●atone-09:籠鳥×セラドン


 「洞窟」内部は、予想していたよりかなり横長にというか「坑道」っぽい感じで分岐もなく、一本道がただの目覚めたところから左右に延々と伸びているといった構造のようだった。穿たれた「穴」の大きさはちょうど僕が両腕を目いっぱい広げて両指先がざらつく壁につくくらいだ。「天井」の方にも背伸びすれば手は届く。


 腰屈めずに進んでいけそう、両手を常に左右の壁につけておけば、万が一脇道があったとしてそれに気づくことが出来るかも知れないし、足元見えないし不安定だから何かにすがって歩くのは安全面でも助かるはずだ。


 少し散策を終えた結果がそれだったので、まあそのままどんどんその坑道みちを進んでいってしまっても良かったのだけれど、ひとまず諸々の情報を確認してから本格的な行動に移ろうと考え、あ、いやちょっとこの一向に目が慣れない暗闇にびびったというところもあるかもだけど、いったん「初期位置」……脱ぎ捨てた宇宙服がへなりとごつごつの地面に貼り付いている所まで戻る。


 手探りでその「服」のごつい作りのあちこちを探ってみるものの、何をどうしてもうんともすんとも作動する気配も見せない。先ほどの「脱衣」機能はあくまで非常時において動力のない場合の手段だったみたいで、再び着ようと思ってぱっくり割れた背中部分から脚を入れて上半身までずり上げてみたものの、力無くすとんと落ちてしまうばかりだった。諦めるしかないか……それにしてもシンプルな作りだな……ツアー客に配られた簡易的なモノなのかも知れない。どこにも端末的なものは付いていなさそうだ。ケチって格安航宙会社を組み込んだとか、そんなことなんだろうか……


 その結果が、この「不時着」。んんんん……絶対に帰ったら訴えてやるぅ。


 そこら辺の記憶もおぼろげなのが何とも不安なんだけれど。無理やりにでもそんな風に考えて自分を奮い立たせないと、相変わらず全身を圧迫してくるかのような周囲の「暗闇」に、本当に押しつぶされそうだった。まずいまずい。精神きもちが気圧されたら、身体も動かなくなっちゃうぞ。それに周りの空気、結構冷えてるから、このまま躊躇して行動を起こさずに佇んで、どんどん体温を奪われるってのもやばそう。


 ふぅんぬッ、とわざとらしいほどに大げさに鼻から息を吹きだたせると、僕は膝立ちでいた姿勢から一度屈伸のようにしゃがみ込んでから、勢いよく立ち上がるのだった。


 大丈夫、壁を伝っている水もある。まだ怖くて飲んではいないけれど、スーツに覆われたままの指先を浸してみてもジュウウと溶けるような異状は無かったし、においもしなかった。多分飲めるよ、たぶん。


 落ち着け落ち着けとばかりに深呼吸を繰り返しながら、僕はその場で今度は自分の身体周りを探り始める。


 身に着けているのはやっぱり全身タイツ状の「簡易スーツ」のようだった。身体にぴったり貼り付くような、要は下着のようなものであって、ただ手先足先から、上は頭まで覆うというまさにの「全身」タイプなわけで、外着としてそれ単体で着こなすのはかなり難易度の高い代物である。いやファッション性を求めるものでもないか。


 外気はある程度シャット出来て、保温効果もあるとは思われるけど、頭頂部らへんが先ほどからひどく痒く感じるようになっていた僕は、思い切ってスーツの「頭部」の部分を、露出している顔面側からべろりと捲り外してみる。


 結構蒸れていたみたいだ。汗でしっとりとした頭皮をスーツ越しの指先でままならないまま掻き毟ると、短く刈った髪の先からしずくが周りに飛び散っていく。ふう、ちょっと人心地ついた。


 かなりの収縮性がある生地っぽいので、これは着脱可能と見て取った。だよね、じゃないと用足しの時どうするかって話だもんね……


 しかし、この身に纏う全タイしか今の僕には頼れる道具ツールは無いことが分かってしまって、しばし途方に暮れてから、それでも何とか気を取り直して僕は移動をすることを決意する。その時だった。


「……!!」


 そろそろと中腰で、とりあえずさっきも進もうとした「右方向」へと恐る恐る歩を進めようとした僕の頭頂部に、上方からの空気の流れが感じられた。濡れた頭を晒したから、その微妙な「風」が感じられるようになったのかも知れない。


 上を見上げる。相変わらずの焦点も結ばせまいとするような漆黒の闇の中、


「!!」


 周りに点在していた「光る苔」とは明らかに違った白色の「光点」がピンホールくらいの大きさで存在しているのが見て取れた。外に通じている……? 「風」はどうやらそこから吹き込んで来ているようだ。そして今、「外界」は朝昼のどちらか。そんな感じの光の質と、そう思えた。


 何か、他にも得られる情報はないか……必死で目を凝らす僕だったが、この場所が結構な吹き抜けの空間であることと、上空の「光点」には当然手を伸ばすくらいじゃあ届くはずも無く、感じで掴んだ高さは約10mはありそう……周囲の岩壁をよじ登ってそこに到達する……そんなことを一瞬考えたけど、吹き抜け空間は手で触った感触でいうと、いい感じにハングしたドーム状のかたちを為していると推測されるわけで、手指と爪先だけで自己の全体重を支えられるようなヒトじゃないととてもじゃないけど登攀出来そうもない(そして僕は腕力からっきし無しと)。


 途中まで登ってから落ちて怪我して動けなくなったらコトだ。そして落ちたとしたら十中八九、腰か背中か後頭部を強めに打ち付けてアウトだろう。あくまでより安全な策を取る。それが賢き生存術……と自分の身体能力の乏しさを誤魔化すかのように言い訳気味に呟き言い聞かせる僕であったけど、ん? そこで思い当たった。


 もしかして、僕はあの「光点」のところから落下してきたんじゃないか?


 「不時着」時のトラブルで非常脱出艇から放り出された僕は、地面に開いていた洞窟へ通じる穴に呑まれて落ちた。まあ現実味の無い想定ではあるものの、否定も出来ない。落下の衝撃で宇宙服の「硬化」機能みたいなのが働いて、中身の僕は怪我なく助かった、けど外殻は壊れてしまったと。


 うううん、この推理……いいところを突いているかも知れない……


 それが分かったところでどうともならないことは棚に置いて、僕は無駄に顎に指を当てるとふむふむと頷いて見せたりするのだけど。いや、そんなことしてる暇はほんとに無いよね……


 垂直移動はすっぱり諦めて、平行移動へと舵を切る。「外界」と繋がっている「穴」の存在を確認したことで、ずっと重くのしかかっていた閉塞感みたいなのは少しは軽減された。きっと他にも外に通じてるとこはある、と自分に言い聞かせると、僕はへっぴり腰は相変わらずだったけど、前向きな姿勢でじりじりと出発するのであった。


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