蒼き臨界のストルジア

３２

【イルカは、

　私達よりずっと優しくて賢（かしこ）いの】

【愛（いと）しむように遠くを見つめる目。

　そこには人語では太刀（たち）打（うち）ち出来ない

　イルカへの大（おお）いなるリスペク（ほこり）トがあった。

　それはまるで子供が、

　親の背中（いきざま）に目を輝（かがや）かすように。

　彼女はどこまでもイルカを愛していた。

　僕もそこに悔（くや）しさは覚えなかった。

　いやむしろイルカの優（すぐ）れた部分に感動し、

　素（す）直（なお）に嬉（うれ）しかった。

　僕はいつの間にか彼女と同じように、

　イルカを愛していた 】

【そうあなたも愛してくれるの。

　君は他の日本人と違う。

　本当はわかってた。

　でも許せなかった。　 ごめんね 】

【そこには普通の愛情とは違う、

　複雑（ふくざつ）な感情が溢（あふ）れていた 】

【私はあなたに意地悪（いじわる）していた。

　でも今は・・・

　そこで僕を見つめる彼女の脳裏（のうり）に、

　ある人物の顔が、一瞬 重（かさ）なった 】

【誰！？】

彼女はそんな僕の目を恐れるように、

アクアボイジャーを急いで外（はず）してしまった。

その一瞬で彼女の過去の記憶がよぎていた。

幼い彼女が水槽（すいそう）の中で交（こう）尾（び）するイルカを見て

たずねる。

『あれは何をしているの？』

困ったような大人の男の声が、

頭の上から響いてきた。

「あれは子作りしてるんだよ」

『あれで子供が出来るの？』

「うんそうだよ」

彼女は上を見上げ頭上で困った表情を浮かべる

男性らしき影が一瞬見えたところで、

映像は途切（とぎ）れた。

あまりに一瞬で男の顔はわからなかったが、

それでもわかった事はあった。

彼女はその男性を信頼していた。

彼女はその面影を僕に重ねたのだろうか？

僕は無（む）言（ごん）になった彼女を、

ボイジャーを被（かぶ）ったまま眺（なが）めていた。

彼女は逃げるように再（ふたた）び船内の電源を入れ、

途（と）端（たん）に真っ暗だった窓はその色を取り戻し、

深海の宇宙を映し出した。

彼女は罰が悪そうに僕を見つめると、

そっと僕の頭のボイジャーを外（はず）した。

そして僕の胸にうずくまるようにして

持たれかかると、そっと僕の胸をなぞった。

そこに何かの文字を刻（きざ）んでいるようだった。

残念ながらアルファベットで書かれた文字を

僕が読み取る事は出来なかった。

そんな彼女を見つめ、

全（すぺ）てがわからないからこそ、

愛は紡（つむ）がれていくのだと感じた。