●atone-17:惨憺×ズルターン


 ……何とか間に合った。間に合ってくれた。


「……」


 は内心叫び出したいくらいの、緊張からの反動の安堵、みたいな衝動に襲われながら、ガタガタと全身が震えてしまうほどのそれを、腹筋それに顔の下半分辺りに尋常じゃない力を入れることで何とか抑え込んでいる。


 「イド」の出現、それが去年の暮れ辺りから、各地で頻発しているのは報告が為されていたわけだけれど。それでも居住区からは遠く離れた山奥だったり、「開いた」にしても直径2メトラァにも満たない極めて小規模なものばかりだったりと。


 はっきり、油断していた空気は蔓延していたかもね。「マ」の者たちが現出する前に、逐一潰せばいいとか思ってた。迂闊。


 私は操縦席の正面、画面ディスプレイ越しにこっちを睨みつけてきやがっている「マ」……名付けられたところによると「闇喰らう白銀カジシマジルハ」。御大層な御名前コードだけれど、その脅威は、段違いに並んだ鋭い爪と、それを軌道の読めない斬撃へと変え操ることのできる強靭な前肢にある。


 先ほど斬撃それを背中に受けてしまったコ……アーヌをかばってくれたおさげのあのコは大丈夫……? 奴は、様子見/味見程度でその爪を振るっていたはずと祈るだけだけど、私はでも、私のいま出来ることをやるしかない。


「……」


 耳障りで威嚇じみた唸り声を上げてきた、こいつを、沈黙させることを。


 私は右手で保持した操縦桿を、ぐいとその根元から引っこ抜くような動作で振り上げる。ひしめく様々な機械に埋もれていたその「根っこ」からは、色とりどりの導線コードが伸びているのだけれど、その束の中にまた埋もれるようにして、ひときわ目立つ、「赤い」光が。


 それこそがこの機体ジェネシスにさらなる動力を与える「理光石りこうせき」……宝石のように、光を伝える最適な角度でカットされたそれは、その表面に、水と油が弾き合っているかのようなぬめりを常時見せている。


 見た目通り、ただの宝石じゃあない。操縦桿を離した右手の指先を、その表面へと静かに触れ合わせていく私。あせらずに、ゆっくりと。歯車と歯車を噛み合わせるように。


 一瞬後、触れるか触れないかのところで私の指先は見えない力で固定され、穏やかな振動が、指の骨を伝導するかのように、私の全身に「波動」のようなものを送り込んできた。


そう、理光石これに直接触れることによって、私の中で猛る「生命力」は。


「……!!」


 物理的な力を有した、「力在る光」……「光力こうりょく」へと、変換増幅されるのだ。そしてそれは機体ジェネシスが操る強力な「武器」と成り得る。


 右肩から先が急激に、だる重さとそれと相反するようなぴりとした痛痒さにさいなまれる。光力を一気に「抜いた」代償……でも呼吸さえ乱さなければ、私はその「光力」をかなりの間……息を止めていられる時間くらい……「3プフゥン」ほどか、は連続して練り出すことが出来るから。


 その時間で、決着ケリを付ける。


 もちろん、機体自体にも、動力エネルギーは充填されている。でもそれはあくまで平常に安定的に「作動」させるためのものに過ぎない。それじゃあ、それだけじゃあ、このジェネシスに「魂」という名の息吹を吹き込むことなんて出来やしないわけで。


「……」


 腰に固定マウントされていたケースから、既に得物を抜き放っていた私は、逆手に持ったその刃を、水平に、目の高さのやや下あたりで構える。両膝を曲げ、腰を落とした前傾姿勢で。


 よく人からは「まるで巨人が鎧を纏って動いているかのよう」、「ぬるっと人間にしか見えない動きで逆にそれがキモい」「天賦へんたい」などと評されるけれど。


 全身を隈なく使って操縦するこの「ジェネシス」……膨大/莫大な指示を同時に絶え間なく送らないと直立すら困難であるこの機体を、私はなぜか、ほぼほぼ無意識で意のままに操れてしまうのだ。ゆるやかに舞い踊るようにして。私以外に乗りこなせるパイロットは現在、所属してる「アクスウェル地区自警」にはおろか、このイスプリート王都のどこにも存在していないそうで。


 であればなおさら。究めてみたくなるのが鋼鉄兵機パイロットとしてのサガってもんじゃない?(違うかも)


「!!」


 とか、要らんこと考えて呑気こいてた私に、奴の方から先手を打ってきやがった。やば。かと思ったら、間合いを詰めての、さっきと同じ、ひとつ覚えの「右爪振り下ろし」と来ましたか……


「……」


 随分と舐めてくれるじゃあないの。その弧をどうしても描いてしまう無駄な軌道も先ほどとあまり変わらず。プラス今度は力みも入っちゃって逆に速度が乗ってない。あまり頭の良い個体じゃあなさそうね。私は得物ナイフを持って無い側……ジェネシスの煌く装甲に覆われたしなやかな左手を、無造作にななめ上に差し出すようにすると、その上から奴の爪が降ってくるのをキワで受け止めると見せかけながら、指先で受け流しつつ、身体の外側へと、掌底辺りで弾いてやると。


「……!!」


 あっさりその白銀の毛むくじゃらな胸元が、隙だらけにもほどがあるくらいに、私の目の前にさらけ出されるのだけれど。やっぱりこの程度。であれば「アレ」から、他にも個体が現出していたとしても、すべてを殲滅するのはわけないか……


 まあ、ひとまずこいつは。


<……っこれは!! アーヌをかばってくれたコのぶんッ!!>


 殊更に後方へとタメを作ってから、私はナイフを保持した右腕を一直線に、野郎の心臓に点で撃ち込むように。


 鋭利で少し反ったその切っ先をめり込ませていく。肋骨に触れることもなく、肉の感触と、その奥の弾力のあるものを突き破った手ごたえが、わずかに手先に「感じられた」。絶命の息遣いみたいなものも、機体ジェネシスに直結されているかのように感じられる、右腕の神経の末端で感じ取れたは取れた。


 のだけれども。


<ぬおおおおおおおッ!! そしてッ!! そしてこれはァッ!! 我が愛娘アーヌを恐怖に陥れたぶんッ!! これもッ!! これもこれもこれもこれもだぁぁぁあああああああああッ!!>


 怒りが瞬間びょうで吹きあがる私は、その滾り吹き出す衝動のまま、ナイフを抜いては刺し、刺しては抜いてを、少しづつ突き入れ角を変えていくという冷静/冷酷さをもにじませながら、もはやこと切れたに違いない塊向けて、周囲の生徒たちが明らかに私に向けてのヒィィ、ゴワイヨーゴワイヨーと引きつった恐怖の叫び声で唱和してきても、どす黒い小雨が舞い散る中、まだ続けているわけで。


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