Episode 29.Place
エピローグ
ゲームセンターへ来たのはいいが、椋と萌はまだ来ていないようだった。
「もしかしてやったことあるのか?」
「前に少し」
「むっほおおおおおおっ! くたばれええええええっ!」
俺はマッシュを連れて、コピンを相手に格ゲーの操作方法を教えていた。
「なかなか上手いな」
「本当に⁉」
「ぐげええええええええっ!」
初心者殺しのコピンをここまで苦しませれば、十分に強い。というか、俺より格ゲー強いんじゃね?
「勘を取り戻して来たかも」
まさか経験者だったとは……。玄人っぽい雰囲気を出して、指導していた自分が恥ずかしい。かといって、この尊敬された眼差しを裏切ることはできそうになかった……。
「そ、そう……じゃ、俺あっちの方に行ってるから……」
プレイに集中していた彼に俺の声は届いておらず、あえなくすごすごと退散することにした。せめてコピンと仲良く楽しんでくれ……。
あー、なんつーか久々に凹んだかも。ソファーで休憩しようか悩んでいると、鬱を吹き飛ばす元気な声が聞こえてきた。
「青海殿! 久しぶりであります!」
声の主は鼠田椋だ。口調は変わっているが、中身の純真さには心が癒される。そもそも、この少女をゲーセンに来させるために犯人捜しを行ったのだ。これで少しは報われた。
「よう。ちゃんと来たか」
「いえ、それが……」
「こんにちは。怪我の調子はどうですか?」
ゆっくりと歩いてやってきたのは、教師の多々良簪である。すぐさま立ち上がり、左肩を回して大丈夫アピールをした。
「もう、バッチリですよ! ほら、こんなに!」
「無理はしない事ですよ。私も仕事疲れが出てきましたから」
そう言って肩を揉む多々良さんの後ろから、あの梅とかいう少女がひょっこり顔を出していた。あれ、幻覚かな? と思って目を擦ると、やっぱりいる。しかも今度は、俺のサングラスをかけるふてぶてしさだった。
「いや後ろ後ろ!」
「どうかしましたか?」
多々良さんともあろう達人が、少女の存在に気づいていないらしい。
「後ろに小泣き爺がいますって!」
「ちょっ、怖い事を言わないでください。怒りますよ」
「うわっ、危ねぇ!」
多々良さんが振り返ったタイミングで、梅は威嚇を通り越して俺に噛みつこうとしやがった。妖怪より性質悪ぃよ。
「危ないってなんですか⁉ 早く取ってください!」
「ちょ、近づかないでください! 怖いですって!」
「助けてやった恩を忘れたのですか! 今ここで返しなさい!」
無茶苦茶を言ってくれるが、それを持ち込まれては従うしか他ない。
「分かりましたから、動かないでください!」
「お願いしますよ?」
いつもは厳しい女教師が、こんなにしおらしくなるとは……。ギャップ萌えを体現してくれた多々良先生に応えるべく、俺は本気と書いてマジになる。
しかし、梅も手強い。背中の上であるにもかかわらず、巧みに素早く躱していった。こいつ、どんな動きをしているんだ⁉
「……逃げるんじゃねぇコノ野郎っ!」
ふにっ。ラッキースケベと言いますか、勢い余って多々良さんの背中から抱き着いてしまった。こ、この感触はもしや……。
「どこを触っている⁉」
「ふべしっ!」
こちらへ向く拍子に肘が顔に思い切り当たる。予想以上に速い腰の回転により、梅が振り落された。
「信濃梅……あなたの仕業だったのですね?」
モンスターペアレントが増えている昨今でも、教え子に容赦しない教育的指導が身に染みているのか、梅は何も言わずに逃げ出す。
「待ちなさい!」
ふぅ、やっと行ったよ……。一体、何がしたかったんだ? 一息ついていると、椋が退屈そうにこちらを見ていた。構ってもらえなくて、ご機嫌斜めの様子である。
「我輩の知らない間に、随分と仲良くなったでありますね……」
「そんなことねーよ! 会う度に寿命が削られていく気分だわ!」
これは本心だ。下手にボロを出して椋の従兄だという嘘が知られたら、どんな制裁を受けるか分かったもんじゃない。命乞いする準備を常に心がけている。
「まぁ、でも何だ。また来られて良かったな」
「青海殿のおかげであります」
「ば、バカ! 俺だけの成果じゃねーよ! それこそ多々良さんだろうが!」
「でも、青海殿がいたから、みんなが動いてくれたであります」
ゲームセンター、ホワイトライオット、プロミスキャスト。良くも悪くも、俺が率先して掻き回したから、みんなが行動したのか。まるで物語の主人公みたいで、自惚れてしまいそうだ。照れ隠しに勝負を申し込む。
「せっかく来たんだし、一勝負やろう。腕は落ちてねーだろうな?」
「無論であります!」
自慢げに丸眼鏡を装着する彼女。さっそく対戦台へ座ろうとすると、後ろから聞き捨てならない言葉が聞こえた。
「イチャイチャするなロリコン」
反射的に言い返す。
「ロリコンじゃねーよっ! って、萌か。遅かったな」
「ちょっと面倒な人に絡まれて……」
「誰が面倒だって?」
萌の隣には俺の姉がいた。ゲーセンという場所において、姉は確かに面倒な性格である。勝手にもう来ないと思っていただけあって、割と動揺する。
「姉ちゃんまで、どうしたんだよ?」
「お姉ちゃまだろうが。私にも最後まで見届けさせろ」
姉も事件の真相を掴むために街中を奔走した一人だ。顛末がどうなったのか気になるのだろう。願わくは、そのまま大人しくして欲しいのだが、対戦台の向こうから呻き声が聞こえた。厄介事の予感である。
「ふぐううううう……」
「キングぅ~~~~っ! こんな所にいたのか! 寂しかったぞ!」
柏倉さんまでゲーセンに来ていたのか。というか、学生だったのか。制服姿とは、これまたレアである。さすがに眼帯は外しているようだ。
彼女は可愛がっている椋を抱きしめ、邪魔な眼鏡を取り上げて頬擦りしている。銀と赤も鮮烈だったが、金銀はさらに神々しさを増していた。
「お、青海殿~~……」
すまん。許せ、椋。その人には助けてもらった恩があるため、俺も逆らうことができないのだ。そうでなくても殺される。
せめてお経を唱えていると、萌に勝負を持ちかけられた。
「ねぇ、良かったら対戦しない? コテンパンにしてあげる」
「いいぜ。返り討ちにしてやる」
対戦台に座り、コインを投入。キャラクターセレクトではレオを選択し、ステージはランダム。流れるような所作で、この工程にも慣れてきた。
萌が選択した、承太郎コスプレの風間仁と相対する。お互いに一歩も引かぬ睨み合いから、勝負開始のゴングが鳴り響いた。
仁の繰り出す正確無比なコンビネーションを、かろうじて捌き切る。いつになく攻撃的な相手に合わせ、横移動で隙を窺う。こちらが冷静に対処しているつもりでも、仁はハイリスクハイリターンの突拍子もない技を、中距離から仕掛けてくるので油断ならない。
「やっと解放されたであります……」
ふらふらと覚束ない足取りで、椋がこちらへ近づいてくる。勝負を観戦するそうだ。
「柏倉さんは?」
「あそこであります」
今は勝負が白熱しているため、視界の隅で彼女たちを捉える。柏倉さんは前から姉と面識があるのか、普通に会話をしていた。
「これ、どう操作するんじゃ?」
「心眼を使うのよ」
「なるほど」
何がなるほど、だよ。全く分かってねーだろ。適当な事を言うな。
「青海殿は女の子が好きでありますよね」
「それは否定しないが、急にどうした?」
椋は俺に男友達がいないことを心配しているのだろうか? だったらマッシュを呼んで、学校に友達がいる事を証明してやろう。
「レオは女の子でありますよ?」
「マジでっ⁉」
中性的な顔立ちだとは思っていたが、まさか女だったとは……。ボーイッシュな服装のせいで、完全に男だという先入観があった。ということは、キャラクターメイクで女らしい格好にできるってことだ。ちょっと課金しようかな……。
なんて下心を抱いている間に、けっこうなピンチに陥っていた。このまま終わるわけにはいかない。距離を空け、ジリジリと反撃の機会を探す。
「先生も戻ってきたでありますね」
一瞬だけ入口の方へ目を向けると、肩で息をしながら梅を抱えて入店してくる多々良さんの姿が見えた。これから説教が始まるのだろう。他人のフリしよ。
チューー。
頬に、小さく柔らかい感触。いつの間にか死角へ回り込んでいた椋を見ると、何故か照れ笑いしている。
今のは、もしかして……。
「動きが止まってるわよ!」
あっ。
気づいた時にはもう既に懐へ入られており、フィニッシュ技と連動したスペシャル技がヒットしていた。豪快な拳の連打をくらってしまう。
『オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァッ!』
すみません、多々良さん。俺、約束を守れそうにねーっす。
ディスプレイには、KOの文字が大きく光り輝いていた。
終わり
Lost in the GAMECENTER 笹熊美月 @getback81
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