●atone-20:屈折×カルミン


<……目標六体の動きが定まらない。西方向へと進路を変えている。対応しろ>


 そんな定まらない思考の私の耳に入って来た、無感情な上官が入れてきた通信に、ええっとなるけど、この高校を狙ってきたわけじゃないの……? 奴らの読めない指向性に、若干の違和感を抱いてしまう。


 いやまあ、あまり思考は無い奴らなのかも。先ほどの「白銀」もまあ、そこまでの賢さは持ち合わせていなかったようだし。もう来るかな、と大通りの先をずっと見据えてはいたものの。徐々に濡れ始めた路面は、灰色の雨雲から透過してくるわずかな光を静かに反射するばかりなのであった。


 待ち伏せ大作戦(というほどのもんでも無いけど)はあえなく瓦解……でも落胆とか焦燥とかはせずに次の一手を冷静に放っていかないと。私は気分を入れ替えるためにいったん息を止めて、耐え切れなくなったところで一気にぶはっと吐き出す。


 苦しいところに清涼な息吹が吹き込まれたようになるから、すっきりとスイッチが入れ替わるんだ。これが私のお手軽リフレッシュ法……さて。


 操縦席コクピット内の左手前面、深緑色の画面ディスプレイの前に設置された乳白色の八角形のスイッチ状のモノに左掌をかざす。これもまた「理光石りこうせき」。私の身体と直結して「光力こうりょく」を流すことによって。


 周囲の「生命力」の多寡と座標を表示してくれる、便利な「機械」だ。どういう仕組みかは分からないけれど。いや、機械を操縦していながら、その機械はとんと疎いという残念な私が単に分からないってだけじゃあなく、


「現在科学」の粋を極めた「リ科大附属研究センター」でも、それは解明不能なのだと言う。


「イド」が現出し、そして然るべき方法により「消溶しょうよう」された後に残る地面に開いた「空隙」から、


 汚泥のような黒い「粘体」に包まれて出土してくるのが、これら「機械」だそうだ。「出土」に立ち会ったことはないから聞いた話ではあるけれど。


 手の平サイズの小さな「電灯」から、時にはこの鋼鉄兵機ジェネシスのような巨大なものまで。なぜ、出て来るのかは分からないまま。私たちヒトは、それを使用している。主に、生活を潤したり、あるいは、「マ」の者たちと、生命を賭けて戦うために。


 今の技術じゃあ、鋼鉄兵機においては、外殻ガワを作るのが精一杯で、もしくは簡単な動作をする「脚部」を見よう見まねで組み上げるのが限界であって。「機関部」ともなるともうお手上げらしい。尋常じゃないほどの細かな部品パーツが精密に組み合わせられているものだから、迂闊に分解も出来ないそうだ。よって、その機関部をありのままで、作った駆動部に接続して使用しているというのが現状。


 さらにこの「ジェネシス」ともなると、まるまるこの「個体」全部が未知だそうで。何十年か前に、とある巨大都市地区を呑み込んだ「最悪のイド」……「真円/深淵の沼ディーマゲイル」とのちに名付けられた直径5kmケルメトラァ以上あったとされる巨大な、もう「穴」とも認識できないんじゃないかくらいの渓谷たにの中ほど辺りから、うずくまるような格好で汚泥に沈んでいたこのコは発見された。


 そして地区の数少ない生き残りのひとりである、船舶製造業を営むひとりの青年実業家が、私財を投げうってその「巨穴」から、すべての「埋蔵品」を引き上げたのであった。そこからどう流れて私の所属する「地区自警アクスウェル」に来たのかは分からないけど、要は誰にも乗りこなせなかったのが実状みたい。一応、ヒトが搭乗できる操縦席はその頭部の中ほどにあったものの、まず狭すぎて普通の人だとつっかえてしまう。身長が悲しいことに10歳の時から1cmサンチュルメトラァも伸びておらず、娘にもあっさり追い抜かれてしまった175cmの私であるからこそ、そこに収まることが可能であるわけで。まるで私「専用」であるかのようにあつらえ設えられたかのように思えるけど、それは多分、思い込み。でも。


 今では私のかけがえの無い相棒だ。戦時でない時もずっと一緒に訓練を行ってきた。だから心配はしてない。まあ先陣きっての出動なんてほんとに十何年ぶりだったからどうなるか不安だったけれど、いま、私の心中に不安それは無い。


「あの時」のように繋がっていることを感じている。私と、このジェネシスが。もちろん言葉は通じないというか、そもそも感情もそれを伝える手段も持たないだろうこの「鉄の騎士」と、それでもこちらから光力を流しいれ、それに対しこちらの投げかける操作に、挙動というかたちで応えてくれる……


 それを、対話のようにどこか楽しんでいる私がいる。そんな場合じゃないかもだけれど、「対話」を通すことで、私たちは同調シンクロ出来る。


 左の操縦桿越しに、深緑色画面に表示されているこの機体周辺のフレームだけの簡易的な地図と、その上を動く「光点」に目を走らせる。目標は……六体。報告通り。ん……でも、その南西方向に移動するその速度が、やけに速いように感じられた。報告と違ぁうっ。


 私のいまいるここからは、10ジクゥム方向へ突っ走れば追いつける目計算だ。けど、なんで? 鈍重な個体とか言ってたはずなのにぃ……せっかくの平常心も一気に霧散してしまった私は、何してる急ぎ向かえ、との通信越しの上官の声にも背を押されるようにして、慌ててつんのめりながらも機体ジェネシスを始動させていく。


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