考えている間に、CPUとの戦闘が始まっていた。体験版仕様なため、アーケードのような勝ち抜き戦や、家庭版のような練習モードは無く、対戦が終わるごとにキャラ選択を行っていた。
「交代しろよ!」
CPUのレベルが低いせいか、椋は一人で勝負を終わらせてしまった。分厚い丸眼鏡が憎たらしい。
「ここは我輩に任せ、青海殿は体力を温存するであります!」
「そういうゲームじゃねぇ!」
「ネズミ、真面目にやりなさい。誰のためにやっていると思っているの?」
「すいません姉御!」
すっかり調教されていた……。
「正直な事を言ってしまうと、上手く交代できないのであります」
「キングの9RKでは、打ち上げに十分な飛距離を得られないようね。最初だから、簡単なコンボを練習しましょ。LPRPとタッグボタンを同時に押すと、簡易的なタッグコンボが発動するわよ」
さっそく椋が実践すると、相手がバウンド状態になり、自動的に俺のキャラが画面の端から現れた。咄嗟のことに反応できず、俺はそのまま相手が転がるのを見送ってしまう。
「あー、何をボケッとしているでありますか」
どないせー、ちゅうねん。初見で発動できる奴は、かなりの動体視力だぞ。
「キャラが現れてくるタイミングでパートナーがタッグボタンを押しっぱなしにしていると、自動的に最適な攻撃をしてくれるわよ」
言われた通りにやってみると、本当にキャラが勝手に動いてくれた。
「吹き飛んだところを、椋の投げ技で止めを刺すわけでありますね⁉」
「確かにキングなら、壁に叩きつけた相手でも高ダメージを狙えるわ」
投げが優遇されているキャラはフィニッシュが豪快で羨ましい。しかし、それはコマンド入力の難しさで常に失敗というリスクを背負っているから納得するしかないのだが……。
「なんか随分と親切な操作方法だな」
これだけの大ダメージを与えられるシステムにしては、発動が容易過ぎる。空中コンボでの繋ぎが鍵となってくるのだとしても、強みだった駆け引きの要素が低下するのでは?
「格闘ゲームが上級者ばかりになっていく中、これを機に初心者でも入りやすい仕様になっているのかもしれないわね……」
新規ユーザーを獲得するための、なんとも世知辛い話だった……。
結局その日はシステムについての考えを深めるだけに留まり、具体的なコンビネーション方法などは後で研究することになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます