●atone-23:復帰×ペッシュ


 …………

 ……

 …


 厳戒態勢か避難指示かが出ているのか、舗装された片側一車線の「道路」には、車はおろか、人の姿ひとつ見えない。かえってそれは不気味であったけれど、ジカルさんと僕の乗る単車は、白壁の建物が密集している「街」方向へと、スムースに、いや幾分速度過剰な感じで向かうことが出来ているのだけれど。


 先ほどの破裂音、どうとも気になる。脳じゃなくて身体が何かを訴えたがっているというか。が、


 一瞬後、僕のそんな思考は断ち切られる。


「……!!」


 急な左カーブに膝が地面を擦りそうに思えて身体を強張らせる僕の、いきなり開けた視界に入って来た、黒い、煙。


 いや、ゆらめく「それ」の質感は、何というか「光」にも見える。それが、地表から先が見通せないほどの上空まで、立ち昇っている……何だよこれ……その「出」先を窺うと、そこには光沢の全くない「黒」、といった感じの巨大な「線」が横たわっているわけで。と、ヘルメットを叩く軽い衝撃。雨……か。


 <『イド』ねー、ジンさン、あんな大きナの『穴ぼこ』ハ、初めて見る時でスのことだけどネー>


 被っているヘルメットには通信機インカムが装備されているようで、前でこの巨大バイクを巧みに操っているジカルさんから、徐々に頻度を増してきた雨音の中、そのような説明が縫うように為される。「穴」なのか……建物と建物の間に唐突にそれは開いているような気がするけど……そして今僕たちの進んでいる道の先もその「黒」に飲み込まれて途切れているけれど。まさかその「穴」が出現したところの建物……いやそれ含め「そこ」にあった物とかいた人とかは……


「!!」


 その瞬間だった。


 「穴」の左側、そこが不気味に蠢いたかと思うと、そこからのそのそ、というような言葉で表現するとぴったりくるような、正にの「のそのそ」感を滲ませながら、いくつかの黒い影が這い出て来たのである。遠目に見てもかなりでかい。その黒光りする亀の甲羅のようなものを背負った四足歩行の「生物」の体高は、背中越しに見える建物の二階くらいには達している……これが、かくいう「異世界怪物モンスター(巨大版)」と、そういうわけなのだろうか……


 先ほどの「銀白の狼様の獣(今は僕の背中に装備中)」もいかにもな猛獣感あって怖ろしかったけれど、どんどん近づいてくる怪物それらの外観は、甲殻を持つ恐竜の一種のようであり、その見慣れない巨大な体躯が、本能的にこちらの恐怖心を揺さぶって来るわけで。


 <あいツらねー、ジンさん、ワたし充分なの距離まで近づくのコとでスから、『それ』で狙撃しテくださいノことね>


 え? そう言うなり、今までその細い背中に背負っていたあの「ライフル銃」のストラップを肩から外しつつ、後ろ手に僕に手渡してくるけど。えええ? 僕こんなん扱ったことありませんて!!


 戸惑う僕だが、うゥん、とにノかく、身体が覚えテいるのことと思いまスね、狙いつけて引キ金絞る、それダけのこと、大丈夫大丈夫ねー、と、こんな場合なのにどことなく軽やかな声でジカルさんは言う。うぅん、こんな物騒なものを? この15歳の僕が? いやいやいや……ゲームとかでならあったのかもだけど……


 と、それでも言われるがままにその1m50cmほどの銃身を両手で保持してみるものの、見た目かなりの重量かなと思ったら割と軽い。片手でも持てそうだ。あ、そうか「低重力」。だから軽く感じるってわけか。


 とか思ってたら、そンじゃま、行きまスねーとの声と共に、いいとも何も言ってないのに、ジカルさんはいきなり単車を発進させるのだけれど。目標はやっぱりあの「甲殻恐竜」……? 左に切られたハンドルがそれを示しているけれど、僕はその急制動に振り落とされないように左手でシートの前にある手すり的なフレームの一部に掴まる。


 ん? 何か、思った以上にしっくりくる感じ……僕は揺れ動く単車の上で、内股の筋肉を主に使って座席を挟み込むようにして姿勢を正す。そのまま右手で銃のグリップを握ると、左手は自然に銃身辺りに添えられてきた。無意識の行動……僕はこういうことに慣れている? とでも?


 右肩辺りに銃床をしっかりとつけると、右頬をそれに寄せるように付けて保持。肘は落とし、肩の力は抜く。やや前傾気味に……流れるような動作で、そんなサマになってるような構え姿勢になっていた。何で? 


 太幅のタイヤを路面に擦りつけ鳴かせつつ、ジカルさんの運転する単車は、いまだ鈍重な動きでどこかしらに向かおうとしている「目標」の群れの左側へと回り込んでいく。そして急旋回で右方向へ切り返した。と、またインカムに通信が。


 <ジンさンー、奴らとすれ違いざまニ叩き込んでやってのことネー>


 この後部座席上から射撃せいと。しかもこちらも動いている状態で。いったい僕にそんな流鏑馬やぶさめ的な技能があるとでもいうのでしょうか……


 とか逡巡していたら。急激に。


「……」


 記憶の奔流とでもいうべき「うねり」が、僕の大脳の全域で、激しい波濤を散らし始めたわけで。あれ? あれれれれー?


 <ジンさン? 黙りこくッテ、どうシましたのことネー、あ、もしヤ、記憶がマタ戻ったのでスかネー?>


 その不穏な沈黙を即座に察して、ジカルさんがそんな言葉を投げかけてくるけど。「マタ」って、僕はそんなに何回も記憶を失うなんてことを繰り返していたとでもいうのでしょうか? そんなけったいなことがあるわけッ!! あるわ……け……あ、いや……


 くくく繰り返しとったぁ……とったぁ……ったぁ……


 脊髄を貫く電撃のような、しかして頭の中が快晴が如くに透き通りクリアになるような感覚……全てを、思い、出して、きていた。


 ぼ、僕は何をやっていたというんだぁ……だぁ……だぁ……


 さっきからやってもうた感が、脳内に残響を伴って飛び跳ねているのだけれど。何で? 「記憶喪失」って脱臼みたいなもんなの? クセになったりするものなの?


 自らのことであるものの、その如何ともしがたさに、脳内で絶叫してしまう。


「……」


 しばし白目でのフリーズ状態に陥る僕なのだけれど、それを制するかのようにジカルさんの鋭い声が。


 <ジンさンッ!! 奴ら形態を変エて、動き始めタね!! 凄いスピードのコと……追いまスのことよぅッ!!>


 と同時に再びの急制動が。前方を窺うと、「目標」たちは一様にダンゴムシが如く丸まっていて、路面を凄まじい回転をかましながら滑るように突進を始めていたわけで。なにぃぃぃッ!! 落ち着け、イドから「マ」が現出、自分はその現場に居て、殲滅を要請されているぅぅぅ……


 がちり脳内で「全記憶媒体」(そんなのあるのかな)が接続された、そんな感覚が走る……ッ!!


「ジカルさんッ!! 向かって右側の奴だけ、他と外れる軌道を取っています!! それが気になるッ!! 『そいつ』をまず追った方がいい!! あの装甲……この『弾』が効くかどうかは未知ですけど、とりあえず撃ち込んでみますッ!!」


 うん、もうこうなったら、え? 記憶なんて喪失してませんでしたよの体で押し切るしかないよね……えらい怒られそうだしね……特にあの御方からはね……


 脳内演算がわやくちゃになりそうな混沌状態の僕だが、のたまった通り、「群れから外れた一匹」をまずやるッ!! 言い訳を考えるのは、それからだッ!!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る