●atone-34:剛強×セラドン


 地区のど真ん中を突っ切るようにして単車は走る。硬質樹脂に覆われた路面を、車輪は的確に捉えながら滑るように。


「……」


 先ほどの「ヴェロシティ」操縦士パイロットにして、かなりお偉い方であるところの「エディロアさん」(とジカルさんよりお名前を伺った)の指示した通り、「北地区」のさらに北側にあるという「シェルター」目指して、私たちは一目散に飛ばしているのだけれど。


<……ほんとに止まらない『湧き方』ですのことねー、自警のみんなもほとんど出張ってくれてるのことのようですが、これは『イド』自体をツブさないことにはジリ貧と思われますのことねー>


 相変わらずその口調からは切迫するものは直には感じられないものの、それだけ私に恐怖だとかを感じさせないようにしてくれているのかも。私もカッ飛ぶ速度の恐怖に立ち向かい、恐る恐るながら目線を水平まで上げて周囲の様子を窺うようにしている。「敵」の動きを、きっちり見張るために。


 坂を下りるとそこは地区の中心街。その中央付近を走るのは、いま私らがいる平坦で道幅も広い舗装道であり、それは真っすぐ北へと向かって伸びている。道のそこかしこには乗り捨てられたクルマとかが道を塞いでいるけど、その間を器用にすり抜けつつ、ジカルさんの超絶運転技術にて、さほど速度を落とさずに疾走出来ている。


「……」


 道の両側にはいろいろなお店とか施設がぎっしり並んでいるけれど、もちろん人影はほとんど皆無で。代わりに地区自警の方々と思われるヘルメットやプロテクターで身を固めた物々しい装備のひとたちが、そこかしこで蠢いている黒い物体向けて、手にした小銃みたいなのから弾丸を撃ち放っているような、そんな日常とはかけ離れた光景が前から後ろに流れていくばかりで。と、


<まずい、でかぶつねー>


 ジカルさんのそんな呟き。その肩越しに前方を見やると、そこにあったのは二階建ての建物よりも高い、巨大な黒い「怪物」の姿だった。もう何か生物らしさをも感じさせない、「正四角錐」をぐずぐぶよぶよにしたような、精神にくる「物体」が道幅全部を塞ぐようにして鎮座しながら、その頭頂からこれまた軟体の触手じみたものを何本も伸ばしてきながらこちらを絡め取ろうとしてきてるよ……


<……!!>


 ジカルさんも片手で運転しつつ、先ほどの拳銃をもう片方の手で撃つ芸当で、群がってくる小型のは見事に退けていたものの、目の前のあの質量体積はどうしようも無さそうに見えた。


 迂回……しようにも、細い横道ほど「黒物体」は密集を始めているようで、ちらと視界に入った路地は、その全体がうぞうぞ蠢いているかのようでぞっとしないわけで。


 「三角物体」が迫る。やむを得ず速度スピードを緩めるジカルさんだけれど、それだけでもう、周りにいたちびっこい黒い奴らが意気揚々と追いついて飛び掛かってこようとしてくるよもぉぅ……!!


「ひぃっ!!」


 思わず情けない声が出てしまった。右肩に感じた軽い衝撃。何かに……乗られている? 瞬間、そこに走る鋭い痛み。その痛みで反射的に振り返るとそこには、小さいながらも凶悪な牙を剥いた、マシィラのような化物が私の肩にかぶりついている図があって。引きつるような叫びと共に、そいつを左手で引き剥がそうとするも、結構な鋭い爪で私のオレンジのつなぎを掴んでいて離れない。突き刺さっている牙は何本か皮膚感覚では分からなかったものの痛みはどんどん鈍く強くなって、肩口も赤黒いもので染まり始める……


<アンチャンさんッ!!>


 泡食うばかりでどうとも対処できてなかった私の窮状に気づいてくれたジカルさんが、「拳銃」を後ろに回して自分の右肩に乗せるようにして固定すると、その銃口を取り付いている小型の化物の眉間に、ごりとねじ込みつつ、即座に銃弾を撃ち放ってくれたわけで。


「……」


 後方へ吹っ飛んでいく化物。でも背後からどんどん他の個体も集まってきちゃってるよぉぅ……っ!!


 やっぱり、どうとも出来ない「誘引物質」的なものが私からは放たれちゃってるのかも……こんなの、要らないのに……それに次々と湧いてくるこいつら全部が全部私目掛けて襲ってくるのであれば、もう駄目だよ……


 逃げても逃げ切れるもんでもなさそうだし、逃げたとてその後の生活とか人生とかどうすんのよぉ……ッ!! 先ほどの決意はどこへやら、またしても私を、絶望を伴った思考が絡めとろうとしてきている。


 刹那、だった……


<んんんんんどっこいしょぉおおおおおおおッ!!>


 けったいな拡声音と共に、視界前方左方向から、「黒三角錐」と同じくらいの高さの黒っぽい物体が凄い勢いで突っ込んで来た。舗装された地面を乱雑に、ひっかき割るようないささか耳障りな金属音を響かせながら。


 と思うやその金属らしき質感を鈍く輝かせた「それ」は、右肩からの思い切りのよいぶちかましを「黒三角」に浴びせるや否や、大した反動も見せずに、


<よいやさぁあああああああッ!!>


 結構重さはあるだろうそれを、力ずくでぶるんと、脇の歩道の方へと頑丈そうなその両の腕で押しやったのであった……凄い膂力腕力……果たして。


<アルゼの娘が狙われてるってぇ話は聞いたぜ。ここは俺が食い止める。ジカル早く行けッ!!>


 おっさんだ!! 聞き覚えのあるおっさんの声だ!! やっぱり!! やっぱりあの「夢」は全部本物だったんだ……鋼鉄兵機「ステイブル」。八本脚の脚部に、一見鈍重そうな、しかして今見せたような圧倒的なパワーを放つマッシブな上半身。間近で見るとさらにその迫力はこう……こんな時にあれだけど、震わせられるものがあるわけで。


<おおおおおおおおおッ!!>


 聞き覚えのあるあのおっさんの気合いの胴間声が響き渡る。黒三角を押し切った勢いのまま、上半身をぐるりと回転させる鋼鉄兵機ステイブル。その左腕に仕込まれた無骨な「砲身」が。


「……!!」


 次の瞬間、淡い黄色の「銃弾」を、ばら撒くようにして射出を始めていて。


 360デグ隈なく、周りを取り囲んでいた大小さまざまな種類の黒い化物に向けて、無造作に思えたけれどこれまた平等に的確に撃ち込まれていったわけで。つぶれるようなひしゃげるような奇妙な呻き声を方々で鳴らしながら、黒色たちが沈黙していく……


 道が、開けた。同時に、周りの不穏な空気も一瞬、かき消えた。そして、


<アルゼの娘!! 辛抱我慢だぜぇッ!! そこから花咲くこともあぁるッ!!>


 おっさんは……搭乗機ステイブルを巧みに操って、右腕を折り曲げて筋肉を誇示するかのような勝利ガシシポーズを見せつけてくるけど。私に向けて応援エールを送ってくれてるんだ……!!


 やっぱり、絶望なんてするもんか。逃げる、逃げ切る。今はそれだけを考えてそれを為す。それが、それこそが私の「勝利」であるはずだから……ッ!!


 再び「黒三角」に拳を突き入れ始めたステイブルの背後、開いた「道」を全開フルスロットルで抜けていく。


 ありがとうおっさん……ハズレ回なんて思っててごめんねおっさん……


 私の声にならない声をその場に残し、単車は眼前に見えて来た、駅前の空間ををそのまま切り取ったかのように地面に口を開けた、巨大な「黒い穴」の右側を迂回しつつ、さらなる北を目指していく……!!


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