第17話 告白

 三ヶ月が経ち常連客とも顔馴染みになった頃、竹下さんから喫茶店に呼び出された。

「キムティ、こっちよ」

 彼はちょくちょく連絡をくれる。俺にとっては久々に友人と呼べるやつだ。

「お待たせ、おケイ」

 俺は竹下さんの事を、彼のたっての希望でおケイと呼んでいる。彼の名前は圭吾という。

「髭が素敵だわ」

 俺は銀行員の時には出来なかった事をやろうと決めて、顎髭を無精髭のようにうっすらと生やしている。道具屋の親父っぽく、ディッキーズの作業着とワークブーツを履いて、腰袋にはスケールやノギスを忍ばせている。



「私、貴方が好きなの」

 俺はおつまみの豆を飲み込んでむせた。ゴホゴホッ…。

「何だって?」

 ウエスタンデニムシャツに白いパンツ姿の彼は、真剣な面持ちである。

「貴方が好きなの」

「好きってつまり…」

 俺は珈琲をかき混ぜる。クリームも砂糖も入っていないがぐるぐると混ぜる。

「うん、恋愛対象」

 おケイは爽やかな笑顔で笑う。

「俺のどこが…」

 顔が熱い。暖房が効きすぎではないか?

「渋いところ。優しいところ。特に顔が好き。トム・クルーズみたいでしょ」

「ないないない…」

 一体どんなフィルターがかかっているんだ?過去に『疲れた西島秀俊』と言われたことは一回だけあるが、その時は向こうも相当疲れていた。



「ごめん、好きな人がいる」

 何て言おうか迷った挙げ句率直に断る。それが礼儀だ。

「うん、知ってる」

 おケイはニコッと笑った。彼こそ今日もイケてる。クリント・イーストウッドの若い頃のようだ。

「言っておきたかったの。でないと次に進めないでしょう?」

 彼は右手を差し出した。

「これからも親友でいてね」

 俺はまだ少し困惑しながら、彼の右手を握った。



「キムティは優子に告白しないの?」

 今度は珈琲にむせる。ゴホッ…。

「…知っていたんだ?」

「もちろん」

 彼は笑うと右頬にえくぼが出来てチャーミングだ。

「ないない。十四歳も違うんだ。俺の存在は親戚のオジサンみたいなものだよ」

 笑ってごまかすが変な汗が出る。

「そうかしら…」

「兎家は代々女系の一族だそうだ。ずっと女の子しか生まれていない。つまり神と話す力だけは、神から与えられたものではなく血統なんだ」

俺はおやっさんから聞いた話をした。

「俺なんかがけがしていい相手じゃないのさ。彼女はモナリザなんだ。重厚なガラス越しに見るぐらいがちょうど良い。若くて優秀な男に恋をして幸せになってほしい」

 胸の内を一気に言葉にする。それは、ずっと思っていた事だった。

「何それ。ちゃんちゃらおかしいわ。私の好きキムティはそんな臆病者じゃないわ」

 おケイは俺の頬をむぎゅっとつねった。うっすらと涙を浮かべている。


「…ごめん」

 こんな男に惚れて馬鹿なやつだ。

「ありがとう、もう行くよ」

 立ち上がり伝票を手にする。

「待ってキムティ」

 おケイは伝票を奪うと俺の手を握りしめる。…何だ?手の中がひんやりと冷たい。

「今日は私に奢らせて。知ってる?モナリザのガラスケースは最近、透明度の高いものに新調されたのよ。きっともう遠く感じないわ。また遊びましょうね」

 彼は微笑むと、精算を電子マネーで済ませて出ていった。

 そっと手を開く。それはユニクロメッキのナットだった。


























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