第16話 呪い
優子さんの手を引いて建物の外へ出ると、長い足の竹下さんが物凄い速さで走ってきた。
パチンっと音が響く。彼は彼女の頬に平手打ちをくらわせた。
「もう、何してるのよ!心配したじゃない」
優子さんはわっと泣き出して、彼のアーガイル柄のニットの胸に顔を埋めた。竹下さんは彼女を抱き締めてやさしく髪を撫でる。
「大丈夫よ。落ち着いて。一体どうしたのか教えてちょうだい」
俺はそっと二人から離れ、おやっさんに電話して彼女の無事を伝えた。おやっさんは『ありがとう、恩に着る』と繰り返し言った。
俺達は園内のカフェに入った。彼女の正面に竹下さんが座り、俺はその隣に座る。
「このまま兎でいるのが嫌になったんです。それで、あの日森へ行ったの」
彼女は俯いたまま話す。
「どうして?」
竹下さんが尋ねる。俺は張り詰めていた糸が切れて、二人のやり取りを漫然と見ていた。彼はいつものように髪を後ろで束ね、
正直先ほどの光景がショックだった。端から見れば絵にかいたように似合いのカップルで、俺の入る隙は無かった。次期宮司は彼が適任だ。
「巫女の声なら神に届くかも知れないと思ったの。呪いを解いて欲しかったんです」
呪いと彼女は表現した。
「
「お前も?」
竹下さんが尋ねる。
「母の事だと思います。自分が兎でいる限り夜回りは続く。それは嵐の日であっても…です。父の重荷である事に耐えられなかったのでしょう」
「…ある意味、お母様の願いは叶った」
竹下さんが言う。
「はい。神は、約束を反故には出来ないが、もし次の巫女が
「お母様は自殺だった?」
竹下さんが尋ねる。
「おそらくは。娘が巫女を継承すると、わかっていたはずです。それでも兎でいることに耐えられなかったのでしょう。もしかすると、父が子供の私には告げないことを予測していたのかもしれません。実際私はずっと知りませんでしたから、重荷にも思いませんでした」
彼女はまたぽろぽろと涙を流した。
「もしかしたら私も母のようになってしまうかもしれないと思ったら急に恐くなって、逃げ出したんです」
その時、俺のスマートフォンが鳴った。おやっさんからで、配達が入ったから店に戻るよう娘に言付けてほしいという内容だった。
配達なら俺にも可能だ。俺は用事が出来たからと先に店を出た。
「父は身内だから良いんです。でも彼には負担をかけたくないの。目覚めたときベッドサイドに彼がいた。冗談めかして見張っててなんて言ったから…。彼はこれからも満月の度に徹夜しようとするでしょう」
「まあ優子、もしかして彼の事が好きなのね?」
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