●atone-06:重複×ランプブラック
とにかく落ち着け落ち着けと、意識的に呼吸を深くしてみたら、意識も上っ面をなぞるだけでなく深くなったみたいで、だんだんと周りが分かるようになってきた。
視界が効かないほぼほぼの暗闇であることは確かだけれど、水滴が断続的に落ちて跳ねる音が、左側の方から聴こえてくる。水のにおい。唯一、露出して外気に触れているだろうと感じられる首から上は、結構な湿度と、ひんやりとした空気を感知している。
身体に感じる痛みは……先ほど迂闊に動かした首以外にはなさそうだ。でも身体の自由がままならないのはどういうことだろう?
恐る恐る、身体の各所を傾けたり、捻ったりしてみる。「包まれている」感じだ。ややあって、僕はその拘束感が、「宇宙服を着ている」からだろうと推測する。硬い外殻があって、その中は柔らかいといった、そんな質感だったから。
「宇宙服」……そうだ、僕は確か「魅惑の月世界―七つの海を巡る紀行」とかいうツアーに参加してたんじゃなかったっけ。修学旅行にインフルエンザで行けなかったから一人で。もちろん家族も一緒に行きたがったけど、「ひとり旅」……そういうのに憧れる年頃だから。
急速に記憶が戻ってきていた。いや、頭の中でぷつぷつと、あぶくのように断片的なのが浮かんでは弾けるといった具合なんだけれど。
いや、であればここは尚更どこなのだろう……頭部を覆い守るはずのフードメットは外れていて、素の外気に皮膚が晒されている状況……外気、つまりは空気はあるということか。
何らかの
そう考えるのがいちばん自然な気がした。でも、なぜこんな洞窟めいた所? 不時着するのって「海上」とか、あるいは百歩譲って「地上」が相場じゃないの? 「地下に不時着」……聞いたことない。
まあでもここから抜け出さないことには、どの道、楽しくない未来が待っていることには他ならないわけで。僕はゆっくりとした動作ながらその実、かなり焦って身体を何とか動かそうとするものの。
「……」
やっぱりかっちり固まって動かない……この身に着けている「宇宙服」自体が固まっているような、そんな感じだ。落ちたか何かしての衝撃により壊れた……とか。あるいは、衝撃から中の人間を守るために「硬化」した?
後者のような気がした。いやそうであって欲しいとの僕の果敢ない願いが、そう判断させたのかも知れないけれど。でも。
それが「意図的」であるならば、「解除」する方法も必ずあるのではないだろうか。
うん、極めて明確な推理。僕の頭はようやく冴え始めたようだよ。よしよし、あとはその「解除方法」を見つけるだけだ……その辺の記憶は残念ながらなかった。失った可能性もあるけど、機内での緊急時注意事項なんて、大概聞き飛ばすのが常だったから、もとより頭にインプットされていない可能性の方が高そうだ。そうだよね、こういう時のためにちゃんと聞いておくべきだよね……
……殊勝な気分になっている場合でもない。とりあえずは行動を起こさないと。
「私は、ここから、動きたい、です」
思わず口をついて出ていた言葉が、虚しく少しの反響をしてから暗い虚空に飲み込まれていく。い、いやあ、音声認識じゃあなかったのか……まあ今って「思考」するだけで指令飛ばせたりするもんね……さすがに古かったか……でも声を出したことで何となく、お腹の中に力が満ちて来た、そう思えた。だから結果オーライと、そう思うことにする。
しかして、「思考」を読み取って、どうにかしてくれる機構も組み込まれてはいないようだった。さっきからそれだけは切に思っているっていうのに、相変わらず「宇宙服」は沈黙したままだよ。いったいどうすれば……
「……!!」
泡食うばかりの僕だったが、そのじたばたっぷりが功を奏した。
指は、動く。
ぴったりとした生地に包まれているものの、手の指は十本とも、自由に動かせることが分かった。試しに握って開いてを繰り返してみる。無反応。じゃあピアノを弾くように空中をドレミの歌を口ずさみながら打鍵してみる。やはり無反応。
「……」
またも真顔で固まりつつある僕だったが、力無く指を握り込んだところで気づいた。小指から人差し指まで、付け根の辺りが押し込めるようになっている。これボタンだ。これ押せばいいんじゃね? いくつかを押し込んだりし始めた僕だったが。
「……」
正解は「全押し」だったようで。指を折り込むようにして「付け根ボタン」をすべて押し込んだら、ぷしゅう、と気の抜けるような音が、肩口とか脇腹とか、腰とか膝の辺りから一斉に立ち上ったように感じた。刹那、僕の身体は今までの
またも記憶を失いそうになるほどの衝撃をおでこに感じながら、僕は自分の身体が「宇宙服」から抜け出ていることに気づく。とりあえず身体の自由を得ることは出来たわけだけれど、それに引き換えるようにして肌寒さを感じるようになってきた。うぅん、ままならない……
薄手の全身スーツだなこれ……要は全身タイツなわけで、このまま
いやまあひとまず「出口」を探すほかは無さそうだ。気を取り直して、光る苔がまばらにむしている「岩壁」に手を添えると、足元を爪先で探り探りしながら、僕はその「洞窟」内で恐る恐る移動を開始する。
………
……
…
そんなところで目が覚めた。とは言え、「夢」の内容は何だか二層構造になっていたかのようで曖昧な感じでするすると記憶からするするとこぼれ去ってしまうかのようだった。何となく寝覚めが悪い……
ほうほうの体で登校の途につく。今日はツクマ
でもそんな平凡だけど平和な日常が、あっけなく覆されるなんてこと、考えてもみてなかったわけで。私の運命の歯車とでもいうべきモノは、この時、確実に回り始めていたのだった。
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