●atone-05:剪断×セピア


―やけにはっきりとした「夢」の中で、私は「視聴者」のように映像と説明を供されながら、徐々に「主役」であろうこのクール眼鏡女子とピントが合うかのように一体化していく……それは奇妙な感覚ながら、どこか昂揚をも伴うものであったわけで。―


(いちばん左端のやつ……あれだ)


 他のものたち……見慣れたほかの怪物モノたちの動きとは、明らかに異なって見える行動様式……それを長年、これら異形のもの達と肉薄し、鍔ぜり合っている「少女わたし」には、頭ではなく、肌で感じ取れるところがある。


「……」


 ただ、そんな思案をしている間も、攻撃の手を休める歴戦の少女わたしでは無かった。さかさまだった態勢から瞬時に右へと横回転をうつと、視線のの先……どこかから指示を受けているかのような、全体よりコンマ数ビョゥンほど動きが遅れる個体を、その思考の、行動の先の先まで見切ると、機体の鋭い脚先を払い、「面」で切り裂いていく。何とも言えない断末魔を上げ、膝から崩れていく怪物。


 残るは四匹か。ここが仕掛け時だよね……あれ、何だか思考まで「私」が重なっていくような感覚……何だろうこれ。目の前で繰り広げられているのは確かに「私」の見知らぬ世界であるものの、すんなり没入しているよ……掌に感じる「操縦桿」の硬い質感も、ぎゅっとお尻を両サイドから締め付けてくるような圧迫感も、身体のあちこちが釘付けされているような固定感も。


 うん、まあやってやろうじゃないの。こんな体験、そうは出来るものであらじ……急速に肚の座って来た私は、またもや言葉が定まらなくなってしまうものの。


 ……「最大奥義」。見せちゃるがばい。


 何故か私はその繰り出し方も熟知している。それを、いまから、放つ。興奮のせいでどこの郷の言葉か分からなくなっている私だけれど。


「……!!」


 機体ヴェロシティのメイン……「球体」の下部から伸びる、数十本の触手のような細い脚たちのうち、左側の約半分くらいを束ねるようにして絡み合わせると、その鋭利な先端部を突き刺すよう接地させ、残る右半分ほどはそれと直角を描くようにぴんと伸ばしてまた束ね合わせる。


 瞬間、左部の「脚束」の先端に機体の出力を集中させた私は、そこを支点力点に、ぽん、と低いジャンプを手始めにかますと、そのままの勢いに乗って、機体全体をコマのように横回転させ始めるのだけれど。当然内部のこの「操縦席」もえらい勢いで回っているものの、何故か私は目を回すことも気持ちが悪くこともなく、回転する景色を当然の空間として認識している。それはこの、私が宿る(?)「少女」の特性なのかも知れないけれど。


 そんなことをふわふわしている頭で捉まえている間にも、どんどん回転速度は増していく。ふおん、と空を裂く音と共に、右側の縒り合せた脚部は迫り出した回転ノコギリのような物騒な代物へと変貌を遂げているのだけれど。跳躍を繰り返すごとにその推進力は増していっているような……虚をつかれたかの怪物のうち一匹が、あっさりとその「刃」に巻き込まれるやいなや、首の根元辺りを瞬時に両断されていってる……すごい……


(……あと三つッ!!)


 確かに凄まじい横回転に晒されているはずなのに、この操縦席には逆に静寂みたいなものが支配していくかのようで。私は着実な「索敵眼」をもってして、残る三体の内の二体をも、流れるような動作の一連の間に、それら頭部を撥ね飛ばしている。


「……」


 残るはあと一体。「異質」と感知した、その正にの個体。私は一旦、機体の回転を止めると、「左脚束」を地面に突き刺したまま、という不安定な姿勢ながら、「そいつ」と互いの射程距離内であろう近距離で対峙する。


 と思ったら、いきなりそいつ裂けたかのように大きな口から、音……というか「歌」のようなものが流れ出て来ていた。いきなりのことに面食らってしまう私だけれど、その間隙を突かれるかたちとなってしまったことを、一瞬後にやっと思い知らされてしまう。


「!!」


 間合いを詰められていた。ひと飛び一瞬で。そいつの振り被っていた鋭い爪が私のいる操縦席向けて突き出されてきている……


 それが、私の見た、最後の光景だった。


…………

……


 ここは、どこだ?


 暗闇の中で首を巡らせようとした瞬間、その根元からうなじあたりまで、鋭いような鈍いような、とにかくの激痛が走り、は思わず呻いて力無くそっとその場に背を丸めながら伏せってしまうものの。


 なんだかずっと夢を見ていたような気がする……どんな夢だったかは思い出せないけど……


 目が慣れて来たかな、とか思ったけど、辺りは相変わらずの暗闇だ。座り込んだままの姿勢のちょっと上らへんに、うっすら緑色の光を発しているものが見えるけれども。おそらくは「藻」だか「苔」かだろう。それによって視界がクリアになるということはなく、かえってその中途半端な色と光量は、その周りの暗闇をより漆黒に染めているかのようであり。


 自分の身体すら見えない闇の中、手探りで辺りを見極めようと思い立ったはいいけど、その手が動かない。身体自体が自らの意思で動かせないという感じじゃあなく、何かで固定されているかのような不自由さだ。


 いや落ち着け。いったん状況を整理するんだ。


 僕はおそらく何らかのトラブルに遭い、この洞窟的なところで意識を失うというところに至った……その経緯は……ん? あれ? ……まったく思い出せないな……なんだろこれ……


 混乱が拍車をかけてくる大脳の中、やにわに「記憶喪失」の四文字が勘亭流の墨痕鮮やかな字体にて大書され始めるのだけれど。やばいやばい。うぅぅん、ここはどこ? 私はだぁれ?


 必死で脳細胞をフル回転させることで、何とか機能が甦ってきた。みたいだ。


 ……僕の名前は、「烙雲ヤクモ ミノル」。15歳。今は……「西暦2316年」。そうだそーだ、思い出したよ……というか元々知っていたよ完全にほんと……


「……」


 でも「ここはどこ」の方は皆目その情報にアクセス出来ていない僕がいる……真顔で固まりつつ、ついでに身体も拘束状態で石像のように佇みながら、僕は自分の思考までもが固まっていく感覚を傍観するしかないわけであり。


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