Episode 12.Strategy

第三章


 次の日、俺は何事も無かったかのように再びゲーセンに来ていた。


「あ、青海殿……その……」


 椋が申し訳なさそうに近づいてくるが、その後ろめたい気持ちの理由は分かっている。俺は諭すように言い放った。


「昨日のことは忘れろ」

「え? でも……」

「お前が気に病む必要は全く無い。いいから忘れろ」

「う、うん……」


 椋は姉の攻撃で歴戦の勇士のような風貌になってしまった俺を見ていると、姉を挑発してしまった罪悪感が湧いてくるらしい。気にするなと言っても、今の俺の姿では説得感が皆無だ。どう声をかけていいか分からず困っていると、見かねた萌が話しかけてきた。


「はぁ、二人の仲が悪いのでは、勝てる試合も勝てないわね」

「どういう意味だよ?」

「作戦よ、作戦。本当は昨日教えようと思っていたのだけれど、トラブルがあったから」


 昨日、俺の姉がゲーセンに出没し、一暴れした後始末が大変だった。姉の癇癪が俺の生傷になったのは我慢すればいいとして、騒ぎ過ぎたせいで店員が駆けつけてきたのである。台パンをした形跡は消えないのだ。


 リターンマッチを控えた椋をすぐに帰らせ、俺もなんとか逃れようと算段を立てる。萌はいつの間にか消えていた。姉の関係者だと思われると俺まで出禁になりかねないため、俺は必死に無関係だと言い張り、その場から逃げ出したのだ。知り合ったばかりの中学生を妹だと言い、実の姉を他人だと言い訳する俺の血はきっと冷たい。


「我輩と青海殿との仲の良さが、どう関係するのでありますか?」

「タッグ戦を申し込むのよ」

「え、そんなことできんの?」


 てっきり一人用の対戦格闘ゲームかと思っていた。


「できるわ。今度の台入れ替えで、最高四人のタッグ戦が可能になるのよ。ちゃんと鉄拳の公式ホームページを確認しているのかしら?」


 していない。萌に言われて見たのが初であり、そして最後である。そのような単語があったような気もしなくはないが、初心者の自分には関係ないと思って気にも留めなかった。


「しかし、いいのでありましょうか? 他人の力を借りるようなことをして……」

「一人で二キャラ操作するのも可能よ。それにタッグを組むのは、あんた達の二人。どっちかが倒されたら負けだから、気を付けなさい」


 道理で会うなり皮肉を言われたわけだ。コミュニケーションが上手くできていなければ、コンビネーションを決めることはできない。


「確かにそれなら、やりがいはあるな。椋はそれでもいいか?」

「青海殿がよろしいのでしたら、我輩もいいであります」

「なら決定ね。勝負は一週間後よ」


 椋の不安を取り除くためにも、勝負をつけるのは速い方がいい。


「早めに日取りを決めるのはいいが、それをどうやって相手に伝えるんだ?」

「それについては大丈夫」

「その勝負、受けて立とうではないか!」


 いつの間にか萌の隣に、仇敵であるはずのキモデブ眼鏡が降臨していた。


「何でいるんだよ!」

「だったらお前が消えろよ三下がぁぁ―――――っ!」


 あー、駄目だ。全く会話にならない。俺に対してだけ高圧的な態度をとるキモデブ眼鏡を、萌が面倒そうに宥める。


「まぁ、そればかりは他人がどうこう言えるものではないわ」

「そして萌は何で親しげなんだよ!」

「ゲーセンは誰にでも分け隔てなく接する場である。そうであろう、ディアマイエンジェルクローチェたん!」


 椋に対して手を振っているが、その椋は既に俺の背中に隠れている。狂ったように手を振り続けていたため、萌が適当にあしらった。


「そうですねー。じゃ、もう帰ってもらっていいですか?」

「え、まだ来たばっか……」

「スタッフ――っ!」

「さらばっ!」


 萌がこの前のやさぐれた店員を呼びつけようとすると、脱兎の如く駆け出して行った。逃げ足だけは速い……。


「それにしても、よく話をつけられたな」

「言ってしまえば、あたしは関係ないもの」


 うわぁ……。


「それでも、あんた達に協力はするわ。あたしには関係ないけれど、決して他人事ではないもの」


 萌さん……。素直じゃないんだから……。


「姉御と呼んでもいいでありますか⁉」


 椋なんかは心酔し切っていて、下っ端キャラが定着しようとしていた。


「いっ、いいから早くミーティングをするわよ! 早く休憩所のソファーに座りなさい!」


 え、もしかしてあれで照れてんの? 久しぶりに再会したから分からんが、とりあえず言われたままソファーに腰を下ろす。


「というか、そもそもどうしてタッグ戦なんだよ? 相手が一人で二人のキャラを操作できるなら、むしろこっちの方が不利な気がするんだが?」

「そうね。でも、逆を言えばデメリットはそれだけよ。それを補い余るほどのメリットが、タッグ戦に存在するわ」


 萌だけはソファーに座らず、演説を始めた。


「まず一つ、強力なのがタッグコンボよ。これが決まれば、赤ゲージでの体力回復ができないわ。タッグコンボには二通りあって、打ち上げとバウンド時にタッグボタンをタイミング良く押してパートナーが入れ替わることができるの。理想を言えばこの二つを組み合わせた方が良いのだけれど、焦る必要は無いわ。今は確実にコンボを繋げることだけを考えて」


 赤ゲージというのは緑色で表される体力ゲージの一部で、攻撃を受けた際に回復ができる量を赤色で示した部分のことだ。交代ができるなら赤ゲージの回復ができるし、タッグコンボで相手の回復を阻止することができる。確かに上手く機能させれば、かなり優位に立ちまわることができる。


「次に、ブライアンのストマックブロー対策よ。私にはどうしてガードができないのか謎なのだけれど、プレイ中の混乱が原因なのだとしたら、壁に叩きつけられた時にタッグボタンを押すことで解決できるわ。これは強制的にキャラの交代ができるものなのだけれど、攻撃を受けていたキャラの赤ゲージと、控えキャラのレイジが消滅するから、あまり多用しては駄目」


 俺の時はガチャプレイをしていたから相手の思う壺だったが、椋は壁に叩きつけられていなければ対処できていた。萌なりに対策法を考えているのは解る。効果的なのは説明で理解できるが、どうしても言っておかなければならないことがあった。


「以上、こんなものかしら。他に何か質問とかはある?」

「……それ、一人でも二キャラ操作すればできるよね?」

「あっ」


 今、あっ、って言ったよ……。一気に不安だよ……。


「……それじゃ、あんたは今からもう一人のキャラを練習するだけの時間があるの?」


 無い。まだ始めてから一週間ちょっとだが、俺はまだ初心者の域を抜け出せていない。レオだけで精一杯なのに、もう一人のキャラに時間を割いている余裕はないだろう。


 ただ俺はタッグ戦でのメリットが、相手にもあるということを伝えたかっただけなのだが……。口答えしたら精神的に殺される。


「タッグを組むには相性があったはずでありましたが、それは考慮しなくてもよろしいのでしょうか?」


 哀れな俺を思いやったのか、椋が話を変えて質問をする。キャラ同士の相性……。知識がまだ浅いせいか、それはあまり考えたことがなかったな。


「パートナーの相性が良いには越したことはないけれど、いきなり別キャラでの操作を求めても酷な話でしょう。それは個人でプレイする時の課題ね」

「もう一つ質問なんだが?」

「何か?」


 うっ、さっきのことがあったせいで、どことなく棘があるな。しかし俺はめげずに質問を続ける。


「その筐体ってどこにあんの?」

「…………無いわ」


 今までで一番の衝撃的な発言だった。


「無いって、それじゃ練習のしようがないであります⁉」

「落ち着くのよネズミ」

「鼠田であります!」


 椋が憤慨するのも無理はない。ちなみに名前のことではなく、ゲームの話である。


「確かに、タッグトーナメント2がアーケードで実装されるのは今週の休み明けよ。だけど、体験版が私の家にあるわ」


 そうだったのか。心配は杞憂だったようで安心した。しかし、俺はそこであることに気づいてしまった。


「それって、萌の家に遊びに行ってもいいってことか?」

「そうよ。不本意だけど、今回は仕方ないわね。特別よ」


 マジかよ。女の子の部屋かよ。生きていて良かった。急に意識してしまうと、なんかドキドキする。

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