第6話 薄茶色の兎

 俺は彼女から気を失っていた間のことを聞いた。俺を運んでくれたのはおやっさんと竹下さんだった。以前に大きな工具箱をガレージまで配達して貰ったことがある。家の場所はおやっさんが知っていた。鍵は俺のポケットのキーケースの中から探してくれたそうだ。

「おやっさんは?」

「父は家に帰りました。お医者さまに目が覚めたことを連絡しますね」

 そう言って彼女はスマホを手にした。しばらくすると医者が往診にやってきて、念のため休み明けに大きな病院へ行くようにと言って帰った。俺はお腹が満たされると眠くなり、彼女にお礼を言って横になった。

「朝までいますので安心してください」

 彼女は微笑んだ。まだ起きていたかったが、どうにも眠気が強くてそのまま眠りに落ちた。



 深夜ふと目が覚めた。窓から月光が差し込んでいる。ソファーには薄茶色の兎が眠っていた。俺は寝ぼけて、ああ…も眠ったのかと思ってまた目を閉じた。



 翌朝目が覚めると、またしても彼女の姿がキッチンにあった。俺は飛び起きた。

「おはようございます」

 優子さんは微笑む。

「すみません。寝過ごした」

 俺は慌てて彼女の元へ行こうとして、足の小指をテーブルの脚にぶつける。彼女は悶える俺に、「お決まりですね」とクスッと笑う。

 それから俺達は向かい合わせに座った。今朝は目玉焼きとサラダ。小窓から朝日が入り、清々しい雰囲気だ。

「いただきます」

 彼女が微笑む。幸せな朝だ。俺は昨夜眠ってしまった自分を悔やんだ。こんな良い女が泊まったというのに眠りこけていたとは失礼にも程があるのではないか。



「君が道具屋の娘さんだとは驚いたよ」

 俺は目玉焼きを箸で潰す。トロっと美味そうな黄身がはみ出た。の件はもう少し気持ちが落ち着いてから尋ねることにしよう。

「母は私が小さい頃に亡くなったので、ずっと父と二人暮らしです。木村さんは?」

「両親共に他界してる。独身貴族です」

 言ってからまた、古い言葉を使ってしまったと反省する。昨日テープと言った後にも、CDと言えば良かったと思った。

「ところで昨夜、薄茶色の兔を見なかったかい?」

 俺はあの兔が忘れられずに尋ねた。

「いいえ。見ませんでしたよ」

 彼女はきょとんとして答える。

「なら夢か…」

「そうですよ。変なの。ちゃんと病院で検査して貰ってくださいね」

 彼女はまたくすくす笑った。よく笑う女性だ。こんな子と暮らしたら毎日楽しいだろう。仕舞い込んだ欲がムクムクと起き出して、俺はもう一度自分の頬をつねった。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る