Episode 11.Sister

「はぁ……」


 次の日の木曜、俺はゲーセンで椋の帰りを待っていた。


「溜息なんて、らしくないわね。サングラスをかけていないことと関係があるのかしら?」

「萌か。そりゃ俺だってサングラス以外にも考え事くらいはするさ」

「思考するよりも先に行動するような体のくせに、何かあったの?」

「二言余計だよ。まぁ、なんだ、その……」


 相談もしないで椋と会って話したと言えば、萌は果たしてどのような反応をするのだろう? 藪蛇を突くような真似はしたくないのだが……。


「椋のことね」

「何で分かった⁉」

「分からない方がどうかしてるわ。差し詰め、昨日ゲーセンに来なかったことと関係しているのかしら?」


「……その通りです」

「もしかして、学校にまで乗り込んだの?」

「…………」


 こいつエスパーかよ。下手な事を言ってしまうと、通報されそうな予感がする……。


「黙秘は肯定と一緒よ。けれど、深くは訊かないであげるわ。あんたはやるべきことをやったんだから、ここでどっしりと待ち構えていればいいの」

「そ、そうか?」

「情けないわね。プレイに集中!」

「痛ってぇ!」


 萌に思いっきり背中を叩かれる。痛がる俺を見て、彼女は微笑んでいた。ただのサドかもしれないが、どことなく表情が優しくなっている気がする。


 だがそれで、腑抜けた考えが吹き飛んだ。俺が椋を信じなくてどうする? 俺がいつまでも不安がっていては、椋は自信を持てなくなる。


 気持ちを切り替えてプレイを再開すると、店舗の自動ドアが開いた。視線を向けると、そこには凛とした佇まいで光を反射する眼鏡の少女がいた。


「青海! やはりここにいたかっ!」

「姉貴かよ! どうしてここに⁉」


 現れたのは実の姉だった。ゲーセンにいる事は内緒にしていたはずなのに、どうやってこの居場所を突き止めたんだ? 姉は極度のゲーム嫌いなので、偶然ここに来たという可能性は低い。


「あまりにも不自然なのでな、尾行させてもらった」


 単純な方法だった。最近、妙に元気を無くしていると思っていたら、まさか弟相手にストーカー紛いのことをしていたとは……。


「で、尾行してまで何しに来たんだよ?」

「この魔窟から、お前を連れ戻しに来た! 寄り道しないで真っ直ぐ家に帰ろう!」


 冗談じゃない。俺はガキかっての。しかし、幼い頃からの教訓で体が反抗しようとはせず、姉に言われるがまま手を引かれてしまう。このままでは、なし崩し的に連れて行かれそうになったところを、萌がどうにか引き止めてくれた。


「ちょっとお姉さん、ブラコンにも程があるんじゃありませんか?」

「ブラコンで何が悪い! 家族で愛情を注ぐのは、何も変な事じゃないだろう!」

「あなたのは姉弟の域を超えているんです!」


 ヤバい、他の客が注目し始めた。俺が原因だが、これ以上ヒートアップさせるわけにはいかないため、口論を仲裁しようとする。


「まぁまぁ、とりあえず落ち着けって」

「黙れ! 個人化社会の体現者め! 愛されたことが無いから、愛する者の気持ちも解らんのだ!」


 姉は基本、俺の話を聞かない。コミュニケーションも大事だと思う。


「それは曲論です。あたしのことをよく知りもしないで、勝手に決めつけないでください」

「決めつけではない! こんなゲームなんぞをやっている輩は、すべからく愛情が欠落している! これだからメディアに魅せられた人間は嫌いなのだ!」

「それが決めつけだと言っているんです。それにその考え、いつの時代ですか? 知識があるのはけっこうですが、もっと視野を広げて読書した方がいいですよ」


 少し話が脱線し始めてきた。再度、仲裁を試みる。


「ちょ、いい加減に……」

「我輩は戦場に舞い戻ったでありま――――すっ!」


 タイミング悪っ!


「フハハハハ――ッ! お待たせしましたでありま……すぅーーーーっ?」


 椋は状況を理解できず、間抜けな声を上げている。本当はもっと感動的な場面になるはずだったのに、なんて不憫な子……。


「こら、小学生は保護者同伴じゃないとゲームセンターに来てはいけないぞ? もしかして迷子か? それならお姉ちゃんが一緒に母親を探してあげよう」

「な、なんですかこの人は⁉ 我輩は小学生じゃないでありま~~~~すっ!」


 椋を生贄に捧げて姉を墓地に送る選択も魅力的だが、流石に椋が可愛そうすぎる。


「姉貴、そいつは中学生だよ。一応」

「なんだとっ⁉」

「一応って、なんでありますか⁉ 我輩は正真正銘の中学生であります!」


 見た目が小学生にしか見えないんだよ。中学生であることを証明する制服もブカブカだし、姉のような面倒見の良い人間にとっては保護する対象でしかない。


「どちらにしろ、あまり感心はしないな。若い内からゲームをするなど」

「普通は子供だからこそゲームをするのであります! ゲームすること自体を否定する言動は慎むであります!」


「む、そういう考え方もあるか。しかし、ゲームをやっている暇があったら、学生として勉強や運動に励むべきだろう」

「そんなものは、それこそ人それぞれであります! 自分勝手な固定観念を、他人に押し付けないでいただきたい!」


 口論が熱くなっているな……。椋にとっては自己意識を再確認した昨日の今日なわけだから、より一層に思う所があったのだろう。しかし、このままだとノリで嫌な流れになる気がする。


「私は君のためを思って言っているのだぞ?」

「もう話していても埒が明かないであります。そこに座れ。そしてレバーを手に取れ。拳で語り合うであります!」


 ほら、やっぱりこうなった。なるべく争い事は避けたいのに……。


「面白くなってきたわね……」


 俺が頭を抱えているのに、萌は笑みを隠そうとすらしなかった。


「おい、止めなくていいのかよ?」

「どうして止める必要があるのかしら? これを機に、あの人には反省してもらわないと」


 反省って……。確かに姉は頭が固いが、言っていることは正論だぞ。何でもかんでも否定される謂れこそ無いだろうけど、それも俺が原因なわけだしなぁ……。


 真っ向から喧嘩を売られて腹が立ったのか、姉は壁を裏拳で殴りつけた。


「いいだろう、大河原流の威信を懸けて相手になってやる」


 拳を当てた中心からヒビが大きく割れ、外壁が剥がれ落ちる。


「いえ、あの、そこはゲームで……」


 さっきまでの威勢はどこへやら。椋の顔はすっかり青褪めていた。あんな恐喝に近い脅しを見せつけられたら無理もない。


「ゲームは好かん。いいから早くかかってこい。一瞬で終わらせてやる」

「……自信が無いでありますか?」


 挑発に出たか……。だが、俺の姉をどっかの教師のように甘く考えない方がいいぞ。


「ふん、こんなもの楽勝だ。私の動体視力があれば、たちまち上達してしまうだろう」


 うっわー……。


「口先だけなら何とでも言えるであります!」


 自分の土俵に持ち込めたため、椋の元気が戻る。


「今すぐ証明してやる。そしてもう二度と、この地に足を踏み入れるな」

「では、いざ尋常に勝負!」


 常に雑音が垂れ流されているゲームセンターとは言え、店内で大声を出していては目立つ。他のプレイヤーが離れ、都合良く対戦台は空いていた。


 何故か自信満々に座る姉の背中に向かって、俺は確認のため話しかける。


「操作解るのかよ姉ちゃん?」

「解らん。どのキャラクターを選べば良いのだ?」


 家にはそもそもゲーム機が無い。親父があれこれと理由をつけては、ひたすら買うのを渋ったからだ。俺は友人宅のを何度かプレイした経験があるが、姉に至っては人生初なのではないか……? もう何を選んでも一緒だと思い、目を瞑って姉の背中越しにキャラを選択した。


「こいつでいいんじゃね?」


 俺の人差し指が示したキャラは、ジャック6だった。体がアンドロイドという、かなり大柄な男性キャラである。技を出した後の硬直が少し長いという癖があるが、リズム良くコマンドを入力すれば使いやすい部類には入る。


「モヒカンか……。パンクしている感じが青海っぽいな」


 どう見たら俺になるんだよ……? 弟ながら目を疑うわ。


「あんたにしては悪くない選択ね」


 なんか初めて萌に褒められた気がする……。偶然だから心が痛いんだけど……。


「この勝負、あんたはどう予想するの?」

「あ? そんなもん、どう考えたって椋が勝つに決まってんだろ」

「それはどうかしら? もしかしたら、もしかするかもね?」


 萌らしからぬ見解だが、彼女はこと格闘ゲームにおいては一番の信憑性がある。


 確かに姉は才色兼備で、頭脳明晰で、スポーツ万能だ。生徒会の会長もしているし、中学の時なんかは下級生からの信頼が厚かった。我が姉ながら、全てを持ち合わせている完璧超人だ。それも努力という裏付けがあることを、俺は知っている。もしかしたら本当に番狂わせが起きてしまうのか?


『K.O!』


 姉よ、負けるの早いって!


「まずは小手調べといったところだな」


 五秒でパーフェクト負けした人間から、どこからそんな余裕が湧いてくるのかは謎だが、まだ一ラウンド目だ。次がある。


 両者定位置について、第二ラウンドが始まる。


「っ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!」


 戦いを描写する必要も無い。何故なら姉は、筐体の画面に向かって怪しい念を放っていたからだ。無論、動くわけがない。


「これスイッチはどこだ?」

「もう入ってるって! このレバーで移動! このボタンで攻撃!」


 お前の頭がオフだろ! なんて言ったら殺されるため、素早く丁寧に教えていた間に、またジャック6の体力ゲージが0になった。椋の奴、容赦ねぇな……。


「……………………」

「おい、姉貴。後もうラストだぞ?」

「話しかけるなっ! 今は集中させろ」


 簡単な操作法さえ分かれば、後はなんとかなるだろう。初心者にありがちなガチャガチャプレイをしていれば、ラッキーパンチが当たるかもしれない。そんな淡い希望を込めて、第三ラウンド開始。


「違う! そこじゃないっ!」


 開始早々、姉がイライラして叫ぶ。椋はガチャプレイの対処法を心得ているため、的確に反撃を決め込んでいる。それでも初心者相手にボロ勝ちして正気に戻ったのか、先程までのキレは無い。


「どうして思い通りに動かないんだ⁉ このポンコツがっ!」

「台パンすんなって!」


 壁を壊す威力なんだから! あ、負けた。


「ぐわあああああああ~~~~wqsrtwctywしでおくえうfgるcげwvげsvcsヴぇdせvyくあyくヴぇ!」

「正気を保って!」


 挫折を知らない負けず嫌いの人間が勝負に負けると、常軌を逸する癇癪を起すらしい。一緒に一六年間生活してきて、初めて姉の隠れた一面を垣間見た。そして、できれば一生見たくなかった……。


「うやkgふゃうgふぁvfhjぁpbrgヴばbfばyvfらfぶういぱbgヴぃ!」

「痛いって! 噛みつくな!」


 なんとか被害を最小限に収めようとしたため、真っ先に身内の俺が被害に遭う。店内の注目を浴びているが、姉弟のスキンシップだと誤解してくれ。


「ふーっ、ふーっ!」


 猛獣が威嚇しているような呼吸法だが、とりあえず攻撃はしてこない。深呼吸して、ようやく姉が落ち着き始めた。胸に手を当て、穏やかな表情で宣言する。


「さぁ、もうひと勝負だ!」

「誰がやるかっ!」

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