●atone-22:迅速×エルフェンバイン


 小降りとなってきた水滴音あまおとの群れの中を。


 <なんで、目標を速やかに殲滅しないの……?>


 何故か掠れたような、静かなる御声が場に拡声されひろがっていく。これぞ正にの研がれた精神破壊光線メンタルシュートが、私の臓腑をえぐりかねない静の鋭さでさくり精神の奥底まで刺し貫いて来ようとしてくるよ怖いよ……


 先ほどまでは「黒い球体」に油断を喰らって往生していた私だけれど、今は「白い球体」に、失策を真綿で締めるが如くに責められようとしているよィヒィィ……


 鋼鉄兵機、『ヴェロシティ』。白く、何の飾りも無い滑らかな表面を持つ球体が本体で、その下部から五十本ほどの細く鋭い、関節をひとつだけ持った「脚」が無秩序に生えるように突き出た、異形中の異形。夜道で出くわしたら、間違いなく大声が出る容貌だ。大きさはジェネシスの半分くらいで、奇しくも先ほどの「黒球」とほぼ同じ直径かと思われたけど、放ってくるオーラはケタハンパないっす……


 操るは、エディロア・ルーピーⅠ督いっとく。クールビューティーを地で行く何とも近寄りがたい佇まいに、さらに「総司令」を除いての組織の最上位に位置する権威権力を有する、恐るべき御方なのである……何でそんな御偉乃方おえらのかたがこんな前線まで出張ってきているのかは、ひとえに人材不足に他ならないのだけれど、ノー報告コミュで来るのほんとやめて欲しいな……


 <なんで、敵と戯れているの……?>


 分かってて問うてることは、痛いほどに分かるけれど、はっきり怖いよぉぅ……何年経っても慣れないその相手を内部からボロボロにしていくような独特の威圧感に、私は援軍割けないとか言ってたくせにぃ……と、直属の上官カァージさんを恨むほかは無い。今、連絡取れてないけど、大型車両キャリアーとは言え、そろそろ現着しててもいい頃でしょうに……いいタイミングでの不在だなもう……いや、そんな詮無いことを考えとる場合じゃない。


 さ、サセンシタァァッ!! と、もう即応で謝っておいた方が諸々済まされるんではないか的思考に則り、私は即座に立ち上がらせた機体ジェネシスに一糸乱れぬ直立不動の姿勢を取らせ、かつんと踵を打ち鳴らさせてから、かっちり45度の慇懃な礼をさせるのだけれど。


「……!!」


 充分な間を持って、上体を上げた私の視界には、ヴェロシティの傍らに団子が如くその鋭利な「脚」に身体を貫き通された、先ほどまでの「目標」たちが、無言のまま転がっているのが否応無しに差し込んでくる。えええ……瞬殺必殺してるよぅ……よく見ると白球体ヴェロシティの脚の一本はまだ黒い球のひとつを刺し留めたままだ。そこから面倒くさそうな動作で機体からだを傾けつつそれを抜き去ると、


 <後処理を、頼みます>


 静かながら有無を言わさない口調でそう言い、エディロアさんは機体ヴェロシティの脚を器用に舗装道路に刺し抜きながら、帰還しようとする。はぃぃぃぃぃッ!! ととてもいい返事をしながらも、はぁ……助かったは助かったけれど、こりゃまた重圧プレッシャー高まるわぁ……との諦観まみれの思考で、言われた通りの残務に取り掛かろうとする私だけれども。


 違和感。それは、


 転がっている「黒い球体」の多寡であったわけで。


 私のそばにひとつ、視界の先に四つ。計五つ。


 ……ひとつ足りない。


 慌てて建物間の陰から身を乗り出しつつ、辺りを見回すけれど、やっぱり骸は五つ。もう一匹は……? と、慌てて画面ディスプレイを展開させるものの。


「……!!」


 ひとつの光点が、私から見て「八時方向」へと向けて、転がる速度での移動を続けている……っ!! 何でいち個体だけ、別の挙動を示すのっ? 今までそんなこと無かったのにぃ……ッ!!


 <……アルゼ?>


 振り向いた(のかどうかは分からないけど)ヴェロシティエディロアさんを視界の端で視認はしていたものの、


 <一体、残ってますッ!! 私がッ!!>


 ぐり、と180度転回ターンを既にキメていたジェネシスわたしは、両膝を曲げ、腰を落としてスタートの体勢を整えている。次の瞬間、


 <……!!>


 何か言ったであろう上官の音声ことばは置き去りに、私は「その方」向けて全力での疾走ダッシュをカマし始めていたわけで。思い切り踏み切った右足裏の下で、がりと路面が割れたことを感覚で受け取りながら。


 失策を挽回しようとか、そんな殊勝な気持ちはさらさら無かった(と言い切るのも何だけど)。ただその「八時の方向」に。


「……おおおおおッ!!」


 避難をしているだろう、アーヌの事だけを思い、突き動かされている。もう、周囲の建物とか道路の損傷とかを、どうこう考えている場合じゃあ無かった(また始末書……)。機体に受ける向かい風がぼう、と巻き付くように叩きつけてくるようになったことを感じるけれど。そんなのも意に介している暇は無い。文字通り風を全身で切りながら、私は指先から爪先までを総動員させて、膨大な「走る」という挙動情報を機体ジェネシスへと送り続けていく。それと同時に、


 自らの体内で発生させて練り上げた、エネルギー純度の高い(はず)「光力」を、惜しみなく注ぎ込みながら。機体はそれに応えて急激に加速していってくれる。


「……」


 自分に、冷静に冷静によぉ~と言い聞かせながらも、次々と眼前に迫る建物を、腰上くらいの高さの物ならばその上空を、右脚を伸ばし振り上げ跳び越え、左脚は障害にぶつけないように膝・足首を直角に曲げて腰上まで引き上げて跨ぎ越し、


 目線より上の構造物なら、その直前で両足を地面に叩きつけるようにして踏み切り、両腕を突き上げ、勢いよく機体からだを垂直に近い角度で飛ばし、両手が建物の天辺に触れた瞬間に、そこに力を入れて身体を引き上げ、両脚を大きく開いて跳び越えていく。


 青い葉を茂らす街路樹のひとつをなぎ倒してしまいながらも、最短距離いっちょくせんに私は目指す「目標」向けて疾走を続ける。


 待っててアーヌ……っ、絶対に危険な目には合わせないからっ!!

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