19


その声はいつの間にか「ギャーギャー」と言う、

悲鳴にもたものに変わっていた。



その声はこもったように段々小さくなり、

やがて聞こえなくなった。




 再び訪れる静寂せいじゃく




辺りはいつの間にか霧におおわれていた。




海面には無数の魚の死骸しがいがが、

酸欠さんけつあえぐ様に大きく口を開けたままただよっていた。



彼女は視界のきかない海原うなばらを見つめささやいた。



しおが引き始めてるって言ってる』



彼女はそう言うとシートベルトをはずし、

座席か飛び降りながらさけんだ。



「手伝って!」



その緊迫きんぱくに僕はシートベルトをあわててはずし、

彼女の横にならぶ。



「どうするの?」


もぐる!

 そこのべんを回して』



そう言って彼女が指し示した場所には、

映画の潜水艦なんかで良く出てくる、

円状になったレバーがあった。


僕はそれをにぎり彼女にたずねる。



「どっちに?」


『反時計回り』


「時計の進む方向と逆に回せばいいんだね?」


『うん!』



僕は手にめいいっぱい力をこめそれを回し始めた。


最初ほど固かったが、

回り出すとそれほど力はいらなかった。


僕はそれを回しながら彼女にたずねた。



「これは何をしてるの?」


『バラストタンク内に水を入れてる。

 浮き輪の中に水を入れて船体を重くし

 沈めてるの』



彼女はそう言ったあと仁王立におうだちで腰に手をあて、

高らかに宣言した!



急速潜航深度きゅうそくせんこうしんど300全ベント開け!』



彼女がそう言った途端とたんに船体がかたむいた。



「気を付けて揺れるよ」



僕はシートにしがみつきそう言うと、

それでも手はレバーを回し続けながらたずねた。



「でも水深が下がってるって良くわかったね」



彼女はそんな疑問に答えてくれた。



『ピーピーとキーキーのおかげ。

 イルカは響測音エコロケーションまたは反響定位と言って、

 クリック音の一種を出せるの。

 それをおでこのメロン器官で受け取って、

 解析かいせきしている。

 コウモリが音波で周りの景色を見るのと同じ。

 音波の跳ね返りで対象物の距離や大きさ、

 その材質までさぐれるの。

 これは軍事用にも転用されてる技術。


 イルカは目がいいの。

 人間なんかよりずっとね。

 暗い深海でも何キロも先まで見渡せる』



たしかにイルカは人より脳が大きく、

頭が良いと聞いた事があるが、

そんな事も出来るんだと感心していると、

彼女はさらに続けた。



『まずい。 流れが速い』



窓の外はその言葉を裏付けるように白くにごっていた。



海底潮流かいていちょうりゅうで流されされている!』



「海底潮流?」



しおが始まっているって事。

 津波つなみ前兆ぜんちょうよ』



『これ以上流される前に水底みなぞこにつかないと!』



そう言って彼女は僕の手の上に手を重ねると、

一緒になってレバーを回し始めた。


不謹慎ふきんしんにも耳元にかかる彼女の熱い吐息といきに、

役得やくとくだと思ってしまう。


彼女はレバーを回しながら、

アクアボイジャーでイルカ達に指示を始めた。


『ピーピー、キーキー、

 突き出た岩場を見つけてその影に船体を運んで』


彼女がそう言うと船体は途端とたんかたむき始めた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る