Episode 9.Difficuty

「……気をつけろって、どう対処したらいいんだ?」


 ターゲットにされた椋にとっては、毎日の生活を脅かす問題なのである。できれば早急に手を打ちたいのだが……。


「警察に通報するわ。それで解決よ」


 ですよねー。法には逆らえないですよねー。萌らしい提案に頷き、携帯を出す。あれ、百十番って緊急用だっけ?


「ちょっと待ってくれ」


 そんなことを考えていると、またもや一心ファ乱さんが止める。


「通報するのはオレも正しいとは思うが、真面に話を聞いてくれるとは限らないんじゃないか?」


 ありうる意見だ。未遂だから確かにそうなるかもしれない。しかし、だ。俺も警察自体を重く信用してはいないが、だとしても手遅れになったらどう責任をとる?


「それじゃあ、黙って見過ごせというんですか?」

「そうじゃない。警察が動くのは、実際に何かが起こってからだ。それでは遅いから、オレたちでクローチェさんを護衛しよう」


 勿論、俺は最初からそのつもりだった。中学生の女の子を一人で不安にさせるわけにはいかない。しかし、萌は現実的な視野でそれを否定する。


「護衛といったって、この子とはゲーセンでしか会わないんですよ?」


 そうだ。よく考えてみたら、俺は鼠田椋のことを何も知らない。住んでいる家を知らなければ送り迎えなんてできないし、果たしてそこまで彼女の私生活に踏み込んでいいのだろうか? いや、如何なる理由があろうとも、いいわけがない。


「あの犯罪者予備軍も、ゲーセンにしか現れないはずだ」


 なおも一心ファ乱さんは押すが、萌がそれを突っぱねる。


「そんな保証はどこにも無いです」


 冷静そうな二人が言い合いをしている。どちらも正論なので、俺はどっちに加勢したらいいか分からない。護衛はしたいが、プライバシーな所にまで足を突っ込んでしまう。かと言って、具体的な打開策も思いつかない。どうしたらいいんだ?


「……もう、いいでありますっ!」


 どうしたらいいのか分からず、一人だけ無言だった椋が勢いよく店内を飛び出す。


「おい! どこ行くんだっ⁉ 一人じゃ危ないって!」

「いいから一人にさせなさい」


 追いかけようとする俺の腕を、萌が強い力で引き止める。ってか俺、この短時間でどれだけ制止させられてんだっ⁉


「でも、何かあったらどうするんだよっ⁉」

「ああいう見栄を張りたがる人の性格上、今すぐには行動を起こしてこないでしょう。青海が行ったって逆効果になるだけよ。一人で考える時間を与えてあげて」


「お前がそう言うならそうした方がいいのかもしれないけどよ、何か力になってあげたいだろ。あいつはまだ中学生なんだぞ?」

「だから何? 頼んでもいないのに助けられたって、ただの自己満足でしかないのなら迷惑にしかならないわ」

「そういうつもりじゃ……」

「まぁまぁ、ここは穏便にいこうよ。な?」


 重くなった雰囲気を、一心ファ乱さんが持ち前の爽やかスマイルで打ち消す。険悪だったのはあんたら二人なんですけど……。


「……心配なのは解ってる。あたしも同じ気持ちよ。だからこそ、彼女の気持ちが痛いほどに解るわ」


 それはどういうことなのか、俺は聞き出そうとはしなかった……。



 ゲームをする気分でもなかったので、その日は早めに帰った。萌もあれで繊細な所があるため、俺と一緒に駅を目指す。


「あいつ、明日も来ると思うか?」

「何て言って欲しいの?」

「別にそういうわけじゃ……。ただ、あんなことがあったら心配だろ」

「ゲーセンに来る方が危険よ。今は避難させるべきだわ」


 それはそうなのだが、それじゃ何かが違う気がする。その違和感を上手く言葉に出せず、そのまま駅に着いてしまった。


 無言が気まずくなり、顔を逸らすと異形なる者が目に入る。駅中に魔導師のような白装束を着込んだ人が、通行人を無遠慮に眺めて立っていたのだ。かなり不気味だったため、視線を合わせず通り過ぎる。


 萌の言う通り、この街は思っていた以上に危険なのかもしれない……。


「おい」


 改札口で呼び止められる。誰だよ? と思って振り向くと、実の姉が仁王立ちしていた。表情が暗くて、感情を読み取れない。まだ白装束に呼び止められた方がマシだった。


「姉貴か。こんな所でどうしたんだよ?」

「青海……その隣にいるのが彼女か?」

「え?」


 隣は萌なのだが、彼女って……? あ、そういえば昨日そんなこと言ったっけ? 今更嘘とは言えない雰囲気だし、どうやってやり過ごそうか?


「答えろ」


 無表情すぎて、なんか怖い。有無を言わさぬ威圧感があった。


「こ、こいつは友達だよ」


 一周回って本当のことを答える。事情を知らない萌に勘違いされて可愛そうな目で見られるのもアレだし、別にこの場では嘘を吐く必要は無いのだ。逆転の発想である。


「青海は彼女でもない異性と、そんな親しげに下校するのか?」

「萌のこと覚えてない? 幼稚園の頃、たまに遊んだだろ?」

「異性の友人を、下の名前で呼ぶほど仲が良いだと……?」


 駄目だ。何も聞いちゃいない。


「ちょっと、何よこれは?」


 何やら不穏な空気を感じ取った萌が、俺に状況の説明を要求してくる。姉に聞こえないよう、耳打ちした。


「俺の姉貴だよ。昔遊んだことがあったろう。悪いが、彼女のフリをしてくれないか?」

「はぁ? どうしてあたしが?」

「最近ゲーセンで帰りが遅かっただろ? まさかゲームに熱中してるなんて言えないから、昨日咄嗟に嘘を吐いたんだ」


「自業自得ね。あたしには何の関係も無いわ」

「お願い! この借りはいつか必ず返すから!」

「借りしか作っていないのだけど? まぁ、分かったわ。一緒に誤魔化してあげる」

「恩に着る」

「何をコソコソ喋っている?」


 辛抱ならないのか、さっきから言葉に棘がある。どうして怒っているのかは謎だが、爆発寸前という感じだ。少しでも突いてしまえば大惨事になる。


「実はさっきのは冗談で、こいつが本当の彼女なんだ」

「お姉さん、どうもお久しぶりです。飯妻萌と申します」


 背筋をピッと伸ばし、斜め四十五度の礼儀正しい完璧なお辞儀。これぞ身内が望む女性の理想像。これならいつ嫁に出しても恥ずかしくない。


「お前のような女狐に、お姉さまと呼ばれる筋合いは無いぞ」


 あ、萌の額に青筋が浮かんで見えた。


「それにしても、こんなところで会うなんて偶然ですね。不自然なくらいに……」

「ま、待ち伏せなんてしてないぞっ!」

「あら? あたし待ち伏せしているなんて、一言も言ってませんけど?」

「うっ……」


「待ち伏せってなんですか? そこまでするほど弟君が気になるんですか? ブラコンなんですか?」

「ぶ、ブラぁ?」

「そうです。むしろブラコンでないというのなら、何だというんです?」

「わ、私は……私は……ブラコンなんかではなぁ――――いっ!」


 姉は顔を真っ赤にし、改札口を飛び越えて行った……。駅員が慌てて追いかける。


「やりすぎだろ……」


 どうせまた電車で会って気まずい空気になるんだからさ、できれば波風を立てずに済ませたかった。


「何よ、あんたがお願いしたんじゃない」

「そりゃそうだけどよ……」

「ふん」


 その後俺は機嫌を悪くした萌と、半泣きの姉を電車内で必死に宥め、家に帰ったら帰ったで、姉のお仕置きを受けるのだった。こんなことならゲームをしていたって、本当のことを素直に言った方が良かったような……。


× ×


 あんなショッキングな出来事があったにもかかわらず、次の日も懲りずに俺はゲームセンターへと足を運んでいた。


 椋のことが気がかりだったのだが、あの目立つ金髪ツインテールはどこにもいない。


 まぁ、いつもいるわけではないし、そんな日もあるだろう。今日は俺のペースで対戦を楽しむことにする。


 昨日あんなことがあったせいか、心成しか客が少ない。萌も今日は来ないみたいだし、なんというか張り合いが無いな。ここにいるのは上級者か初心者だけであり、中級者があまりいないのだ。だからこそ椋は良いライバルだったのだが、いない今では面白みに欠ける。


 気分が乗らず、やはり帰ることにした。一人で研究するのも大事だとは思うが、技の出し方とコンボを覚えてしまうと、そこから先は対人戦との経験で伸びる気がする。


 孤独でいるのは慣れっこだと思っていたが、まだまだ甘い部分があるらしい。

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