●atone-14:漸減×カーマイン


「アンちゃん、口が、半開いてる」


 至福の給食時間を終え、昼の休み時間終わりに、実習のためにまた更衣室へ着替えに行く際、追いついてきたエッコにそんな注意を受けるものの、いやいや、さっきの「質問」、なかなかですなぁ……と肘まで入れてくるので、いやいやいや、なかなか、なかなかですぞぉ……、との、あまり意味を為していないような言葉をワルそうな顔で、ワルそうな顔へと返す。


 ツクマ先生センセには、割と印象残せたかしらん……今日も帰ったら猛勉強だわん……みたいな、満腹も相まって、そんなほわほわな思考を巡らせながら着替えをする。そこかしこから聴こえてくるかしましい声も、話題は結構その人に集中しているような気がして。むふふ、と内心だけに抑えきれずにほくそ笑む私だけれど、次は実習だ。よりお近づきになれる好機チャンスと見た……これを逃すことは出来ぬ……


 ……そんな、ほんわかてかてかした空気を、急激に冷やしかき混ぜるかのように、だった。 


 オレンジつなぎに着替えて工具箱持って、さて行きますか、と渡り廊下へと連れ立って出た、まさにのその時だった。


「……!?」


 遠くの方から、うねりのような音が聴こえた気がした。お祭りの時のような、遠くで大音量が発せられているような、そんな感じ。人の声だ……怒号とか、悲鳴とか。渡り廊下の右方向には、校門があって、その先の左手側は例の急坂なんだけれど、真っすぐは平坦な、駅前へと連なる大通りが見渡せる。


 どうやらその辺りが、何か騒がしいようだ。豆粒くらいにしか人の姿は確認できないんだけれど、その豆粒たちが一様に、こちらに向けて駆けて来ているように見えた。


 何かから逃げるかのように。何というか、尋常じゃあない。


「!!」


 そんなことを考えていたら。聞いたことない、甲高くそして精神に来る「警告音」みたいな大音声が私たちの耳を打ったのであって。騒ぎが起こっているところから目が離せなくなっていた私は、「豆粒な人々」の群がりの奥に、黒い煙のようなものが沸き起こっているのを見てしまっていたのだけれど、別棟の入り口から飛び出してきたキモい汗を額に浮かばせたゴリカワが、はやくホールに入れッ、とそこまででかい声出さんでも聞こえるぅ、くらいの、これまた大音声で怒鳴りつけてくるもんだから、しぶしぶそれに従う。


 ホールに入ると、先に着いていたクラスのコたちが、どうしたんだろ? とか聞いてくるけど、私らにも分からない。「警告音」は3回×2セットくらいで止まっていたのだけれど、今度は全校放送のマイクが繋がったような雑音ノイズがしたかと思って身構える。けど、ざわついている音が断続的に拾われるだけで、一向に状況ははっきりしてこない。と、


<あ、全校ほうそ…です……さき…ど、……より、本学に『……警報』が出さレ…しタ……生徒のみ…さんは、落ち着…て、別棟へ移動をはじ…てくダさい……繰り返…ます、……>


 ざりざりのぶつぶつのその放送だったけれど、何となくの緊急事態だということは悟らされた。「警報」。さっきの「黒い煙」……ひいてはお昼前に私の聴いた「爆発音」が関わっているのかな……だろうなということは、察せられたのだけれど。


「……!! ……!!」


 とは言え、周りのヒトらはあんまり緊迫感無いよ。実習を次の時間に控えていた私たちのクラスと、もうふたつ、この別棟の別部屋で授業を受けていたクラスの合わせて100名くらいの生徒がこのホールに集まっていたのだけれど、体育座りでひしめくその群れは、口々に面白がっている感じでおしゃべりを続けていて、ホール内がうわんうわんとざわついている。


 うぅぅん、いったい何なんだろ。とりあえずはここで待つほかのことは出来ないけど。それより、ツクマ先生がゴリカワの代わりに私たちのクラスに、おそらく引率としてついてくれているみたい……壁際の方で何か私らのクラスのカースト高いグループと談笑しておる……どうにかそこに混じれないか……いやそれは流石に無理か……やきもきとする気持ちを胸の底に落とし込むと、まあまだチャンスはある。あると信じて今は待ちの一手であろう……と、またしても言葉が定まらなくなってしまうまま(癖?)、肩を寄せ合ったエッコと「今後の作戦」についてこしょこしょと話し合うのだけれど。


 そうこうしているうちに校内にいた生徒がぞろぞろとホールに入ってきた。みんな一様に困惑そうな表情を浮かべながら。


 総勢400人近くいるから文字通りぎゅう詰めだよ……後ろのコの爪先が脇腹に入っていてっとかなるけど、戻って来たゴリカワはじめ教師ほぼ全員が詰めろ詰めろ怒鳴ってくるので身体を小さく丸めつつ、ちょっとこれずっとはキツいな……何で式典とかやる方のでっかい講堂ホールの方に集めなかったんだよ……とか、どうせ聞こえないだろうからぶつぶつと呟いていたら。


「……?」


 あれ、何でまた、こんな時に強烈な睡魔様が襲ってきた……四方八方から身体を押されるうちに、それが何だか心地よくなってしまったのか……お昼がっつりと無論タルトまで完食してしまって結構な満腹を抱えていたから、自然の摂理として眠気を誘発されたのかな……とか思う間もなかった。すとん、と途切れるようにして、私の意識はそれきり途


…………


<ストラードⅡ騎にきッ!! 応答をッ!!>


 切羽詰まった感のオペレータの声。大丈夫、状況は把握してるから。


<場所は分かってるっ、5号から西に分かれるとこまで『キャリアー』で運んで!! そっから先は走った方が早い>


 大丈夫、私は落ち着いている。ヘルメットをちゃんと被り直すと、機器の居並ぶ狭い操縦席スペースの中で、手順通りに機体を起動させ始める。その間にも前方のカタパルトは上下に割れ分かれていき、陽光差し込む、見た目平穏な風景が広がるけれど。青い木々の葉も目に快いものの。


 いつものとは違う、ということを、肌で感じていた。規模、とか、よりにもよっての場所、とか。


 でも落ち着け。私なら出来る。……と、


 視界の先から、とんでもないぶん回し方で、大型の運搬用車両キャリアーがバックで突っ込んで来た。砂利を車輪が噛み込む音が耳を突く。


<乗せろッ!! あと2ビョゥンで出すッ!!>


 無線機インカムからは、上官カァージさんの、普段はめったに出さないような大声。うぅん、やっぱり気は引き締めないとぉッ!!


「……」


 鼻息を一発鋭く突いた私は、機体の右足をねじるように踏み込むと、次の瞬間ふわりと空中へと、低空で跳躍をかます。天井のあまり高くないこの機体庫ケージ内での急な動きってのは本当は御法度なんだけれど、そうも言ってられない。


 斜め前方の中空に滑り出すように機体を動かしてからは、操縦桿を細かく流れるように押したり引いたり回したり、そこに設置されている大小さまざまなスイッチを、十指全部を使って鍵盤楽器を奏でるようにしてON/OFFしたり、首の上げ下げ、肩の動き、腰の捻り、足首を使って様々な挙動を同時に機体へと伝えていく。まるで情熱的に踊りながら演奏しているかのように。うん、いつも通り。その激しい所作とは裏腹に、私は落ち着いてる。


 空中で軽やかにその態勢を変化させていく。機体の両膝を最大まで曲げ、胸に付くまで引き上げる。両足首はぴんと反るように伸ばしきらせ、両脇は開いて両肘を限界まで曲げ込み、指先は正面で揃えて額に付けるように。機体カラダ全体を丸め込むように。


 その、「お嬢さんを僕にください」的な体勢フォームこそが、キャリアーで運搬される時の最速形態なのである……決してふざけているわけではない。


「……カァージさんッ!? 出せますよッ!?」


 飛翔フライング土下座から、キャリアー荷台への衝撃は最大限殺しながらの、この上ない角度で滑り込みスライディング着地を決めた私は、機体脛部にきっちりと接合具ジョイントがカマされたことを確認したのだけれど、まだ発車しない。どうしたの?


<……あ、ああ、いやいつもながら天才へんたい的な操縦だな……じゃないッ、キャリアー発進ッ!!>


 呆れと驚きを孕んだ上官の声と共に、ようやく車体キャリアーは急発進の振動を伝えて来る。


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