●atone-04:虚空×ブルーフォグ
宿題やってお風呂入って、適当に髪乾かして自分の部屋に戻って来てさて、例の「専門書」でも読みますかねえ、と殊勝に机について一冊を広げてはみたものの。
「……」
目次からしてまるきり意味は分からないわけで。前書きも筆者の人がお世話になった誰かしらに謝辞を述べていることしか把握できない……
それでも必死に絵文字のような羅列に喰らい付いては、それらしき単語を拾っては、その周辺も意味は分からずも抜き出してノートに書き写していく。うん……「数ページくらいしか読めないんじゃ」とか思ってたけど違うわ……「数行も読めない」。
肉体に感じる疲労とは別のところからの精神への疲労も相まって、私は机に覆いかぶさったような姿勢のまま、思わず意識が飛びかけてしまうのだけれど。
いけないいけない。ここで風邪でもひいて学校休んだら、ただでさえ少ない
早々に見切りをつけた私は、机のすぐうしろのベッドにいそいそと移動すると、頭にタオルを巻いたままの状態でふかふかのお布団にダイブする。もぉう、明日のことは明日考えよう……
……
「少女」は薄暗闇の中、ひとつため息をついていた。
(……ここには厄介な『進化種』は生まれ出なかったみたいで、それはそれでついてたと言えなくもないけど、七匹もいるんじゃあ、まあ厄介は厄介か)
頭部ぐるりを巡るヘッドギアのようなごつい防具、その頭頂部からは、ひっつめて結びあげられた茶色の「尻尾」が覗いている。
(一匹ずつ潰すのが定跡とは思われるけど……何かしら、さっきから『こいつら』の動き……やけに統率が取れているかのように感じる)
細いフレームの眼鏡の奥で、切れ長の目がひそめられた。「少女」は薄暗闇……鋼鉄兵機「ヴェロシティ」のコクピット内で、じっと相手方の出を窺っているのであった。
―あれ、何かいつもの「夢」と
「北東地区」は間近に山裾が迫った緩やかな丘陵地帯である。木々はまばらで、畑や果樹園が広がるのどかと言える風景が広がっているものの、「北方」へと唯一抜けることの出来る「北トンネル」の入り口がある地区でもあり、交通の要衝としての重要性が高い場所でもあった。
「……」
そして、「イド」が最も発生しやすい地域としても知られている。今回開いた「モノ」も、直径10
少女の機体を取り囲む七匹の怪物……それらは一様に黒く光沢の無い「鱗」を身に纏わせた細身の体躯を地面に這わしているのだが……からは、キシイキシイというような歯の隙間から空気を押し出す音が断続的に聞こえてきている。威嚇だろうか、いやそれはまるで「獲物」をどのように仕留めるかお互いに算段でもしているかのような、そんな風にも思われる、こちらの神経を逆撫でするかのような、気障りなものであった。
(……せめて『ストライド』でも居てくれたら、私は攪乱に徹したり、逆に引き付けておいてもらって一網で仕留めるとか、いろいろ作戦が取れるっていうのに)
「少女」は再び小さいながら長いため息を、狭い空間の中に吐き出す。
―あれれ、本当にこの「少女」の考えていること……思考が私にも分かるぅ……何か本当に一体化しているかのような……うううん、これも「夢」の形式のひとつなのかも。詮無いことを考えて台無しにしちゃうことだけは避けないとぉっ……―
(向こうの出を待つのは良くないか。なら……)
「少女」は、その身体の左右に屹立する操縦桿を掴むと、機体を作動させ始める。
「ヴェロシティ」は「速度」に特化した機体。そのフォルムは「蜘蛛」のような、と表現するとしっくり来るかも知れないが、真っ白い、直径5
「……」
断続的な金属音を発したと思うや否や、その「ヴェロシティ」は無数とも見える「脚」を一斉に曲げると、直後、思わぬ身軽さにて跳躍を始める。
怪物らの囲いを一瞬で抜けると、その刹那の動作に対応しきれず、背中を見せたまま振り返るという間抜けな
瞬く間に「敵」の二体がとこを沈めた「少女」であるが、
(何か……いやな予感がする)
心中に去来する漠然とした不安に、再び眼鏡の奥で眉をひそめる。
立ち草もまばらな湿った斜面に、鋼鉄兵機ヴェロシティは無数の細い脚を突き立てるようにして、一見バランス悪そうな立ち姿勢で「フラミンゴ」のように、そこに佇んでいる。
先ほど見せた軽やかな跳躍からの鋭い刺突によって、七体いた「敵」のうち二体を、一息のうちに沈めている。残る個体は、その真っ白い真球から間合いを測るようにして、少し遠巻きに取り囲んでいるが。しばし訪れる静寂。
(……何? このざりざりした違和感)
真球の内部は、「少女」が乗り込んでいるコクピットがある。操縦者は、両肩、両肘、両手首、腰と膝裏、そして足の裏に、それぞれを保護するためにプロテクターのようなものを纏っているが、それらはすべて座席自体に、しっかりと固定されているように見える。そして頭に付けたヘッドギアの後部も、シートの背面にくっついているようだ。
ぴんと伸びたどこか姿勢の良すぎる恰好のまま、「少女」は両手の指先だけで、このヴェロシティを意のままに操縦している。
(……『何か』が、あの五匹の中に紛れ込んでいる……異質な何かが)
殊更に不必要と思えるほどにがっちりと身体を固定しているのには無論理由があり、それは今の彼女の状況を見れば瞭然。
(選定したいけれど……そうは簡単じゃないかしら。ただ……みな一様に『群れ』で動こうとしているのはそうなんだけど、何というか……指示、みたいなのを出して他の個体を促している奴がいる感じを受ける)
さかさまになったまま、「少女」はそう思案に暮れている。このコクピットは外部の動きや体勢によらず、常に水平に保たれる、ということなどは無く、球体が右に傾けば右に、前に転がれば前に、そのままの動きが内部の操縦者にも忠実にもたらされる機構なののであった。
機体の動きに関わらず水平を保つことの出来るように、球体の外殻の中にコクピットを包む内殻が納まり、その間隙に粘性のある液体を満たして居住性を向上させた機体もあるにはある。
だがそれであると、内殻が完全に外界から封鎖されていなければならないわけで、操縦者の乗る内部には酸素の供給が別途必要となる。そして哀しいことに、そのための装置を購入・維持する余裕は、今のこの「アクスウェル地区自警」には皆目無いのであった。
古くから、「あるものを最大限活用する」「身体の方を機体に合わせる」といった、ままならない予算で、何とか組織を回すための教えを律儀に守って来ている「ここ」のパイロットの面々は、並みの人間では処理できない速度と正確さでもって、まるで人間が歩行するかのように、巨大な二足歩行のロボットに膨大な指示を同時並行的に出すことで滑らかに歩かせたり、一見何の関連性も無さそうな無数の操縦桿を倒したり回したりすることだけで、まったく異なる動きの指示を乗っている機体に出して的確に操ったり、そして三半規管が一瞬でやられそうになるような強烈なGを物ともせず、重力のある空間をまるで無重力であるかのように自在な角度で飛び跳ねたり動き回ったりと、不便極まりない機体を使って何とか生き死にの戦いを乗り越える内に、皆すべからく超人になっていくのであった。
―ふむふむ、クール女子いいねー、くらいのことしか「私」の頭には浮かんでこないけれど、こんな展開、大好き。いけー。無責任な傍観者的スタンスだけど、私は徐々に「少女」の
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