●atone-36:逸脱×サングロー


 あまりにも「現実」という名の階段を二段飛ばしくらいで駆け上るかのこの状況に、目も鼻も口も、毛穴でさえも開きっぱなしなんだけれど。


「……!!」


 ともかく、伏した私の目の前で、黒い「穴」から巨大な「手」と「頭」が浮かび上がってきて、そしてどんどんその威容をゆっくりとこの場に露わにしてきている……鋼鉄兵機ジェネシスくらいのガタイの大きさ、の黒い粘性液体に包まれた「上半身」が、今や穴の上にぷかり浮かぶかのような、そんな力入ってない感じでぼんやりしているようだよ怖いよぅ……


 新手の「マ」なのか、でも「マ」の皆さん方も一様に不審と恐怖がないまぜになったような反応リアクトしてたよね……もぁう、何が何であろうと驚くもんか、と捨て鉢思考が動けない私の中で暴れまくっているけれど。


―いらっしゃぁぁぁぁぁいぃぃぃぃんんんん……


 でもやっぱりその浮世のものとは思えない、聞いてるこちらの毛穴全部をめくりあげるかのような何とも異様なる声は、驚きとは別の何かを緻密に植え込んでくるかのようであって。


「!!」


 でもってなす術なしの私は、あっさりとその汚泥したたるその「右手」にひょいと掴まれてしまうのであるけど。


 嗚呼……今度こそ喰われる……思えば平凡な十五年いっしょうだった……もっと恋もしてみたかったし、願わくばあの「夢」のように鋼鉄兵機を駆って自在に駆けたかったよ……


 結局私は傍観者だった。傍観者のような人生……自分で何を為すこともなく、ただ憧れて流されて何事もなく過ぎ行きて終わる……当事者になったかと思ったら、命を狙われる側になった。モブい人生……周りの人たちの輝きを横目に、私はただ、ここで終わっていく……


 まったりとしていながらそれでいてしつこくないといった、何だかよく分からない質感の黒い「粘液」が私の全身を隈なく覆っていく。温かいような、冷たいような。それすらもはっきりしないのは、私の意識がもう限界だからなのかも。


 終わりだ。ここで。


 瞼ひとつも、もう動かせないまま、私はその気持ちいいんだか悪いんだか分からないレベルの柔らかなモノに包まれていく……そしてゆっくりと、ぺりぺりと剥がれ落ちるかのようにして、私の意識は途


 ……


 ……絶えなかったわけで。


―やっぱりぃぃぃぃん……アタイらのカラダの相性ってバッチぐーな感じやのおほぉぉぉぉんん……


 もったり声が、いつの間にか私の「内部」から響いてきているかのように感じられた。その言ってる意味は0.2mmメリリオンも理解できなかったものの、身体に感じる「全能感」のようなものに、戸惑いと昂揚とを同時に大動脈あたりにぶち込まれているような、


 ……自分以外の世界を俯瞰するかのような、そんな立ち位置にいることを何故か脊髄辺りで把握しているのであった……いや、あれだよね、私も大概おかしくなってきてるよね……ここは一体、現実なのか夢想なのか、現世うつしよなのか常世とこよなのか……


「!!」


 次の瞬間、弾けるようにしてはっきりとピントが結ばれた「世界」を見下ろしながら、私は自分のいる場所が100ペルノサント曇りない現実シャバであることを悟る。


 私の生まれ育った地区まちが、眼下に広がっている……いい景色……とか思ってる場合では無さそうだったけれど。


 ここに住む人たちが、「災厄」の後も懸命に直し作り上げてきた地区まち……丘の上から、とはまた違った「上方」から眺め下ろすことで、やっぱりそれは美しいんだってことを実感する。そしてそれを色気もへったくれもない「黒」で侵食しようとしてくる輩が蠢いているということをも。


「……!!」


 左右に少し目線をずらすと、ああこれは「夢」の中でよく見た「操縦席」だよ……それもママの乗ってるジェネシスのによく似ている……私はそこにぴったりとはまり込むようにして着座し、そして伸ばした両手にしっかりと「操縦桿」らしきものを掴んでいるわけで……一糸まとわぬ、清らかなる姿で。


 ……え、何で全裸?


 きぃゃぁぁぁぁぁぁぁッ!? と自分のあられもない姿アンドそんな恰好で機械メカメカしいモノたちに囲まれてぺっとりと座っているという異常な事態に、思わず両手で大事なところを隠そうとしようものの、身体は完全にすっぽりと席自体に嵌まっているようであって、いまのこの姿勢からまったく、腕すらも動かせない状態なのだけれど。


 どんだけ人の想像を超えてくれば気が済むんだろう……


 私はもう、これら諸々のことに対して諦めの境地というか、それ以上のこうなりゃ食い気味で乗っかっててやれい的な、半ば以上の投げやり感に、全細胞がささくれ立ってきているのを実感している。と、


―大丈夫よほぉぉぉん……アタイとアンタが『一体』になれば、全ての『美徳』は思うがままなのよのほぉぉぉん……


 頭の中に響いてくるのは、相変わらずのわけわかんない言葉ワードのてんこ盛りなのだけれど。瞬間、私が座らされている「操縦席」から染み出すようにして、鮮桃色どピンクのゼリーのような、ぶよぶよした物体が湧き出てくる。


 そのぬらりとしたおぞましい触感に全身が弓なりにしなってしまうけれど、それでも体はぴったり席にフィットして少ししか持ち上がらない……そうこうしているうちにそのゼリーは私の思春期に特有の生硬さと柔らかさを双方有した奇跡のようなしなやかな体をぶわわわと覆っていく……


―『合体』ッ!! よのさぁぁぁぁぁぁんんッ!!



 例の謎声がまた響き渡った瞬間、私の意識は、ぐわばとその半径を一気に押し広げていったようであり。瞬間、私は「巨人」と化していたようであり。


「……」


 立っていた。私が。黒い「穴」の中からよっこいせといったような風情で足を淵に掛け体を引き上げ。


「……え」


 立って辺りを睥睨していた。巨大な私が。


 本日いちばんの突拍子の無さに、これ以上は無い真顔で応対する他ない私であったけれど。ふと「自分」の手を見ると、「体」を覆っていた汚泥のような黒い粘性物は重力に従って垂れ流れ落ち始めていて。


「……!!」


 その下から、金属の光沢を持った、あのジェネシスのような人型の機体からだが現れ出でてきていたわけで。


 現れてきたはきたものの、その「操縦している」というよりは「一体化」しているような感覚に、戸惑い立ち尽くすばかりな私であって。うぅぅん、もう何が何だかわかんねぇぇぇぇ……


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