18

『大丈夫よ』


いつか見た記憶の彼方の母親のぼやけた顔が、

忘れていたその声が鮮明せんめいによみがえった。


その幻影の輪郭りんかく徐々じょじょにはっきりしてくる。


「母さん・・・ 」


その顔が輪郭りんかくがじょじょにぞうむすぶと、そこには

不思議そうに僕を見つめる幼女の顔があった。


『大丈夫?』


人間、死期が近付くと昔の幻影が見えると言うが、

忘れていた記憶の残像の母に会えるとは

思ってなかった。


僕は幻でも母に会わせてくれた彼女に感謝した。


「ありがとう」


彼女は戸惑とまどった様にうつむき無表情でうなづいた。


『うん』


多分人生の浅い彼女には、

その方法がわからないのだろうと思った。


人との距離が。


その温もりのかわしかたが。


なんだ僕と同じじゃないか。


無表情に固まった彼女の表情を見て、

急に親近感がわいた。


僕は好きな子にちょっかいを出す男子の心情が

少しわかった。


僕はいたずらぽく彼女に話しかける。


「お礼に僕は君を守る」


『えっ?』


キョトンとした彼女に僕は続けた。


「僕は君を守る。君は僕を守る。

      約束      」


そう言って小指を出した。


彼女は僕を真似まねる様に小指をたてると、

僕の顔をのぞき見た。


『約束?』


小指をたてたまま不思議そうに僕を見つめる彼女。


『約束?

 契約けいやくじゃなくて?』


「そう約束。

 契約じゃなくて約束。

 約束は契約より重いんだよ」


彼女は少し考えてからうなづいた。


『ピーピーとキーキーにも同じ約束するなら

 いいよ』


「うん約束する」


そう言って逡巡しゅんじゅんする彼女に微笑む。


「日本では約束する時はこうするんだ」


そう言って彼女の指と指を絡めた。


びくんとする彼女に僕は微笑み、

約束の言葉を告げる。


「指切りげんまん嘘ついたら

 針千本ハリセンボンの~ます。

 指切った!」


彼女は不思議そうに自分の指を見て僕を見ると、

『ハリセンボン飲むの?』そうたずねた。


彼女が言ってるのは多分動物のハリセンボンだけど僕はまあいいかと思いうなづいた。


「約束やぶったらハリセンボン飲まないと

 いけないんだよ」


彼女は途端に痛そうに口をすぼめると、

涙目で僕を睨んだ。


『うん。やぶらない』


そのとき船体に「キューキュー」と言う、

ひときわ大きな声が鳴り響いた。

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