霧の怪人と

――この世界ちきゅうには、怪人ばけものがいる。


全身軟体の男。

振れるだけでハッキングを終わらせるハムスター。

汲めど尽きぬアイディアの泉(物理的に存在するらしい)。

燃える剣を持つ不死の女。

プルトニウムを主食にする骨。

奇声を発しながら原稿を取りに行く編集者。

器物を取り込み続けるロボ。

霧とともに現れたる殺人鬼。

自称「神」を名乗るぐーたらなニート。

あるいは、あるいは、あるいは――


…すべてが、本当かどうかはわからない。

だが、それらは確かに

これは、そんな世界の――



…初めは多分、復讐だった。

ぐちゃぐちゃにされた今は、もうわからない。



月が、赤い夜だった。私の14歳の誕生日だった。


駆け足で帰ってくる私。扉を開ける。

そこにあったのは、ぴちゃん、ぴちゃんと血を滴らせる両親の死体と――


「キヒヒ、よぉ。今日はいい月だぜお嬢ちゃん」


笑い方が汚く。

銀色の長髪。女性にしては背の高い。

ホットパンツと短いTシャツ。へそが見える。胸は大きい。

それにぼろのマント。包丁が二本。

それが、私の目の前で血の霧を纏っていた。


――これが、「霧の怪人」通称ジャック・ザ・リッパーの初めての犯行だったと、後で聞いた。

ひとしきりアイツに凌辱された後の私の耳には入らなかったけれど。



――当然、私はアイツ…ジャックを追った。


ジャックは霧とともに現れ、霧と共に去る。

晴れ男や雨女の霧バージョンみたいなようだ。

ジャックの「霧」の能力は一定範囲内に霧を立ち込めさせて、姿をとらえられなくする、一種の結界のようなものだとも分かった。

基本的にその中では無敵に等しいことも。霧を使っていろいろできることも。実体がなくなるわけではないことも。


それがわかるまでにも幾度となく捕まり、凌辱された。


「…なぜ…私を殺さないんだ…!」

一度、そう聞いたことがある。


「んー、キヒヒ…あんたは多分”素質”あるからさ。なんというか目がね…」

アイツは片手間に私を犯しながらそう答えた。

「後、俺は楽しいことが好きでね…あんたを生かしておいた方が楽しくなりそうだから、かな」

アイツは、そうも答えた。私はアイツの下で何度か絶頂していた。すでに体はアイツに屈服していた。

「それと、アンタを犯すのは楽しいから!好きだぜ、良い反応してくれて。キヒヒヒヒヒ!」

――アイツは、そうも答えた。

屈辱と悔しさと凌辱される気持ちよさと好きと言われて背筋をぞくぞくとはい回る嬉しさとがないまぜになって私は何も答えられなかった。



「~♪」

足取り軽く。俺は夜を歩く。

いつも俺を追いかけてくる奴が結婚すると、風のうわさで聞いた。

それは何だか、面白くない。つまらん。

なのでその結婚相手を殺すことにした。


さあて、どんな顔を見せてくれるのだろうか。

両親を殺った時以上にいい顔を見せてくれるだろうか。


「キッヒヒヒ、きーりとともにーやってくるーおいらはおいらは~♪ジャック・ザ・リッパ~♪」


その時を想像しながら、俺は部屋に入る。「霧」を使えばカギなんてないも同然だ。


「んな」「ジャックちゃんのお届け物デース!死のプレゼント!返品は不可能だぜ!」


それらしき奴の首を落とす。

さてさて、後は初めての時みたく帰ってくるのを――


カチン。


その時、家が爆発した。



「…キヒヒヒ…こいつはまた、してやられたな…」


「霧」の範囲は一定範囲。

ならば、その全てを吹き飛ばせばいい。

その予想が正しかったことを、目の前に横たわるジャックの姿が証明していた。


「結婚とかも、嘘だったか?」

「いや、それは本当だった」


「…キヒヒ、じゃあなんだ、アンタ俺を殺すために結婚相手を囮にしたのか!キヒヒヒヒ!」

「ああ、こうすればオマエが来るのはわかっていた」


自分自身ですら驚くほどに。心は平静を保っていた。

結婚相手などどうでもよかった。


「ンンッ…良い目だ…やっぱりな…俺の判断は正しかったな…キヒヒ」


私の心を波立たせるのは、いつもこいつジャックだけだ。


「あんた、怪人の素質あるぜ…心情系かな、キヒヒ」


コイツが笑うたびに、私はどうしていいかわからなくなる。


「キヒヒヒ、さあ…あんたは俺をどうしたい?俺は動けねえぞ、好きなように出来る」


笑うな。笑うんじゃない。凪いだ心がぐちゃぐちゃになる。

私は。私は。私は私は私は――


「あんたの心を、叩きつけて見ろよ…キヒヒヒヒ!」


とても、とても楽しそうに笑う。コイツを――

私は。

私は。

私は。


――ああ。そうか。

復讐でもなく。正義感などでもなかった。


――右手に、何かが生成される。


私は。


――右手にあるものは、首輪。


私は、こいつを。


――その首輪を。ジャックに。


私は、こいつを、手に入れたかったんだ。


――そして、私は自分からジャックを犯し、そして手に入れた。



――この世界ちきゅうには、怪人ばけものがいる。


ネットワークに潜む電子生命体。

隕石を降らせる魔法のステッキ。

会えば祟られる流浪の祟り神。

履けば神速を約束する靴。

本当に変身できる変身玩具。

編集者から逃げ続けているのになぜか原稿は上がる漫画家。

骨なら何でも食べられる犬。

高速道路に現れたる伝説の走り屋。

精神に働きかけ永遠の隷属を約束する警官。

あるいは、あるいは、あるいは――


…すべてが、本当かどうかはわからない。

だが、それらは確かに

これは、そんな世界の――


「…怪人事件特別捜査部?けったいな名前だなあ、飼い主さんよ」

「けったいかどうかはどうでもいいだろうジャック、まずは私たち二人で走り回る犬のように事件を解決するんだ、ついでに怪人も捕まえて戦力にする」

「犬て…夜はネコの方が多いくせに」

「い、今はそれはどうでもいいだろう!」

「じゃあ今夜は俺がネコの方がいいかい?キヒヒ」

「~~~~~ッ!」

「キヒヒヒ!なんにせよ、楽しくなりそうだ!」


首輪をつけられた殺人鬼と、それを所有する持ち主のお話。


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