17

 

幼い少女の平然とした横顔を見て思う。



彼女は僕よりかなり小さく幼いが、

それでも海に関しては、

遥かに僕より先達者せんだつしゃなのだと。



『プラシボー効果って知ってる?』


彼女が唐突とうとつにそんな事をつぶやいた。



「薬が良く聞くと思い込まされて飲めば、

 ただの水でも効果が出るみたいなやつ」


『そう自己暗示。

 私は天才であなたは助かる。

 これは決まった未来よ』


「そっそうだね。

 君は天才だよ・・・ 」



自己暗示による能力の底上げ。


記憶力、判断力、決断力。


いや彼女の場合、それは比喩ひゆで、

本当に助かる実力を何気なく示しているのだろう。


私に任せとけば全てうまくいくと。


少なくとも彼女は本気でそう思っている。


彼女は漆黒の海原を見つめたまま、

何かをつぶやき始めた。


『私は天才。私は天才。私は天才』


どこかわざとらしく微笑ほほえむ彼女。


『一度言って見たかったの。

 追いつめられた主人公が言うセリフ。

 私には必要ないけど。

 言ってみてわかった!

 これって自分に自信のない人のセリフ』


「僕にはそのセリフを言う余裕よゆうもないよ」


『そう』


主人公が自分を鼓舞する勇気をたたえたシーンも、

彼女にとっては滑稽こっけいなだけのようだ。


彼女には勇気を振り絞る主人公も、

それはその主人公の底を見せている喜劇にしか

映らないのだろう。


一般的な人間は、その勇気さえ持てないのが、

理解できないのだ。


世の中に絶望し、いつ死んでもいいと思っていた

自分でさえ、現実の死を突きつけられると、

生きたいと思っているのだから。


最初から死にたくない人間の恐怖はもっとだろう。


それさえ滑稽こっけいに見える彼女の絶対の自信が

その小さな体からにじみ出ていた。


そのりんとした眼差しが母の横顔と重なって見えた。


思いがけない邂逅かいこう


かすんだ残像の中に、遠い昔見た母の面影おもかげが重なる。


埋没まいぼつした記憶の残像。


遠い昔に見た幻。


母は振り返りチャイルドシートの僕に近づきささやいた


『大丈夫』



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