それまで無秩序に回っていた背びれが仲良く整列し

僕達の前で止まった。


次の瞬間、

波しぶきと共に二頭のイルカがその姿を表した。


ポッドに身を乗り上げ日向ひなたぼっこするように、

体を預けるかわいい二頭のイルカ。


ピンクと青のつがいの二頭のイルカだった。


「何かしたの?」


僕が少女にそうたずねると、

少女は首をかしげ笛を差し出しつぶやいた。


『アクメホイッスル』


これを吹いたと言いたいのだろうか?


「でも何も聞こえなかったよ?」


少女はもう一度その笛を口にくわえると、

吹く素振そぶりをしながら僕の顔を見つめた。


そして不思議そうに僕を見つめふたたびたずねた。


『聞こえない?』


「うん。

 何も聞こえないかな?」


『そう。 残念』


残念?


何が残念なのだろうか?


再び僕は彼女にたずねる。


「どう言う事なのか、

 お兄ちゃんに教えてくれない?」


彼女は不思議ふしぎそうに僕を見つめささやいた。


『お兄ちゃん違う。

 おじいちゃん 』


おじいちゃんって・・・


確かに彼女よりは少しだけ年上だけど、

おじいちゃんって呼ばれるほどは離れていない。


多分・・・


「僕はおじいちゃんじゃないよ、

 だよ!」


『高い音は歳をとると聞こえなくなる』


彼女はポツリとそうつぶやき再び笛を見つめる。


「君にはその笛の音が聞こえてるの?」


『うん』


コクリとうなづき、

彼女は再び笛を吹き僕を見つめた。


僕を見つめる彼女の目は、

どこまでも透明で深く吸い込まれそうだ。


「やっぱり聞こえないかな」


童話の中から抜け出して来た少女は

僕を見つめたままつぶやいた。


『おじいちゃん』



大迷子オオマイゴー!?



そうか、そうなのか・・・


僕はおじいちゃんなのか!?


間違まちがっている・・・


世の中すべて間違っている・・・



一人苦悶くもんする僕にとどめとばかりに

繰り返す少女。


『おじいちゃん』


子供のころあこがれた童話の中のお姫様は、

どこまでも透明で純真で着飾らない。


・・・


何か違う・・・


なぜ人類ははるか昔より物語を必要としたのか。


それは現実があまりに残酷ざんこくだからだ・・・


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