Episode 2.Trouble
いざ学校をサボるとなると、かなり勇気のいる行為である。家に電話されたらただじゃ済まされないだろうし、今度からは学校まで送り迎えされかねない。俺はクールな一匹狼で通しているので、それだけはなんとも避けたいものだ。
かといって、学校に連絡するのも気が引ける。
「先生、寝坊したので昼から学校に行きます」
「なるべく急いで来いよ」
「うす」
とはならないものか……。
余計な詮索をされる前に、用件だけ伝えて電話の電源を切ればいけそうだが、次の日が怖い。主に姉が……。
電車に乗り遅れたとかはどうだろうか? 俺の家はド田舎にあり、一時間に一本しか走らない無人駅なのだ。一本乗り遅れただけで致命傷となる。しかし、それは前にも使った言い訳だった。何度も使えば怪しまれる。
結果、俺は考えることを放棄した。これで心置きなくゲームに集中できるってもんよ。
公衆トイレで上だけ学ランから、私服のブルゾンに着替えた後、昨日と同じゲームセンターに入店する。狙い通り、やはり客は少ない。こんな朝っぱらからゲームセンターにいるような奴は、俺を含めてろくな奴じゃないな。
何はともあれ、鉄拳という目的の台に座る。さっそく百円を投入し、昨日と同じキャラを選択した。それはレオという名前の男性キャラクターであり、俺と同じ金髪であることにシンパシーを感じたから選んだ。本当はもっと違うキャラクターを試した方がいいのだろうが、四十人以上も使用キャラがいては金と時間と労力の無駄である。
始まるプレイ画面。コマンドが分からないので、適当にボタンを組み合わせて一つ一つの技を確かめてゆく。
こんなにゆっくり格闘ゲームをするなんて、昨日を除けばいつ以来だろう? 地元の田舎には、ゲームセンターなんてハイカラなものは無い。あるとすれば、隣町のデパートくらいだ。母と姉の買い物に付き合う度に、一人でよく遊んだものだった。幼い頃の記憶はあやふやだが、なんだか懐かしい気分になる。
感傷に浸っていると、コンピューター相手に負けてしまった。はっとして腕時計を見ると、ニ十分以上も経っている。負けたのは悔しいが、いい暇潰しにはなったようだ。
と言っても、お金が無限にあるわけではないので、参考として他のプレイヤーの画面を後ろから覗き見ようと思う。さっきよりかは人が増えたようで、一人だけ一つ空いた俺の隣の席でプレイしている女性がいた。
この時間帯から学校の制服でゲームセンターに来るとは、なかなかの猛者である。どんな奴かと顔を見てみると、昔の知り合いだった……。
長いストレートの黒髪に、鋭い銀縁の眼鏡。多少雰囲気は変わっているが、幼い頃の面影が残っている。間違いなくこの女は飯妻萌(いいづま もゆる)だ。
知り合いといっても幼稚園を卒業してから一度も会っていないので、話しかけるということはしない。気まずい空気になるだけだ。向こうは絶対俺に気づかないだろうし、どうやったら金髪グラサンを見分けることができるのか、俺が知りたいくらいである。
というわけで、後ろからプレイを観察する。コンピューター相手でも容赦しないのかと思いきや、何回かポイントを取られていた。このゲームは三ラウンド制なので、ギリギリまでゲームを楽しもうとする魂胆だろう。
最終ラウンドのところで、挑戦者が現れる。キャラ選択画面になり、相手はブライアンという白髪に顔傷の目立つ男性キャラを選択した。対する飯妻の方は、風間仁という男性キャラを使用していたらしい。なかなかの男前だ。
試合開始の合図と同時に、相手のブライアンが大振りのパンチでガードの上から殴りかかってきた。あまりの威力に仁は後ずさってしまい、相手はもう一度さっきのパンチをお見舞いしてこようとする。
それを紙一重で横に避けた飯妻は、開いたボディに拳を叩き込む。その後も焦ることなく丁寧にコマンドを入力することで、コンボは順調に繋がっていき、最後にバウンドさせてからの正拳突きが決まった!
まさに爽快な一撃。対戦者はイライラしているのか、台を激しく叩く音が聞こえた。しかし、飯妻は動じない。その後も飯妻は危な気も無く、消化するように勝負を進めていった。
どうやらコンボというものさえ覚えれば、体裁だけはマシになりそうだ。筐体には各キャラの簡単なコンボが載っている。とりあえずこれだけでも練習してから帰ろう。
前の席に戻り、百円を投入する。キャラはさっきと同じレオだ。色々なキャラを試すよりかは、一人のキャラを極めた方が良いという判断である。
さっそくコンピューター相手にコンボを仕掛けるが、上手くいっているような気が全くしない。俺としては右斜め下右パンチと入力しているつもりだ。しかし、その技を見たことが無いので、それで合っているのかどうかも分からない。あ、反撃くらった。
コンボの途中で反撃されるはずがないため、やはりこれは失敗だ。それでも何度か空振りしていると、まぐれで技が成功した。アッパーで相手が浮き上がっている内に、早くコマンドを入力しなければいけない。焦っていると次のコマンドをド忘れしてしまい、相手は地面についてしまった。
飯妻みたいに、焦らず冷静に入力しなければコンボは繋がらないようだ。どういう技なのかを感覚で覚えるため、一つ一つのコマンドを試してみる。フィニッシュ技が上手く入力できないが、それでも途中まではコンボは繋がるので、相手にもう一度右斜め下右パンチを当てようとした時だった。
乱入者が入る。
勘弁してくれよ……。不意に昨日の記憶が甦る。年下の小さい女子中学生に倒された、消せない嫌な思い出。なんとか払拭したい。
乱入者はブライアンを選択した。ということは、さっきまで飯妻と対戦していた野郎か。負けてオメオメと退散してきたらしい。観察したところ実力はそう高くないようだし、貴様には汚名返上の踏み台になってもらう!
ゲーム開始。相手はさっきと同じく、大振りのパンチを放ってくる。それをガードして仰け反るが、それは一度見た攻撃パターンだ。スティックを上に倒して避ければいい。そして練習したコンボをお見舞いしてやるぜ!
ジャンプしてしまった。
顔面に叩き込まれる必殺の右ストレート。キャラが浮いていたため、壁際にまで勢いよく吹っ飛んでいく。もう一度くらう前に立ち上がり、なんとかガードは間に合ったが、背中が壁のため後ろへ離れることができない。これでは横に避ける前に攻撃を受けてしまう。
苦し紛れに右斜め下右パンチを繰り出すと、なんとヒットした。浮き上がる相手に対し、焦らず冷静にコマンドを入力する。左、右左、右右、同時押し! やはり最後が決まらず不格好になってしまったが、それでも体力ゲージを三分の一にまで減らすことができた。
スペースに余裕を持つことができ、少しだけこちらが有利になる。よし、これなら勝てるんじゃないか?
調子に乗ってアッパーを連発するが、ガードで防がれてしまう。その隙を逃さず、相手がボディブローを放ってくる。右拳が鳩尾にヒットしてしまい、腹を抱えて悶絶するレオ。スティックを後ろに倒してもガードができず、ボディブローを何発も受け続けた結果、体力ゲージが底を尽き一ラウンドを取られてしまった。
あの技は何だ⁉ ボタンを入力しても防げないなんて、反則じゃないのか⁉ いや、落ち着け俺。勝負は三点先取なので、後二ラウンドある。まさかあの技を対人戦で乱用してくるはずがないと思うから、冷静に対処するんだ。
残り二ラウンドとも、ボディブローのハメ技で倒されました。
熱くなるな俺! 必死に怒りを抑えるんだ!
どんな野郎がプレイしているのか、せめて顔だけでも確認したい。さり気なく対戦者の方を覗き込むと、坊主頭の不潔そうな眼鏡のオッサン顔だった。野球部ではなく、卓球部にいそうな頼りない丸刈りである。いつもなら恐喝の対象にするところだが、画面を見つめている血走った眼球に感情が籠ってなさすぎて怖い。不良よりもこういう奴の方が何をしでかすか予測不可能であり、キチガイな精神状態だったりする。
大人になれよ、俺。あいつも生きているんだ。どう見てもオッサンにしか見えない年齢の男が、午前中からゲームセンターにいるだけで泣けてくるだろ? これ以上、あいつから何を奪おうってんだよ。
海より広い心で、空いている隣の台に移る。思う存分、ゲームを楽しんでくれよ。俺はコンピューター相手に練習しているからさ。
百円を入れ、レオを選択。勝負が始まってすぐに乱入者が入った。空いていると思っていたが、ちらほらと人が集まってきたらしい。
対戦者は丸刈りキモデブ眼鏡と同じ、ブライアンを選択。奇遇ってのはあるもんだな。まぁいい、これでブライアン対策でも練るか。
全ラウンド、ボディブローでハメられた。
「表出ろコラァッ!」
海より広い俺の心も、ここらが我慢の限界だ。筐体の向こう側へ行くと案の定、丸刈りキモデブ眼鏡が席を二つ占拠していた。
「おい、テメェ! 何のつもりだ⁉ 喧嘩なら買うぞ?」
視線を合わせようとしないので胸倉を掴んだ途端、男が店内を揺るがすような大音量で叫びまくった。
「あばばばば――――――――――――ッ!」
あまりの不気味さに、こっちが慄いてしまう。
「偏差値の低い虫がぼくチンに触るなぁぁ――――っ! 高学歴に傷が付いたらどう責任を取るんだ⁉ お前なんかじゃ一生かかっても払いきれない損失だぞぉぉっ!」
男は涎を垂れ流しながら腕を振り回し、荒い呼吸で暴れ回る。やっと落ち着いたかと思うと、今度は激しく爪を齧り始めた。
「でゅふ、でゅふ、でゅふふふふ……。やれやれ、これだから頭の悪い虫は困るんだ。まいっちゃうなぁ、もおおおおっ!」
ここはゲームセンターという名の異空間なのか?
人生で経験したことのない人種が、目の前で精神を崩壊させている。途方に暮れていると、スタッフが駆け込んできた。
「お客様、どうなされましたか?」
「あ、それが……」
「あいつがぼくチンに暴力を振るったんだ!」
噛み過ぎて血が流れ出た指で、スタッフの腕を掴む。スタッフも男だが、同性であっても嫌悪感を抱くほどの汚らしさに嫌な顔をしていた。それでも仕事はする。
「本当ですか?」
「殴っていません。そっちが狂言を訴えているんです」
嘘は言っていない。あっちの方が先に喧嘩を売ってきたのだ。暴力だなんだのと、濡れ衣にもほどがある。
「嘘だっ! 馬鹿は嘘を吐くのが下手だな! 落ちこぼれの虫以下が、人に信用されると思っているのかっ! 話が通じないなぁ、もおおおお! あっ、そうか、虫だから人間の言葉が理解できてないんだ! 大人しく土に還れよっ!」
なんとなく真実を察したらしいスタッフが、憐みの目で俺を見る。
「その、事情は分かりました。今日は二人ともお引き取り下さい。そして今後は入店をご遠慮させていただきます」
それが妥当か……。このまま穏便に済ませば良かったのだが、キモデブ眼鏡が唾を撒き散らしながら抗議する。
「どうしてそうなるっ⁉ 悪いのはあのコガネムシだっ! ぼくチンは被害者だぞっ! ほらここ、頭を強く殴られた! 何を見てたんだチミはぁ! 馬鹿なんじゃないのおおおお⁉ ぼくチンにも、あの虫を殴る権利があるだろぉ!」
本当に頭を殴ったら正常になるかな……。本気で試そうとするが、スタッフが先に我慢できなくなったらしい。
「警察呼ぶから事務所来い」
「そうだっ! こいつを警察に突き出して、死刑にしてもらえばいいんだぁ! こんな社会から見捨てられた奴が死んだって、誰も悲しまないよねええええ! お前が死ねば、世界は平和になるんだよぉ! …………死ね死ね死ね死ね死ねっ!」
もう怒る気も失せる。諦めて警察の御厄介になるしかないのか……。サボっているのが学校にバレたら、停学どころじゃ済まないよな……。運が悪いと思って諦めよう。
「ちょっと待ってください」
そう言って現れたのは、銀縁眼鏡がクールに輝く飯妻萌だった。
「君は?」
「あたしは一部始終を見ていましたが、悪いのは完全にあのオジサンです。彼のことは解放させてあげて下さい」
スタッフの質問には答えず、淡々と事実だけを告げる。
「しかしこのまま騒がれては、営業の邪魔になる」
「……JKがぼくチンに話しかけてる。可愛い……可愛いなぁ……。でゅふ、でゅふ、でゅふふふふ…………」
気味の悪いセリフだけを残して、男は入り口から去って行った。
「ちょっとお客さん! 行っちまったよ、ったく……。一体、何だったんだ? ってあれ、高校生も消えてる! どこ行ったんだ⁉」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます