無用の祝福

――何が祝福だ。

こんなもの、呪いに等しい。



「――なあ、いい加減私を死なせてくれよ」


私は何時もの如く街を歩き。


『えー、やなこったい。僕は君を絶対死なせないよ、永遠に』


何時もの如く、私にふよふよと右肩当たりに浮かぶ自称”神様”に悪態をつく。


ゴンッ。ノーモーションで裏拳を打つ。鈍い音がする。


『もー、いったいなあ』

そしてこの神様は平気な顔でそれを受ける。


「……はあ、痛くも痒くもないくせに適当言って…」


『えーばかーんいやーん、キミに嫌われると僕の心が痛いんだよー』


ほざきやがる。くねくね動いている、気持ち悪い。


ちらりと変な動きをしてる神様を見る。


巫女服(自分の神社の物らしい)を着て。

真っ白で長く、サラサラの髪。

私と同じぐらいの身長に、私とは比べ物にならない大きさの胸。でかい。むかつく。


実際容姿は神様だと認めてやらなくもない。

やってる所業が悪魔のそれだが。しかも押し売りの。


「……はあ」


何度目かわからないため息をつく。

どうしてこんなことになったんだっけ。


私の意識は過去へと飛んだ。



――こいつが現れたのは、私が今まさに屋上から飛び立とうとしていたその時であった。


『ぱんぱかぱーん!君はこのたび、でっかい神社を持つこの僕気に入られてしまいましたー!』


「は?」私は一瞬あっけにとられ。少し考え。


「あっそうそれじゃ、ばいばーい」それを無視して屋上から飛び降りた。


無視して死ねば別に問題ないだろう。

――この時の私はそう思っていた。


『あっもうせっかちだなあ君は!ちょいやー!』


びびびびび。そのような感じの音を立てそうな謎の光線を私に食らわせるそいつ。


痛くもかゆくもなかったけど、これが不幸の始まりだった。


――ゴシャァッ。自分の頭蓋が割れる音を聞いた。


ドシャン。そのまま自分の身体が頽れる音も聞いた。


――そして、自分の意識がまだ途切れず。


――四肢に力を籠めると、動けてしまうことを認めたくなかった。


そのまま私は暫くの間抵抗するように、ぴたりと動きを止めていたが。


『どーですかこの僕の祝福!君はちっとやそっとじゃ死ねない身体とかそういう感じになったのです!』


「…………死ね!!!このくそボケ野郎が!!!」


――頭上から降ってきたそいつの言葉に反応して私は自分の脳漿と共にそいつをぶん殴った。

全然効かなかった、ガッテム。



『とまあそういう感じなんですよ、わかりましたか今の回想を見た読者の皆さん!可愛らしいでしょう』


「いや、あんたどこ向いてしゃべってんの」


――その後もこいつは、「神の祝福」と称して、私に要らない色んな能力を授けてくる。


――例えば、私を虐めてくる奴をこいつがぶっ飛ばしたりとか。

一緒にいると怪奇現象が起こる女として有名になった。

学校にはいられなくなった。


――例えば、年を取らなくなる能力だったりとか。今私何歳だっけ…

これのついでに不死にもされた、おかげで一所に止まることもできない。

数少なかった友達ももう全員先立ってしまった。寂しい。


――例えば、睡眠食事をせずともへっちゃらになる能力だったりとか。

飯を食わずに死ぬことすらできなくなった、どうしてくれる。

一日ずっと寝て過ごすことすらできない、くそったれが。

まあ、今私家ないんだが。


とまあ、一事が万事この調子である。


「……はあ……」


『いえいいえい、どうしたんですかーため息ばっかりついて』


「お前のせいだよ馬鹿!!!ここ五十年ぐらい毎日言ってるわ!!!」


もう何百年となく一緒にいるが、こいつのことは全然わからん。


「――と言うか、何であんた、私を気に行ったのさ」


実際あの頃の私は何物でもなかった。

学校では虐められ、容姿もさして良いわけでなし、突出した特技も無かった。


今は永く生きたせいで身に着けた色々があるが、こんなものは誰にでもできる類のものだ。永く生きていれば特に。


『んーん、んんんー…』

この神様は、ひとしきり考えて。


『うまく言えません☆』

その様なことを宣ったので。


「ぜってえあんたぶっ殺してやるからな!!!」効かない右ストレートを叩きこんだ。


こいつが死ねば私も死ねるようになるらしい。最近の私の目的はそれだ。

――まあ、実を結んだことはないのだが。


『まーまー気楽に生きましょうよ、ほらほらー』びよーんびよん。

私の顔を引っ張って笑顔型にしてくる。いや邪魔。


「ひはあんはふざふぇなひへ!!!」

――ああ、もうほんとに迷惑だ、どう考えても呪いの類だ。



――その子を一目見た瞬間、よくわからない感情が僕の中で走った。

今でもよくわかっていない。


ぼさぼさの黒髪。

死んだ目。

痩せぎすの身体。


何だろう、なんだろう。この感覚は何だろう。

人の子の間では「一目惚れ」なる物が存在するらしいが、これがそうなのだろうか。


わからない。

わからない。

わからない。


――この子と、一緒にいれば”これ”が分かるのだろうか。


いきなり飛び降りた。死なさないようにしよう。

この子が殴られている。邪魔者は死ね。

ひもじくて震えている。何も食べなくていいようにしよう。


――逃がさない、逃がさない、逃がさない。


”神”と崇められていた僕も、仕事を放棄して久しい。

そんなことよりは、この子と一緒にいる方がよほど大事だ。


ああ、楽しいな、楽しいな。

祝福を与えて、反応を返されて。

一緒にいるのは、楽しいな。



『こうして彼女は神様と永遠に一緒にいました、めでた「くなんてないわ馬鹿!!!」ばきーっ!


――こうして、不運にも”神様”に気に入られてしまった女性は、永遠にこの世をさまよい続けるのでした。

めでたくなし、めでたくなし。


「――いつか絶対めでたしにしてやるんだからねーっ!!!」

『はっはっは。逃がさないよー』

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