●atone-18:脈流×ウラニアンブルー

 とんでもない驚きを受けてすっぽ抜けたの腰は、そんじょそこらのコトじゃあ、元に戻りそうにもなかったわけだけど。グラウンド脇の小路の中ほどで、倒れた時の姿勢のまま、顔や身体からは力が抜けきったままであり。


 目の前で繰り広げられた諸々……「獣」が襲い掛かってきたこととか、エッコが私をかばって怪我してしまったこととか、そして……ママが鋼鉄兵機に乗って助けにやってきたこととか。


 それらが私の夢見がちだった大脳に、その「夢」よりも浮世離れした事象の数々を、これでもかこれでもかと喰らわせにきている……


 「尋常感」なるものがあるとして、そしてそれを司る器官があるのだとしたら、私のそれはもうべっこりいかれちゃってるよもう……


 どれだけ驚愕という名の衝撃を受けても、私の意識はそれ以上、目覚めないようであり。ってことはもうこれは現実なんだねそうなんだよね……


 へたり込む私の眼前で、


「……」


 もう随分前からぴくりとも動かなくなっていたそれに、まだこれでもかこれでもかと物騒な刃物を突き入れている「巨人」がいるよ怖いよ……


 「獣」の脅威は去ったものの、べつの恐怖が私の横隔膜あたりを勝手に震わせてきているわけで。そしてその要因たるが、血の繋がりという絶対的なモノで溶接されている肉親であるところの母親ママだという……


 なまじの夢よりも遥かにぶっ飛んだ状況に、だいぶ前から両の眼輪筋がひきつるように強張りを見せて、私の視界を衝撃から緩和させんばかりに閉ざそうとしてくれているのだけれど。それでは現実を無かったことになんか出来ないし、それ以前に、目はその前の惨劇から離せなくなっていた。


 そんな私の硬直した顔に、優しい衝撃が。


 いつの間にか、小雨が降ってきていた。いや、先ほどまで散っていた、どす黒い液体の散霧とびちりではなく、本当に天からの贈り物が、私のかさついた顔面を潤せとばかりに滴ってくるのであった。少し……落ち着いた。


 ママ……「公務員」って言ってたくせに……いや「これ」も公務員なのかも知れないけど……でも……こんなのを操縦して、こんなのと戦っているなんて……聞いてなかったよ……まあそれを言ったところで「聞かれなかったから」とかぽんやりした顔で言うんだろうけど、そこまで想像は及ばないでしょうよ……


 あの「夢」……鋼鉄兵機とか「獣」が出てきていた夢は、どうやら正夢だったみたい。何で私の深層意識がそれを「知って」いて、それを見せてきたのかは分からないけれど。


 とにかく。「戦前の遺物」とか、私たち世代が習っていたよりかは、「鋼鉄兵機それ」っていうのは現役っぽかったわけで。


 いや、今までは……私が物心ついてからは平和平穏そのものだったけれど、ほんの十七年前(私が生まれるたった二年前)には、この地区も、「災厄」に襲われたんだった。実感は無かったけれど、語り継がれてきたことは、教え込まれてきた事実は、確かにあったのだった。


 <アンちゃぁん、他にもまだいるかもだから、みんなに付いて避難しときなさぁい。あのコについてあげててぇ>


 と、ようやく手にした刃物に付着した粘度高そうな血を、そのぐちゃぐちゃになっていた骸の白銀の毛の、比較的どす黒く染まっていない所を使って丁寧に冷静にぬぐい払って収めた鋼鉄兵機ジェネシスから、ママのそんな、いつもな感じの間延びした声が放たれてくる。うぅん、やっぱり現実。それはもう抗いようがないなぁ……


 と、だった。


「……ストラード君っ、大丈夫かい?」


 これ以上は無いほどのいいタイミングで、これ以上は無いほどの助けが。男前な声が別棟側から近づいてくるのを、再び巻き起こり始めた喧噪の中、全・鼓膜がそれだけを抜き出すようにして感知していた。


 胴長短足こせいてき寸詰まりのちょうかっこいい体躯を弾ませながら、凹凸のあまりない平面顔イケメンがおにきらめく汗なのか雨の滴なのかを滲ませながら。ツクマ先生は確かに私の方へ向かって駆けて来てくれたわけで。


「……はやく避難しよう。シャルノア君は西地区の『ビゼロノマ医院』に運ばれるそうだ。あそこなら丘の中腹の奥まったところにあるから、避難場所としても適している。ひとまずそこに行こう。友達のキミが付いていてくれれば、彼女も心強いはずだ」


 ああ、ああ。……心配と、不安ももちろんまだ私の胸中には渦巻いていたものの。


 それでも、先生の真摯なまなざし……優しさが、胸に突き刺さるようで。名前を、ちゃんと覚えてくれていたことも。 


 親友エッコが私をかばって。大怪我したと分かった時にも。出なかった涙が、泣き声が。


「……!! ……!!」


 ようやく吹き出してきたのを、感じている。背中をさすってくれている、温かい掌の感触も。


 でも号泣している場合じゃない。「まだいる」。その可能性があるのなら、私がここでぼんやりいることは、いることだけで、


 ママの負担になっちゃうから。それはいやだ。私はママのことがいつでも大好きだし、大事に思っているんだし。あ、もちろんパパも。そう言やパパも出張行ってるんだった。そっちは大丈夫かな……


「……」


 急激に肚が座った、と認識できた。意識がパパのことにうまくずれたのが、逆に良かったのかも。抜けていた腰がその瞬間、しゃんと力が入るようになっていて。でも今が役得が刻とばかりにセンセの腕に掴まってよよよと立ち上がる計算高さも戻ってきていて。


 とにかく、エッコのいる病院に。自然とつなぐ形と相成ってしまったツクマ先生センセのその身体の小ささにそぐわないごつごつとした大きな右手の感触に、私の意識は全部持っていかれそうになるものの。


 段々と強くなってきた雨脚の中、三々五々、裏門向けて逃げ始める他の生徒たちに混じって、私と先生もまるで恋人が如く連れ添いながら小走りでそこを目指していく。


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