●atone-35:震撼×プルプル


 地区の中心部にぽかりと開いた直径50メトラァくらいの大きな「黒穴」……「イド」と呼称されているらしいけれど、その淵のそばを単車は飛ばしている。遠くから見てた時には気付かなかったけれど、その巨大な円は常に細かく波打っていたり蠕動していたり、とにかく動いていて、それだけで気持ち悪い。


 「沼」……って表現したらいちばんしっくりくるかも。それも「底無し」の。そして何かコポコポ言ってる感じの。


 さらに今はその「イド」の至る所から、大小さまざまな「怪物」が、うぞうぞと現れ出でてくるという異常極まりない事態なのだけれど。


 この地区を守ってくれている、私のママパパも属する「アクスウェル地区自警」……そのヒトたちが、片や生身で銃器をぶん回していたり、片や兵機をぶん回していたり。奮闘してくれている姿がそこかしこで見受けられた。


 しかして、私がそばを通るだけで「誘引」という厄介なことは起こってしまうらしく、単車は常にうしろを追跡してくる「マ」たちで鈴なり状態だ。ジカルさんから託された「拳銃」をおっかなびっくり後方へと撃っている私だけれど、狙いも何も付けているわけじゃないから、威嚇にもなっていないかも。


 それでもジカルさんの超絶攻める運転により、怪物は接近させていない。このまま……「北地区シェルター」へと逃げおおせれば……っ


 とか、そんなことを思ってしまう時ほど、望んでいないことを引き寄せてしまうんだってこと、いい加減に学習しとかなきゃならなかった……


<!!>


 ジカルさんの息を飲んだ音が、インカム越しに聞こえた。瞬間、急ブレーキをかけられた車体が大きく後輪から横滑りしていく……!! そして単車の正面にひときわ大きな衝撃が。


 んんんんんッ!? と声にならない声を引き結んだ唇から出しながら、私は自分の身体が勢いよく斜め後方へと飛ばされていくのを感じている。


 何かに、ぶつかった。いや、ぶつけさせられた。


 ゆっくりに感じる時間、音が聴こえなくなる空間の中で、私はどんどん斜め下へと遠ざかっていく横倒しになった単車の姿と、衝突した「何か」に視点が合っている。白い、一本脚の、奇妙な「マ」? 


 瞬間、舗装された道路に右肩から落ちた私は、さっきえぐられた傷口に衝撃を受けてその激痛に声を上げそうになるものの、舌を噛まないように歯を食いしばって、体を転がされるままにされながらも耐える。頭が……じんじんする……


<ようやく捉えたで、『ブリッダー』ちゃんよぉ>


 うつぶせで、右頬を路面に擦りつけられたままで。霞む視界の中で見えたのは、小さな体中を、乾いた白い軽石みたいなのでびっしりと覆った、見たこともない生き物だったわけで。脚かと思ったのは右腕……頭と胸と腕一本、それだけで構成されているという、度外れて奇妙な姿だ……その頭部には不釣り合いなほど大きい「瞳」が、「軽石」の隙間から覗いている……私の方を、興味深げに覗き込むように。


しかもどこから声出しているか分からないけど、何とも言えない訛りイントネーションでこちらに喋りかけてきている……


 もう驚くことにも慣れ疲れた私は、身体中に感じる痛みも相まって、急速に諦めのどん底へと落とされそうになっているのだけれど。


 ジカルさんは……? この体勢からは姿も見えないし、耳を澄ませても声も聞こえてこない。そんな中、


<……嬢ちゃん、ワシと一緒に最強の生物やらを目指そうやぁ>


 「軽石」がそんな軽い感じの言葉を投げかけて来る……どことなく愉悦喜悦を滲ませながら。最悪の気持ち悪さだ。そして多分、私を喰おうとしている。最悪だ。


「……」


 でもだからと言って、もうどうすることも出来ない……ママ……パパ……心の中で呼んでみるものの、流石にもう絶妙のタイミングで助けに現れてくれるなんてことは無さそう。エッコ……ごめんね、ありがとうって言いたかった……ツクマ先生とうまくいくといいね……


 ぐるぐると回る思考が、だんだんとその速度を緩めていくように感じた。私の意識が遠のいていく……まるで眠りに引き込まれるように……ああ……これが「夢」なら……夢なら覚めるタイミングだと思うのに……やっぱりこれは現実……ああ……


 断絶シャットされそうな刹那の、まさにのその刹那、だった。


―そのわぁぁぁぁぁぁあん……


 いきなり頭蓋骨の中で。男とも女ともつかないようなヒト(?)の、もったりした声が響き渡る。まさか……またしてもいいタイミングで……私を助けてくれるヒトが……なの?


―アタイのものよのさぉぉぉぉぉぁぁぁぃぃぃぃん……


 尋常じゃない余韻の仕方と、聞き慣れない一人称に、あ、これ違うな、知ってるヒトでも面識ないヒトでもないな……という何故かは分からないけど確信みたいなのを全身で感じている。


<……何つう、耳障りな声やねんアホぅッ!! 自分何モンやぁッ!!>


 私を喰おうとしていた白い「マ」が、「瞳」をしかめる、といった表情をその方向……「穴」の方へと向けながら、図らずも、私を代弁してくれるかのような質問を投げ放ってくれるけど。


―ヴぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……ッ、ちゅぅぅぅうううぅぅぅううう……ッ!!


 てんで聞いてなさそうな感じで、さらにの腹まで響くような大音声を響かせてきたわけで。その異様な音波に、周りにいたヒトも「マ」も、思わず動きを止めて「その方」へ注目している状態……いったい何が……


 刹那の、刹那の中の刹那だった……


―……


 「穴」の淵に、掛けられたのは、巨大な「手」のようだった。でも全体が乾留液タールにどっぷりと漬けられたように粘ついていて、そしてそれがずろずろと滴り落ちてきているという、見た目が醜悪で奇態でおどろおどろしいことこの上なく。


―ヴぁあああぁあああぁぁぁ、ちゅぅぅぅうううううううう……!!


 さらにその向こう側から、同じように粘液どぶ漬けになった頭部と思しきものが、ずぞぞぞと「穴の液面」から浮かび上がり、さらにの重低音を、こっちの身体がびりびりするほどに発してくるに至って。


 ウワァァァアアアッ、ウワ、ウワァァァアアアアアアアッーッ!!


 私含め、その場にいたほぼ全員が、そのような恐怖の根源を揺さぶられた時にしか出し得ない、腹からの絶叫を綺麗に同調ハモらせていくばかりなのであった……


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