●atone-24:脱兎×ファーグリーン


 避難場所と示された、学校から徒歩5プフゥンくらいの公民館しせつに向かうだけなのに。正確には私と先生はその先にある「ビゼロノマ医院」……エッコが運び込まれているという総合病院を目指して急いでいるのだけれど。


「……!!」


 そこに至る道は、尋常じゃないほどの人の群れで埋め尽くされてたわけで。おまけに先ほどからぽつりぽつりの雨まで降って来てて場の混乱に拍車をかけてるよ……


 道幅がそれほど無いってのも痛い。公民館も医院も、私の家がてっぺんにある「丘」の中腹に位置するのだけれど、そこに至る道は「丘」を巻くようにして上るこの急な坂道だけで、片側一車線道路の両端にはひと一人歩くので精一杯な幅の歩道がおざなりな白線で区切られているだけで、今やそれも関係なく、歩道も車道も、うちの生徒何百人プラス、駅側から逃れてきただろう老若男女が合わさって、お祭りでもこうまで、と思わせられるほどの混雑であったわけで。皆が皆、避難場所を目指して押し合いへし合いを、傍から見たら滑稽にも見えるくらいのせわしなさで繰り広げているのだけれど。


 周りの人たちも恐怖と不安で殺気立ってる感じ……所々で押すな押すなの怒号が飛び交っていて、何だか怖いな……


「ストラード君、気分が悪いとか……大丈夫かい?」


 と、右隣から、そんな優しげなる声が。周囲の状況に真顔と化していた私は慌てて、全然平気ですっ、と渾身の笑顔を即応びょうで作りーの、その方へと言葉を返すけど、ツクマ先生は私とか周りの人より頭ひとつ分くらい背が低いから、四方から人々の身体と身体の間にそのイケ面を挟まれていて、逆に苦しそうなのだけれど。


 人垣はようとして進まない……無理も無いか。公民館って普段あまり使われることないと決めつけられてでもいるのか、丘の中腹、さらには急坂の途中っていう立地悪すぎな所に建っているし。そこに至る道もまあ、細くうねっているという有り様だし。こういう不測の事態に備えてないと、こういうことになっちゃうんだろうねえ……と、私はどこか、このどよめき蠢く「群衆」を俯瞰するかのような視点で、そんなことを思ってしまうんだけれど。


 ようやく、公民館、そしてその奥の「医院」へと続く横道のところまで、この坂道を登ってくることが出来た。でもそこからも人のぎゅう詰めな壁が、石造りの意外と大きかった(ふだん見てるのに見てなかった)建物の玄関まで何重にも続いている状況……ううん、そもそもここら一帯の地区のヒト、全員入れるのかな……


「ツクマ先生、いったん、『上』まで上がっちゃいませんっ?」


 もうちょっとごった返す人いきれにうんざりし始めていた私は、ずっと繋いだままという僥倖を先ほどから享受している右手に少し力を入れると、そう提案する。「横道」より上へは、行こうとする人はあまりいないようで、一気に人はまばらになっている。


 回り道でいくという選択……エッコのいる「医院」までは、ぐるりとこの坂道を頂上付近まで登ってからさらに下らなければいけない相当の大回りになってしまうけど、ここで立ち往生するよりは、何というか「向かっている感」はあると思うし、じっとなんかもうしてられない、


 そうだね、そっちの方が早いくらいかも知れない、と、爽やかな声でそう返してくれると、幸甚なことに手を握ってくれたまま、少し早歩きでツクマ先生は上に向かい始めてくれる。これもうデートと言っても過言じゃなくね? みたいなエッコのことを考えるといささか不謹慎なことを、つい抗えなく思い浮かべてしまうのだけれど。いや、いや、と殊更に大袈裟に頭を左右に振って正気に戻す。


 後ろを振り返ると、うぅん、人が群れとる……学校のある所からはもう40メトラァくらいは上がっているけれど、ここから見るとやっぱり異形感のすごい例の「黒い柱」状の煙のような光……いや、「穴」なの? 柱の生えている根元って。


 斜め上方から眺めてみて、何となく認識できた。「柱」は、地面に周囲との脈絡もなく開いたかのような「穴」から突き立っている……と、


 手を引かれて先生と連れ立って坂道を登りながらも、何か気になってちらちらと背後を横見していた私の見下ろす視界に。


「……!?」


 その「穴」から抜け出てきたような影が映る。遠目でも分かる、その鈍重ながらも確実に自律した動き。そして、その身体の大きさ。あんな大きな生き物見た事ない……!!


 思わず立ち止まってしまった私につないだ手を引っ張られるかたちで、ツクマ先生も何事かと振り返ってくるけれど。


「あれ……『たま』?」


 見事に間抜けな疑問が口をついて出てしまっていた。うぞうぞと這い出してきた「それ」……いや「それら」か、は、その形状をくるりと丸めたかと思うや、唐突で凄まじい挙動を見せたのだった。そしてそのいくつかの「球体」は。


 こちらに、丘側に、向かってきているように思えた。得体の知れないものに「狙われる」という、先ほども浴びせられた恐怖がおなかを震わせるようにしてまた襲ってくる。けど。


「上に、急ごう」


 身体の振動がどうとも止められなくなって立ち尽くしてしまう私の手を強めに引っ張りながら、ツクマ先生はその平たい顔に冷静ながら柔和な微笑を浮かべつつ、私を促してくれる。先生はこんな場にあっても至極落ち着いてるぅ……いや、私をパニックに陥らせないように努めてそんな空気を出してくれてるのかもしれないけどぅ……


 どっちだとしても、良かった。ツクマ先生は外見だけじゃなく、中身もかっこいいってことだけだ。やっぱり私とエッコの見立ては間違っていなかったのよぅ……


 急速に下世話うつしよ感が戻ってきた私は、汗と雨で何かもう艶めかしい質感になっている先生の手をさりげなく握り返すと、背後に注意を向けながらも、丘の頂上付近まで続くこの坂道を駆け上がることに決める。頂上手前で、左手側に折れる道がある。そこに入れれば、身を隠しつつ、「医院」までぐるり向かうことが出来るはず。


 と、視界に入って来たのは今度は、


「……!!」


 建物の間をすり抜けながら、大きな人型の疾走する後ろ姿。一直線に、「球体」の方へと向かっている……まるで、本当に人が走っているような所作で。鈍い光を放つ鎧のような装甲が、降り落ちる雨粒を吹き上げるようにして。鋼鉄兵機ジェネシス。ママだ。うん。


 そう。ママが、頑張ってくれてるんだ。私だって、頑張らないと。と、鼻息を一発噴出させて気合いを入れてみた。


 走る。伊達にほぼ毎日、この性悪な坂道をくだりのぼりしてるわけじゃあないのよぅっ。精神も身体もかなり疲弊していた私だけれど、振り絞るんだぁ、力を……


 何とか、身体を引きずり上げるようにして、前へ、上へ。へばってきた私を優しく気づかうようにエスコートしてくれるツクマ先生の顔も、次第に疲れを隠せなくなってきているけど。


 もう少し。左に入る道が見えた。先生と顔を見合わせ頷き合うと、その小径に滑り込もうとする。その時だった。


「!!」


 目の前が急に黒くなった。私の意識が遠のいたとか、そうじゃあ無かった。視界を遮ったのは、「黒い」物体。黒く、丸い物体だったわけで。


「……」


 さっきまで、丘のふもとくらいにいたはずなのに……ッ!? なんて速度、そしてなんでまた私ぃぃ……? ここに至るまで、下にも大勢の人がいたはずなのに……いや、その人らを襲えば、とかいうわけじゃなくて、そう言えばさっきの「白銀」も大勢いる中から私を狙ってきたかのような……


 全ッ然ありがたくない状況モテきに、私の思考はもう定まらなくなっていく。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る