Lost in the GAMECENTER
笹熊美月
Episode 1.Encounter
プロローグ
タイガーマスクを被った男の拳が迫ってくる。
相対する金髪の青年は咄嗟に腕で防ぐも、次に足を払われ尻もちをついてしまう。さらにそこからタックルを受け、大きく体が吹っ飛んだ。
ここはスラム街のファイトストリート。
命のやり取りなんて日常茶飯事。石壁とギャラリーに囲まれた狭い路地では、逃げることさえ許されない。相手が力尽きるその時まで、勝敗を決しなければいけないのだ。
バトルを観戦している野次馬たちが好き勝手に捲し立てる。すぐに立ち上がろうとしたところを、すかさずタイガーマスクを被ったプロレスラーがダッシュで距離を詰めてきた。
またタックルかと思い、急いでガードする。しかしそれはフェイントであり、スライディングでまたも足を掬われ、今度はうつ伏せに倒れ込んでしまう。
急いで立ち上がりたかったが、それを見逃す相手ではない。わき腹に強烈な蹴りをくらい、青年は勢いよく地面を転がった。
受け身を取り、今度は素早く立ち上がることができた。間を開けず襲い掛かってくるタイガーマスクに対し、少年はカウンター狙いの右拳を繰り出す。
しかしそれはあっさりと腕で防がれ、逆に右膝をボディに打ち込まれた。くの字に折れ曲がる体を掌底で顎から浮き上がらせ、完全に無防備な状態で頭突きを受ける。
固い地面に背中から叩き込まれ、その際に浮いた両足を太腿からガッチリと掴まれた。青年の体は軽々と持ち上がり、豪快に頭から地面に叩きつけられてしまう。
『K.O!』
綺麗な金色の髪が、鮮血で真っ赤に染まった。
「うわああああああああぁぁぁぁーーーーっ!」
格闘ゲームの対戦中にも関わらず、俺は情けない悲鳴を上げて椅子から転げ落ちてしまった。KOされた瞬間、液晶画面が激しく割れるような衝撃を肌に感じたのだ。
しかし、ゲーム画面はYOU LOSEという文字で埋め尽くされた後、コンテニューの数字がカウントされていただけだった。
なんだなんだと、店内の観客がサークル状に集まってくる。
指しか動かしていないのに、心臓の鼓動は高まり、額から流れてくる汗が止まらない。いつの間にか呼吸することを忘れていたようだ。
好奇心の視線を浴びせてくるその中の一つに、翡翠色の瞳が輝く。
流麗な金髪をツインテールにした少女が、無様な俺を冷ややかに見下ろす。
それが彼女、鼠田椋 (ねずみた むく) とのファーストコンタクトだった。
第一章
あれは昨日の放課後のことである。
校内放送で職員室に呼び出され、生徒指導の教師から身に覚えのない事件について、しつこく尋問されたのだ。
俺の外見は金髪の上にグラサンであり、素行が良いとは確かに言い難い。だからといって、何でもかんでも非難の対象にされる謂れは無い。
確かに暴力事件は起こした。しかし、それは上級生が俺に絡んできたからであり、抵抗するのは正当防衛だろう。
そんな感じでムシャクシャしながら下校していた時である。このまま家に帰るのもなんか癪なので、駅から割と近いゲームセンターに寄ったのだ。
ほんの、気分転換のつもりだった。
ストレス発散と言ったら、格闘ゲームだろうという、安易な発想が間違いだったのだ。
どうしてシューティングゲームではなく、UFOキャッチャーでもなく、パズルゲームでもなく、初心者のくせに格闘ゲームを選んでしまったのか……。
金を入れてしまってはもう遅い。俺は小さい女子中学生に、ゲームでコテンパンにされたのだった。
小さい頃から空手をやっていて腕には自信があったのに、その俺が姉以外の女性に初めて負けたのだ。しかも年下の女の子に。……まぁ、ゲームなんだけどさ、同級生に見られていたら笑いものにされていただろう。人生の汚点である。
「青海っ! 大河原青海っ! (おおかわら おうみ)」
朝早くから学校へ登校するため、家から最寄りの駅へと向かう途中、道端で耳を強く引っ張られた。
「なんだよ、姉貴。フルネームを大声で呼んで……」
隣を歩く彼女は俺の姉であり、名前は大河原水面(みなも)だ。セミロングの髪をアップにした、深緑系の黒髪が特徴の女性である。身長は平均位で、赤ブチの眼鏡をかけている。
「青海がいつまでたっても返事をしないからだ。それに姉貴ではなく、お姉ちゃんだろう。もしくはお姉ちゃまでも可だぞ」
「意味が分からない」
姉は普段の言葉使いからして固い性格なのだが、どういうわけかユーモアのセンスに富んでいる。学校でもこうなのか、弟とコミュニケーションをとりたいのかは分からない。後者だとしたら、年齢的に恥ずかしいし、鬱陶しい。
「なんだ恥ずかしいのか? 昔はお姉ちゃん大好きと抱きついてきたというのに、いつからそんな子に育ってしまったのだ、弟よ……ぐすん」
フリだろうけど、なんか泣き始めた。ってか、いつの話だよ。実家の道場で空手を習う前だから、幼稚園生くらいの時だぞ?
「何の用?」
これ以上テンションを上げられると面倒なので、無理やり話題を戻した。そのための泣き真似だということも理解した上で、だ。
「学校は楽しいか?」
「普通」
即答する。それ以上に会話が広がらないための、予防線を張った無難な返答だった。突っ張っている俺が浮いてないか心配なのだろうが、実の姉とは言え余計なお世話だ。俺はやりたいようにやっている。
「そうか、それはいいことだな」
楽しいことは特に無く、苦しい事ばかりだ。面白い事は特に無く、つまらない事ばかりだ。嬉しいことは特に無く、寂しい事ばかり。普通が一番難しい。
駅に着いて改札を通り、二人一緒の電車に乗った。どうせ席をお年寄りに譲るはめになるため、立ったまま無言の乗車が三十分続く。姉は電車内での会話を好まない。人の迷惑になるかもしれない行為が嫌いなのだ。
終点へのアナウンスが鳴ると、車内が大きく揺れた。
「キャッ!」
吊革を掴んでいなかった姉がバランスを崩していたので、咄嗟に背中を支えてやる。
「大丈夫かよ、姉ちゃん?」
「あ、ああ。平気だ」
悲鳴を上げたのが恥ずかしいのか、顔を会わせられないらしい。それでも俺の制服の裾は握っているあたり、このまま逃がす気は無いのか……。
構わずそのままホームへ降りる。
「今日は寄り道せずに学校へ行くんだぞ」
「分かってるって」
俺と姉は別の学校に通っている。姉は由緒正しき女子高だが、勉強する気の無い落ちこぼれの俺は商業高校である。全くの逆方向のため、ホームで別れることとなるのだ。
「い・く・ん・だ・ぞ⁉」
サボった前科が山ほどあるため、これでもかと念を押される。
「……最近は真面目に言うことを聞いてるだろ?」
「むー、それもそうか。信じているからな」
「はいはい……」
なんてな。
昨日あんな事があったっていうのに、呑気に学校なんか行っていられるわけがねーだろ。あの小娘にゲームでリベンジするため、人の少ない平日の昼間を狙っていたんだよ。今日は日が暮れるまでゲーム三昧だ。
無事に改札を通り終えると、自然と笑みが湧いてくる。
それをコンビニで友人を待っているらしい、知らない女子高校生に見られて死にたくなってきた。
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