第5話 狼ちゃん
「狼ちゃん?」
俺は尋ねた。何かの比喩だろうか。
「獣の狼です。父は満月の夜に狼になります」
優子さんがまじめな表情で答える。
なるほど狼か。
――狼?!
御神酒で酔いが回ったのだろうか。自分の頬を両手で挟み込んで叩く。
「狼男…じゃないよね?」
満月といえば狼男だ。いや狼男なら良い訳ではないが、俺はパニクって尋ねた。
「はい。狼に姿を変えます」
さっぱり意味がわからない。だが彼女はふざけているようにも酔っているようにも見えない。素人向けのドッキリなら理解できるが、カメラもなさそうだ。
「六百年程前、この神社は森の神を鎮める為に建てられたそうです。以来狼が神の使いとなって、この森を守ってるんです」
それに似た話なら聞いたことがある。確か関東の方に、狼が守っている有名な神社があったはずだ。だが宮司が狼になるなんて話は聞いたことが無い。そんな事があったらそれはもうファンタジーだ。
「ここは由緒ある神社でね。古い文献では応仁の乱の頃まで遡るそうよ。親父さんは満月の夜にはいつも、狼ちゃんに変身して森を巡回するんだって。ロマンチックよね」
竹下さんが補足するが、おやっさんが狼のくだりがてんでわからない。
俺は漫画のように、口をあんぐり開けたまま固まった。さぞ不細工な顔だったろう。
「代々宮司には狼の力が与えられてきました」
彼女は一生懸命に説明した。その賢明さに、俺はとりあえず頷く。彼女の言葉を頭の中で反芻してみる。とにかくおやっさんは現在、狼になって森をパトロールしているようだ。
「もうすぐ戻って来ます。良かったら、父から直接話を聞いてください」
狼のおやっさんが戻ってくる?
そう思った矢先、急に視界が歪んだ。頭がショートしたのか、御神酒がまわったのか、俺は意識が遠のいていくのを感じた。
目を開けると、自宅の天井が目に入った。
――なんだ夢か。
俺はほっとした。味噌汁の、良い匂いがする。そうか、もう夕飯か。何だかとってもお腹がすいている。
――味噌汁の良い匂い?
俺はガバッと起き上がった。
「良かった。気がついたんですね」
キッチンからこちらを振り返って微笑んだのは、優子さんだった。
「美味しいですか?」
彼女の作ってくれた肉じゃがと味噌汁を頬張る。彼女はまじまじとの俺の顔を見つめる。真っ直ぐで円らな瞳が俺を見ている。
俺は頷いたが、じゃがいもが喉に詰まってゴボゴボと咳き込んだのであった。
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