●atone-10:盲進×マルーン


 脚がガクリとなって目が覚めた。同時に突いていた頬杖から顎も外れてその勢いのまま伸びきった両膝裏で座っていた椅子を蹴倒さんばかりにしつつ何故か立ち上がってしまう私。


 途端に、今まで子守歌のように流れていた講義の声も、さざめきのような周りのひそめたおしゃべりの声も、瞬時にかき消え静まった。


 ……うん、ここ教室だぁ。


「……」


 教壇の上では、常に堂々と寝に入る私に対してもう呆れというかそれを通り越して怖れすら感じていそうな老教師センセイが、さらにの唐突なる行動に必要以上に驚きつつ、教本を取り落としそうになりながら黒板に張り付くようにしてのけぞるのを、寝覚めの定まらない視点が何となく捉えてはいる。


「……」


 極力目立たず、ひっそりとつつがなく、が私の性には絶対合ってると思ってそれを信条にこれまで学生生活を送って来たのに、ここ最近は何かと悪目立ちしてしまうことが多い……これは「夢」の悪影響なのかな……


 気まずい沈黙が、この四十人がとこの生徒と教師がいる教室くうかんに、等しくかかるほどの重力をもたらしていく……


 ちょ、ちょっとおなかが痛くなっちゃって保健室行ってきますぅ、と、そんなんで取り繕えたかどうか確認も出来ないまま、後ろの扉から速やかに教室を辞する私。途中で目が合ったエッコも流石に真顔が固まってたけど。


 はぁ、いかんいかん。目立ってしまったよもぅ。寝るたびにあの「夢」はもう確実に見るようになっていて、それへのはまり込み方もどんどん増していってるかのようだよね……廊下に出た私は後ろ手で扉をスライドさせ閉めると、ふうぅぅぅと一息、詰めてたそれを長く細く吐き出すのだけれど。


 しかも今回のはおっさんへの融合フュージョンと来た。はっきりハズレを引いた感はあったものの、あの「ステイブル」とかいうパワフルな機体……それはちょっと好みではあった。ずんぐりむっくりで左腕「砲身」おまけに下半身「八本脚」という異形だったけど、何か「機能美」みたいなのも感じさせていたかのような……いや、だいぶ私も「夢」の諸々にのめり込んでるな……というかあの「操縦系統」は未だに解せないよね……あの「群生操縦桿」は機能美とは真逆だよね……


 それにしても「鋼鉄兵機」っていろいろなバリエーションがある……いつぞやの解説ナレートみたいな脳内に響くようにして為された説明では、予算が無い組織だからありもので何とかしてくしかない、みたいなこと言ってたよね……体の方を合わしていくしかないから皆「超人」になっていくとも。予算が無いなら無いで、もっと操縦簡単な機体ヤツを選んで配備すればいいんじゃ……と、もっともそうな考えを浮かべてしまう私だったけど、いや、それじゃあ面白くないもんね、と力強くそう思う、ことで無粋な考えは遠くに吹き飛ばす。その勢いで、


 もしも。もしもよ。私が実際操縦するなら何がいいかな~とか、廊下をぷらぷらと歩きながら、そんな妄想を展開させてしまう。


 「八本脚ステイブル」は外観とかマッシブな戦い方はいいけど、操縦できる自信というかそもそも操縦系統がどうなっているかもその取っ掛かりすら皆目わからない……かといって「五十本脚ヴェロシティ」はあの回転と重力に耐えられそうな気がまったくもってしない……ううぅん、やっぱり夢物語だ……


 と思い出していたところで、思い至った。


 ちょっと前の「夢」で、私、私自身が操縦してた時ってなかったっけ。いやあった。はっきりと覚えている。「ストラードⅡ騎にき」なーんて呼ばれてたよね、ううん、なぁんかカッコえかった……


 そして操る機体は「ジェネシス:弐式にしき」。なぜだろう。なぜだかはっきり覚えているその名前。


 「白銀」の毛並みを持つ「獣」みたいなのをナイフ一本で仕留めたり、黒い鱗の四足型のを二匹がとこ、「閃光」で目を眩ませて軽やかにやっつけたり。


 感情移入し過ぎてたから、「自分」がパイロットみたいになってたのかな……それとも「正夢」……? いやそんなことは無いだろうけど。とにかく。


 あの「人型」……操縦席コクピットからはその全身像は掴めなかったけど、腕とか脚は何と言うか「全身鎧を纏った騎士然」としていながら、しゅっとしてて格好よかったよなぁ……


 そしてまるで「巨大な人間」が動いているような自然な動作。夢の中の私は普通に左右の手に掴んだ「普通」の操縦桿でそれを操縦してたよね……かえってそれって凄いことなんじゃ……うん、乗るならやっぱし「ジェネシス」一択だぁ。


 とか、妄想が平常の線路レールを逸脱しそうな予感がしたため、流石に自制してこっちの世界に戻って来る私。


 いやぁでも、そんなの「夢」の中でしか出来ないだろう諸々だし。それにしても、だ。


 「夢」。その大体が、のっぴきならない戦闘の状況シーンなのであって、いやそれはそれで普段の平々凡々を補完するかのような緊迫感とヒロイック感を併せ持つもので好ましいのだけれども。


 何でそんなものを見始めるようになったのかが分からない。「いつ」からかっていうのも実ははっきりしない。最初はもっと漠然としていたし、目覚めたら忘れてるくらいのものだったし。一回、お医者に行った方がいいのかな……もしくは今、保健の先生に相談してみようかな……でも別に実害は(ほぼ)無いわけだし。


 思春期に特有のものかしらん……みたいな、功罪差し引きプラスならばひとまず静観の構えという常日頃からのスタンスに則り、私はとりあえず形ばかりに保健室を訪れて、顔でも洗わせてもらって給食の時間から戻ろうかなぁ、でもおなか痛いとかのたまった手前、もりもり食べてたらあからさまに嘘だとか露呈しないかなぁ、でも本日のデザートは「果物と木の実のぎっしりタルト」だからそれ逃すことなんて出来るわけないぃ……とかぼんやりそして急激に激しく考えたりしながら、窓から差し込む日差しが暑く感じられるほどになった廊下を歩く。と、


 どぉん、とその開け放たれた窓から遠くの方で花火のような音が響いてきた。反響が遅れて窓枠をびりりと震わす。あれ。この時期催事イベントなんてあったっけ……お祭りとか催されてたらツクマ先生を誘える口実に成り得るのに……いやもうその辺は先輩らががっちり押さえていそうだよ、そんな正攻法じゃあなく、もっと裏技的にお近づきになれる方策はないかしらん……


 別のベクトルへの浮世離れ感を呈してきた思考を振りほどくと、私は何となく、「音」のしてきた方角に目を向ける。駅の方かな……? 駅の手前側か向こう側かは分からなかったけれど、そこら辺からの低音が、結構空腹をそろそろ感じているおなか辺りに響くのが感じられたよ。さらにほんの何秒か眺めていたら、豆粒くらいの大きさに見えるあちこちの建物から、黒い煙のようなものがうっすら立ち昇ってきたのが目に入ったわけで。


 え!? 火事かな……ママの職場って確かあっち方面だったよね……大丈夫かな……とか思ってたら「煙」はすぐに青空に吸い込むようにして消えていた。サイレンとかも鳴ってないし、それ以上見てても何も変化は起こらない。ボヤとかだった? ……少しの不安は残るけれど、そこまで気にはならなかった。まあいいかと思った私の背中を押すようにして午前授業終了のチャイムも鳴るのであった。


 あちゃ。保健室寄れなかった。んんんん……もうやっぱり出すもん出したらすっきりしちゃいましたの体で教室に舞い戻って、自然に毅然とした態度で給食に参加するしかないぃぃぃ……それはそれで乙女にはお恥ずかしいことではあるにしろ。タルトの誘惑にはやっぱし勝てないのよぉぉぉ。

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