渇望、切望、七転八倒
足りない。
足りない。
何もかもが足りない。
◆
私には、私の欲しいものは一つもなかった。神様がくれなかったのだろう。
クラスのみんながうらやむほどの美貌も。
1徹したぐらいでガタが来たり等しない健康な体も。
「~♪うひひひひ~♪どどーんとなってしゅばーんだぜい」カタカタカタカタ…
――この、目の前ですっっっっっっっごく楽しそうに小説を書いている奴に勝てる、文章の才能も。
「…………はぁ……めっちゃ目の前ではしゃがれると迷惑なんですけどー…」カタカタ…
「いーじゃんいーじゃん、どうせ部員は私ら二人しかいなのじゃぜ
「あーうっさいうっさい、後描画って呼ぶな、むかつくのよその名前」
「ボーズがジョーズにビョーブに絵を描いた……」ターン、タターン。タタタターン。
――この変なことをほざきまくりながら軽快にコンテスト用の小説を書いているこいつは
「脳直で変なこと言ってんじゃないわよ、あともうそれエンタ―キー叩くのが楽しくなってるじゃないの」
普段変なことを言いまくってる映子に、私は一度も勝てていない。小学生のころから。
「いやあ、ちょっと飽きてきちゃって」
「あーはいはい、そう言いながら最後には3,4徹ぐらいしてでも間に合わせるじゃないの」
「いや、そうじゃなくってなんというかねえ、もう小説書くのやめちゃおうかなーって」
――さて、そのような私が一方的に劣っている状態で、いきなりそいつがその才能を投げ捨てだそうとしたのを聞いたら、私はどうするでしょうか?
答え:ぶん殴る。
「ッッッま”え、ん”っっとふ”ざ”け”ん”なよマジで!!!」
どんがらがっしゃん。
空手部仕込みの右正拳(体を丈夫にする一環でやっていた)を叩きこんだ体制のまま私は叫んでいた。
映子にかかると効果音まで呑気な気すらしてきてムカつく。
「ぐへえ、いったいなあ、でも腕は狙わないあたりが描画ちゃんって感じだねえ」
叩き込まれた当の本人はいつも通りのへらへら顔で、それが私を更に苛立たせる。
「おっま、お前、私が、お前!」胸倉をつかむ。
――私が、”それ”をどれほど欲しいか知ってるくせに!
「――私は、別にこんなもの欲しくなかったよ」”それ”を持ってる彼女は言う。
「描画ちゃんみたいにこれで生計を立てようとか思ってもなかったし」
まるで、”それ”が呪いであるかのように。
「私は、ただ適当に私の読みたいものを書いて、笑って、適当に楽しんでいられればそれでよかったのに。」
「――だから、ある意味では描画ちゃんが羨ましいよ」
本当に、疲れ切った顔で、そう言い放ちやがったのだ。
「~ッオ”あ””あ”ァつ””ッtぅッッ”ぅt”””!!!」
――その後のことはいまいち覚えていない。
でも腕だけは折らなかったはずだ。
私の腕よりは価値が沢山あるはずだから。
◆
「――私、何やってんだ…」
家の自室でぽろりと出る。
「………腕を食べれば才能がもらえるっていうなら今頃腕っぷしの強い奴らが天才どもの腕食べて一番だって言うの…」
「……書くか」
死んだ瞳で続きを書く。徹夜のできない私はスケジュールを破っている余裕などない。
今回のお話は、天才の作家と、それに届かないへぼ作家のお話だ。
「…本当に、何やってんだ、私…」
自己嫌悪に陥り。届かないものを見て。うっかり暴力まで振るい。
こんな、自分の傷をえぐるばかりのお話まで書いて。
――それでも。私はあいつの文章から離れられない。
「……私の文章も、アイツを引き留め続けられるぐらい上手けりゃあすべて解決したのに、な…」
暗闇の部屋に、その呟きは溶けて消えた。
◆
賞の結果は銀賞だった。
金は、アイツが入院中に書いた作品だった。
◆
「~♪描画ちゃんの新作~♪」
入院から帰ってきたあいつがまずしたのは、私の銀賞を目の前で読むことだった。
いじめか?
「いじめか?」いやマジでいじめか?自分の惨めさが凄い。
「?違うけど?」キョトンとした顔してやがる。
「あーそうかい、ならせめて私のいないところで読んでほしいけど、ケッ」
「え、やだ。断固として拒否するよ」ぺらぺら。
「…………はあ」私も映子の作品を読み始める。
「私をぼこぼこにした後の作品は嫉妬やら妬みやら嫉みやら悪意やらが沢山つまってていい作品になってるんだよね~♪」ぺらりぺらぺら。
「流石に入院まで行ったのは初めてだけどな」ぱら。ぱらぱら。
――ああクソ、やっぱり美しいな…こいつの文章…
「私、描画ちゃんのお話好きだよー、私にないものがすべて詰まってて」
「嫌味とかそう言ったものとして受け取らせてもらうよ」
「それでこそ描画ちゃんって感じだよねー」
――ああ、こうしてずっと私は近くで、届かない光を見続けてるんだろうな。と思う。
「――しかし、映子にない物って何よ、アンタ基本文章に関してはすべてのものがあるじゃない」
ふと浮かんだ疑問を映子に聞く。純粋に気になったし、作家としてそういう疑問はつぶしておきたい。
「だからじゃないの。何でもあるから、”なにもない”人の文章は書けないもの。だから羨ましい」
「いやマジでぶっ殺したくなったんだが?」いやマジでぶっ殺したくなったんだが?
「私を殺したらどれぐらいの傑作が出来るんだろうね、でも私が読めないんだよなあそうなると」
「お前、本当にお前さあ……はあ……いいや、いくら言っても無駄だ」
「いえーいピースピース」
「良し、一回ぶっ飛ばすわ」
とまあ、これが私たちの日常。
”ある”ものを羨望するできそこないの作家と、”ない”事を羨む最高の作家のお話。
◆
「私が最高の作品を書く、描画ちゃんが狂う、良い作品ができる、私がうれしい、これだ」
「ねえ、そこまでして私の文章読みたい?そんなに?」ギリギリ…首絞めの音が響く
「ぐええ…わりと…」
――ああ、私はいつまでこいつを殺さずにいられるのだろうか。
次回に続く。なんつって。
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