●atone-08:制動×サンドベージュ


「こいつらは見た目によらず動き……つうか『瞬間の動き』が俊敏なんだよな……そんで特に注意すべきは臭ぇ口から放たれる高速の『伸びる舌』……屈強で重装備の兵隊ひとり苦も無く引きずり呑み込むっつう話だしな……」


 おっさんの独りごつ密閉空間の温湿度はさらに上昇しているかのようで。その不快さを無駄に嗅覚触覚が拾ってしまってるものだから、「私」は夢の中でさらにの悪夢へ誘われてしまうような、そんな摩訶不思議体験をしかけている……


「『威嚇いかく光霧コーム』も出してきたかよ……これ纏われると微妙な動き見えないわ、『舌』の出どき出どころも把握できなくなって厄介なんだよなぁ……」


 怪物たちは皆、沸き立つ湯気みたいに黒い霧状のものをその全身の皮膚から発生させている。それだけでもう異様感もの凄いのだけれど、それを纏うことでこのおっさんが言う通り、攻撃にも防御にも生かすということなのだろう。


 いちいち解説じみた台詞コトをのたまうのはこのヒトの癖なのか、それとも夢の御都合主義のようなものなのかな。思考も直結しているようだから、喋らなくても、とは思うけれど、「私」の意識に集中できるからそれはそれでまた「都合」がいい。


(……中途半端な銃撃じゃあ、ほぼほぼその鱗に覆われたボディに損傷を与えることは出来ねえときている。さらに空腹時にはよりいっそう凶暴・好戦的になるっつうありがたくないおまけ付きだぁ……たとえ兵機コイツに乗っていたとしても、『中身』だけ引きずり出されて喰われるっつう……そんあ事例もあったらしいからな……まったく油断は出来ねえわけだ)


 ……っと思ったら、いきなり頭の中で喋り出したんだけれど。何? こっちの思ってることが向こうにも筒抜けてんの?


(……駆除方法は結局のところ『高出力のエネルギーで皮膚のごく浅いところに神経が集中して通っている箇所……すなわちうなじを撃ち抜くこと』らしいが、ひっきりなしに動き回る野郎のさらに背面の一点を狙撃するってのは正直あんま現実的とは思えねえ……)


 うぅぅん、確かに無理っぽい。それにこの機体、「左腕砲」を装備(?)しているけど、とりあえず「面」でぶっ飛ばすみたいなド迫力そうな代物っぽいから、そんな精密射撃的なことは無理なんじゃないかな……


 とか思ってたら、ぴりぴりと音が鳴りそうなほどの緊迫した空気の中、痺れを切らして行動を起こしてきたのは、「怪物ベザロアディム」のうちの二匹だった。


 しなやかに躍動するその体躯を踊らせると、図ったかのように異なる方向から同時にこちらに襲い掛かってくる……っ!!


「……野郎ッ!!」


 しかしておっさんは気合いをその野太い声に乗せつつも、冷静なる「操縦」をもってして、双方向からの鋭い爪による打撃を兵機ステイブルのごつい両腕でそれぞれ受け止めていたわけで。いやでも。


 いま、目の前に広がる「操縦桿畑」のいくつかを、何か凄まじい挙動で、あちらこちらに倒したり、そそりたつそれを意外に繊細な指使いで根元から撫で上げたり、先端やや下のすぼまった部分を指で作った輪っかで圧迫したり、黒光りしている先っぽの丸い部分を掌を使って優しく転がしたりしている、そのせわしない操作のどれが一体どの挙動に連なっているか、皆目分からないのだけれど。


 うぅぅん、超人。先だってのクール眼鏡女史も相当なものだったけど(あれはあれで手の指十本だけを使って操ってたっけ)、これも何でそんな機構にしているのかなっているのか不明ではあるものの、ともかくこのおっさんは躊躇することなく、自在に操れている。ちょっと空恐ろしいほどだけれど。と、


「らぁッ、なめてんじゃ、ねぇぞぉらッ!!」


 裂帛の気合い声で、敵二匹の爪をそれぞれ左右の手首辺りで力任せに弾き返すと、次の瞬間にはもう、右側の個体の喉笛辺りを、屈強な「三本指」でガグリと掴み上げ、左の個体には「左腕砲」をその無防備な腹目掛けてほぼゼロ距離で光る「弾」みたいのを連射していたわけで。す、すごい……変態的にすごい……


「!!」


 強靭な鱗・皮膚を持っていそうなその怪物ベザロアディムだったけど、流石に至近距離からの連撃が効かないってことはなかったみたいで、連射それを喰らった個体は、あえなく後方に吹っ飛んで民家と思しき石造りの壁に頭を激突させると、痙攣のような動きを一瞬見せたかと思うや、仰向けのまま力を失って動かなくなっていった。何とかという体を覆っていた「黒い霧」も文字通り霧散していく。やった。


「うおおおおおおおおッ!!」


 とか傍観者になっていた私がそう安堵したのも束の間、おっさんは間髪入れずに機体の右手に掴んだ個体を、有り余る馬力で存分に振り回してから、自らの八本ある「脚部」の膝のひとつ、鋭利な角を晒しているそこへと、振り下ろしていっていたわけで。


 ケイイ、のような断末魔の叫び声をひとつ上げてから、その個体も脚部にまとわりつくようにして力を失っていく。しぼんだ風船のように


 よしよしよしよし。なぁんだ、このヒトも結構なやり手なんじゃなぁい、すっと、胸がすくような感覚……やっぱこの「夢」いいわぁ……


 これで彼我の戦力差は「一対三」まで迫った。今までの戦闘の運び方を鑑みるに、まあほぼ優勢へと、事は運んだかな……


 でも、だった。


「ぜ、ぜ、こひゅうう、こ、ぜひゅううう」


 当の私……おっさんの息が苦し気に荒くなっているのを、実は既に「共有」していた。ちょろちょろっと、手先の動きしかしてないのに、何でこんなにも全力疾走したかのような息遣いになってるの。薄暗い空間の中はそれなりに息苦しさを感じさせるものではあったけど、酸素が薄くなってきているとか、そんな感じはしてないのに。とか思って。


(『蓄積光力』が……尽きてたみてえだな……なんてこった、調子こいて動きすぎたぜ……)


 疑問を解決するために、おっさんの思考に直結アクセスしてみた。ふんふん、そんなことも出来るとは……もはや何でもありなこの「夢」ではあるものの、そうすることによって私もある程度、この「機体」に関する諸々の理解を終えていた。


 これら「鋼鉄兵機」は通常はその機体に「エネルギー」……「光力こうりょく」を注入され蓄積して、それを使用することで動いているのだけれど、それが万が一尽きた時のため、いわば非常用の予備動力として、搭乗者の保持する「光力」を利用する機構が備わっているそうで。


 つまりは献血が如く、自分の「生命力」を機体に吸わせることで一時的に活動を可能にするというとんでもない代物ということらしい。怖。


 だから、このいまエネルギーすっからかんの現在は、動力を維持するためにがんがん吸われてるってわけだよね……何か私も凄い脱力感が襲ってきた感覚に陥ってしまうのだけれど。


 身体にのしかかってくるような疲労感なまなかないぃぃ……


 あ、これやばい、と思う間も無かった。「夢」の中でさらにの「夢」に誘われるという、前にも体験したそれに、自分の精神が全部突っ込んでいってしまうかのような感覚に絡めとられてしまう私を自認しているものの、さりとてどうとも抵抗なんてままならないわけであって。


 あああああ、また引き込まれていくぅぅぅ……


 …………

 ……

 …


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