●atone-19:異風×スレートグレイ


<アルゼっ!! カファトステラシオ南東150メトラァ付近に開いた『イド』……以後『プリマベソ』と呼称する……から、『マ』の反応が『六体』……群れて南下している……鈍重だが、大型で甲羅状の装甲を有した種……『グズシガムルア』と見ている>


 しゃああととと、というような雨音が、機体の周りを包むようになってきた。遠目に見えていた「黒い柱」のような「穴」……「イド」の姿も、そのベールに包まれて見えづらくなっている。


 六体か……「イド」の規模としてはやはり大きかったのだろう。知識として知り得るそいつらの体高はさっきのよりもひと回りほど大きい。まずいと思うのは「同種が何匹も同時に現われる」ということで、これまでにも「冬眠」みたいなのから一斉に目覚めたっぽい数十匹から成る群れが、ひとつ地区の住民たちを喰らい尽くしたという例もある。


 そう、奴らは私ら「ヒト」を捕食する。それも好んで。


 それら身体能力はヒトよりも遥かに優れており、生身であればまず、いたぶり喰われる。ゆえに天敵であり、のさばらすことは、大袈裟な言い方でもなく「ヒト種の絶滅」を意味する。


 幸い、「生息域」は互いに異なる。ヒトは地上、「マ」は地底の遥か下。


 通常であれば、交わることの無かった種同士だった。が、「イド」と呼ばれるようになった「通路」のようなものが現出するようになってから、事態は変化しつつあるのであった。


 その発端が十七年前に起こった「災厄」。それは偶然と幸運によって、何とか退けられたヒト種であったものの。


 平穏な期間は、やはりそれほど長くは無かったわけで。


 <アルゼ聞いているか? そこから真北、4号を南下しているッ!! 『プリマB』は未だ活発に顕在……そちらに割ける戦力は無い>


 目標一体をやって、校内に残ってた人たちも、娘含めてほぼほぼ全員が退避したのを確認した私の耳に、ヘッドギアに装着されたインカムから、そのような通信が。開いた「イド」……黒い沼のような、それでいてきっちりとした「真円」を常に描く不気味な穴だ……からは地底で眠りについている「マ」の眷属たちがこの地上へと這いずり出て来るのが常なのだけれど、今回のはやっぱしちょっと違う。多種のがいっぺんに出て来ることなんて……


 十何年ぶりの異常事態だ。


 このタイミングで、なぜ? とか思うところはあったけれど、いつだってそれに備えて訓練はしてきたつもりだ。


 それに、開発班・整備班のみんなだって、ずっとずっとこんな日が来るのを想定して、ままならないこの「過去からの遺物」であるところの「鋼鉄兵機」を、何とか御せるようにと、きめ細やかな改造・調整を施してくれてきていた。プラス一年半くらい前、幸運ラッキーな「出土」があったために大幅な改修が可能となり、「弐式にしき」へと生まれ変わることが出来た……そう正に「生まれ変わった」と表現するにふさわしい、限りなく操縦者である私にフィットしたこの「ジェネシス」……実戦は初めてだったけど、思ったよりしっくり来てくれた感……


 よかった。と言いたい。けど、重傷のあのコが心配ではある。アンヌちゃんのお友達……私は娘の学校生活は話をよく聞くくらいだったけど、ちょくちょく名前が出て来る「エッコ」ちゃんだよね……無事、治療がうまくいってくれればいいけれど。


 でもさっきも思ったけど、そのために私が出来ることといったら、この地区を荒らそうとしてくる「輩」どもを、逐一排除することのほか無いわけで。


 されど落ち着け。「目標六体」と聞かされたものの、そして私のいる工業高校ここにそいつらが何故か向かって来ていることは分かってはいるものの、


 ひとまずは平常心、そして「機体」も平常モードに移行するんだ。私はまるで直結しているかのような、右手指とその先にぬめり輝く「理光石」の接続を強引に、手首をひねるようにして接触を断つことでシャットする。途端に身体全体に走るような倦怠感。


 今のだけでだいぶ持っていかれたな……例えるのならば、プールで小一時間ジクゥムくらい泳いだような、背中から抱きつかれるかのようなだる重さ。


 やばいやばい。力配分が下手になってる。私は数回ほど深呼吸をかますと、襲い来る睡魔から一歩引いたところへと何とか己の意識を呼び戻すけど。


 とは言え、「援軍」とか、可能ならば要請したいよね……多対一な状況に陥ったら、いかな高性能かつ天才的な操縦をもってしても捌ききれるかはわからないのだから……それにしくじるなんてことは万が一にも許されないのだから……


 いまだ援護それらしき気配すら感じさせない状況に、なかば真顔になりながらも、ゆるゆると、機体に負荷をかけずにエネルギー効率も良さそうな緩慢な動きにて、ひとまずはこの高校の敷地外に出ることにする。


 地区の中心街のほど近くに立地している割には、かなりの敷地面積を有していて、そのグラウンドも結構な広さがあって、「戦う」にはうってつけな視界のひらけ方ではあるものの。


 それだけに周囲をあっさり囲まれるという危険性も孕んでいそうなわけで。避難はいまや、この地区全体に発令されており、「駅」へと連なるこの大通りにも人の姿は「地区自警」の面々を除いてはほぼいない。よってこの片側二車線の一本道で。


 待ち受けるというのが、最善の策(というほどのものでもないかもだけど)となるはず……


 うぅぅん、ジンとかいてくれたのなら、うまいこと攪乱してくれてとどめの一発を早い段階で撃ち放てそうなのに……なんか二日前くらいから音信不通らしい。この大事な時に……と思わず操縦席コクピットの中でひとり歯噛みをしてしまう私だけれど、無事帰ってきてよね、との思いの方が強まってきてしまい、慌ててまた深呼吸を繰り返す。


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