第20話 森の神

 雪が溶けて森に春が訪れた。おやっさんの推薦で神職の講習会に通ったが、宮司になる為には更に階級を上げなくてはならなかった。

 講習会には女性も参加出来る。

「優子さんでも宮司になれるのでは?」

 俺はおやっさんに尋ねた。

「うちは駄目だ。兎家の女は代々巫女と決まっているからね」

 あれから魔物は一度も姿を現していない。おやっさんの肩の傷は良くなったが、腰はまだ痛むようで、横になることが度々あった。



「お花見しましょうよ」

 本日は水曜日、週に一度の道具屋の定休日だ。おケイの提案で、狼兔神社に一本だけある桜の木を愛でることにした。

 俺は出来ることはやろうと決めて、狭い境内を綺麗に保つようにしている。草むしりと落ち葉拾いは水曜に行っている。

「花見と言えば鯛焼きよね」

 おケイが白い紙袋から鯛焼きを配る。あまり聞かないフレーズだが好物だから良しとしよう。一口囓ると香ばしい生地の香りとつぶ餡の甘さが堪らない。

「今夜から俺に夜回りを任せてくれませんか?」

 俺は決心を言葉にした。



 桜はまだ八分咲きだが、風が吹くと薄桃色の花びらが舞った。

「宮司でなくても変身できるのかしら?」

 おケイがビール缶のプルトップを押し開けながら言う。子供の頃は分離式のプルトップだった。指に嵌めて遊ぶと危ないからと母に叱られたものだ。

「わしの時はいっぺんに引き継いだからな。どうだろうか…」

 おやっさんは大学で資格を取った。転職組の俺とはそもそもの身分が違う。

「優子さん、森の神にお願いしてくれるかい?」

 自分でも変なことを言っている自覚はあった。

「俺が今夜から夜回りをすると…」

 だけどそれ以外思い付かなかった。



 兎家で夕食(ビーフシチュー)をご馳走になり、彼女と御神木の前に来た。極度の桧花粉アレルギーなのだが、この森ではくしゃみも鼻水も出ないから不思議である。

「神様。父は腰を患っていて充分に役目を果たせません。今後は彼が夜回りをします」

 彼女は胸の前で掌を組んで、祈るような格好で話した。

「…何者だ」

 御神木からしゃがれた声が聞こえる。想像していたよりも太く低い声が木霊する。

「父の後継者です」

「…成る程、中途半端な者のようだ。新人、お前は何色の狼にしてやろうか」

 何と…毛色は選択出来るのか?

「宮司と同じ白い毛並みが良いです」

 返答するが俺の声は届くのだろうか。

「ふん。お前達はいつもそうだ。右に習えで辟易する」

 会話が成立している。何だか色々話せそうな雰囲気である。

「あの神様。出来れば、魔物を許してやって貰えませんか?魂を天に還してあげてください」

 俺のお節介が出る。だが如何せん危なくて夜は森に入るのも儘ならないのだ。



「…私は神だ。生命を奪うのは魔物の役割である」

「彼自身はどうなるのです?」

 神は小さく笑い声をあげた。

「喉笛を喰いちぎるしかないだろう」

「それ以外に方法はないのですか?」

 急に森がざわめいて突風が吹いた。質問はかき消されたかのように、返事はなかった。






































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