●atone-02:幸甚×ネープルスイエロー
「アンちゃん、センセイの目の前……それも視点がちょうど収まり良さそうな四列目のど真ん中で爆睡するのは流石にまずいよぅ……」
二限は実習なので流石に寝まい……とやや安堵しつつも、きゃいきゃい騒がしい女子更衣室のすみっこでのろのろと学校指定のド派手なオレンジ色のつなぎに着替えていたら、そんな遠慮がちな声が背中からかかったのだけれど。
いやぁ週初めの初っ端からあの最大級誘眠系呪文のような言葉の羅列を、あの射程距離でぶつけられてごらんよ……みたいな言葉を返す私のうしろには、焦げ茶色の綺麗な髪を両サイドで三つ編みにまとめた、気弱そうな眼鏡っ子……私の友達、エッコがもう着替えてこちらをおどおどと見ているのだけど。
「アンちゃん聞いた? なんかカッコいい実習生が来てるって噂……次の授業、補助でつくみたいだよ……」
おっと。私とエッコは同じ波長の陰キャラ同士なれど、ちょっとその辺りのベクトルは異なっているんだよね……恋だとか、愛だとか、私はそうゆうの
いやまあ、私もまったく気にならないというわけでもないけど。
私の通う此処、「都立インダストリア工業高校」は、……うん、わかる。けったいな
だもんで、授業はともかく「実習」はきちんと受けておかないと、という思いはある。それにプラスして
いまや完全に眠気は去り、私は自分の工具箱をよいしょと携えてエッコと一緒に教室のある棟と渡り廊下で繋がれた「別棟」へ向かう。でもふと感じた外気はやっぱり心地よいふんわり陽気で、ああ、校庭脇の芝生に寝転んで昼寝でも出来たらなあ……とか、また最大欲求のひとつが明らかに突出していると思われる私はそんなことを思い浮かべてしまうのだけれど。
別棟一階の東側は、吹き抜けの巨大なホールになっている。ま、「ホール」と言っても「仕切りの無い大空間」的な意味合いであって、打ちっぱなしの灰色がどんより澱む、色気も何もないところだ。
「……本日は『自動車』の駆動システムについて、実際に体験しながら学んでもらうっ。今回から5回っ、こちらのツクマ先生にお手伝いをお願いしているので、粗相の無いようにっ」
いかにもな体育会系教師、ゴリカワのいかにもなガラガラ声に辟易としながらも、私を含めた女子ら全員の視線は、その隣にしゅらりと立つ、一人の涼やかな「青年」に一点収束しつつあったのであった……
身に着けているのは平凡なスーツであったものの、それがかえって着ている人の個性を際立たせているかのようで。
「はじめまして。都立中央大、工学部機械システム学科を専攻してます、学部四年の『ツクマ=シューイチ』と言います。どうぞよろしく」
型通りの挨拶が、これほどまでこちらの心の琴線を震わしてくるとは……甘く、落ち着いた
まるで
「……」
うんでもやっぱりエッコ、ドはまりするよね……よくそういう本とか読んでるもんね……傍らで愛しさと切なさと心苦しさを等量くらいに滲ませている友の横顔を見ながら、私はその「ツクマ」と紹介された
いや本末。でも少しでもお近づきになりたひ……心からの叫びが、思わず鼻の穴から抜け出ていってしまうかのように感じて、私は一旦鼻から強く息を抜き出させる。
本物の「クルマ」がその内部構造をさらけ出しているという興味深いことこの上ない状況にも関わらず、私はうまく集中できないままでいるのだけれど。いかんいかぁん、集中―っ。
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