●atone-27:臨場×ヘリオトロープ


 驚くことや恐怖に陥ることがもう本日の閾値をとっくに超えていた私ではあったけれど、それでも目の前にそれが迫るとやっぱり慣れて平気みたいなことはなく、身体も思考も硬直してしまう。


「……」


 ぐずぐずになったそいつの外観は、確かにこと切れているように見える。硬いのか柔らかいのか見た目にはよくわからない乾燥しきったような肌は既に色を失い、それに囲まれた小さな目も、見事に白目を剥いて固まっていた。けど。


 蠕動のような、それとも「中から動かされている」かのような、そんな不気味な動きを「そいつ」はいきなり見せてきたわけで。ずりずりと、明らかな「意思」を持って、接近してきてる。


 それも私がそのそばを嫌々ながら通った、正にのその瞬間に……何でよ、もうぅ……


 でも。


 戸惑うばかりの私と違って、ママとパパの対応は阿吽でありそして迅速なものだった。


「……」


 突風が巻いた。とか思う間も無く。パパを乗せていた右とは逆の左腕を、けたたましい金属音と共に既に繰り出していたジェネシスママは、そのトゥワタァミジョゥンはありそうな掌に、その不気味な黒い「動く骸」を既に掴んでいて、さらにそれを私から見て左側、坂道のさらに左方向、「崖下」へと、躊躇なく放り投げていたのであった……あまり力は入れていないと思われる、無駄のない所作で。


 はやい……ッ、とか思ってる間も無く、


「……」


 今度はパパがいつもののんびりした感じからは程遠い鋭い挙動で兵機ジェネシスの右掌からすっと飛び降りたかと思うや、地面に転がっていた先ほどの「猟銃」を、自分も地面に転がりながら流れるような動作で掴みつつ肩にそれを当てて、もう引き金を引き絞っていたわけで。刹那、


「……!!」


 先ほどの「桃色の弾丸」が残像だけを残して三発、つづけざまに発射され、中空を目にも止まらぬ速度スピードで、いまだ空中を投げられ泳いでいた「そいつ目掛けて、その放物線を描く挙動をも、着弾してノックバックする跳ねをも、計算に入れたかのような完璧な軌道で次々と撃ち込まれていく。うぅぅん、私の両親ってすっごぉぉい……やっぱり私は、私だけ平凡民だよこんちくしょう……なのになんで「怪物バケモノ」どもはこぞって私を狙ってくんだよ馬鹿かよぅ……との、詮無い叫びのようなものを脳内で炸裂させる私なのだけれど。と、ぶおんという駆動音が響く。


「やっぱり……アンヌちゃんを狙ってきているのことねー」


 坂道の上の方から、そんな、平常時のママとどっこいどっこいな、場違いとも思われるほどののんびりとした声が降って来る。同時に単車バイクが発するアイドリング音も。現れた人影。え誰? とか思ってる場合でもなかった。


「これはもう、ここからはすんなり逃げるのことの方がいいかもねー」


 独特に過ぎる訛りイントネーションで喋りながら、坂道を頂上の方から回り込んできたらしきその褐色の肌の手足長い女性は、跨った大型の単車の後部座席に、乗るのことね、みたいな感じで私の方にスペアのヘルメットを投げ放ってくるのだけれど。


 たぶん同僚おなかま……心強いは強いのだけれど、私、エッコの所に行かなくちゃあ……


「何か、やばそうな予感、しますねー、ジンさん、アルゼ、とりあえず私はアンヌちゃんを連れて距離をとりますのことよー」


 そのバイクの女性は、顔半分くらいを覆ったごついゴーグルを額まで引き上げると、大丈夫だいじょぶよー、と優しげな笑みを見せてくれるのだけれど。行くんだストラード君、と、ツクマ先生も、泡食うばかりの私の頭にぐいいとヘルメットを押し込めはめてくる。


「シャルノア君には僕が付いている。キミは、今はとにかくこちらの『自警』の方々に従うんだ」


 目を見て、私を落ち着かせるように優しい微笑を湛えながら、先生は私の左手を取って、単車の後部座席へとエスコートしてくれるわけで。


 <アンヌちゃんの『光力』がやつらを誘引しているってこと……?>


「……強い力を求めるっていう習性、か……」


 崖下へと落下していった個体そいつから目線を切らずにママパパがそんな鋭い口ぶりで言葉を投げ交わしている……すごいね、感情のギアみたいなのがあったとして、いきなりローからトップに入れることが出来ちゃうんだね……


 とか感心と呆れの中間くらいの感情ベクトルのまま、ツクマ先生の手にすがって単車に跨る私なのだけれど。


 またしても刹那だった……


「……!!」


 「桃色弾丸」を喰らって崖下まで落ちていったかに見えた、「黒団子」だったけれど、その球体がぷかりと、ゆったりとした動きで崖の上まで「浮かんで」きたのだった。その柔らかな挙動が、逆に不気味に見える。何発も銃撃を受けてその表面はぼろぼろのぐずぐずなのに、それを全く意に介していないような様子も怖い。


「決まりだ。応援を要請してくれアルゼ。以前にもあった、この感じ……『皮』を被って行動するっていうのは……『骨鱗コツリン』とかのレベルの凶悪なやつの習性」


 パパが片膝を突いてしっかりと猟銃を構えなおし、その中空で止まった浮遊する物体に狙いを定め始めるけれど。なに? やばいやつってこと……?


 <アンヌちゃん。大丈夫よぉ、ここはパパママ水入らずでおまかせ。こいつをすり潰したら、今日はおうちにパイの用意をしてきたから、それをみんなで食べましょ>


 その横で巨大な機体を構えの姿勢に移行させつつ、ママがそんないつもな感じの口調で言ってきてくれるけれど。それに漲っているのは、隠しきれないほどの、ただならない緊張感だ。


「わかった、あとでね!! ……乗りましたっ」


 でも私も努めて軽く普通に応じると、座席の前に設置されていた手すりみたいな棒に両手でしっかりと掴まりながら、目の前のスーツに包まれた細い背中に言う。


 アイサイ、という言葉がしたかと思うや、車体を倒れるくらいまで右に倒した単車は、ぐるりターンをして、初めて乗った私の驚きとかも置き去りにするかのように急発進するのであった。


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