第4話 神事

「今年も弾きに来てあげたわよ」

 楽器店の竹下さんが到着した。背が高くスラリとした美形の男性である。長髪を後ろでひとつに纏め緑色の石のピアスをしている。

「あら優子、チークが足りないんじゃないの? もっとかわいくしなくちゃ」

 中身は、想像していたよりも乙女な人のようだ。

 彼は俺の顔を見て「あら、渋くていい男」と言った。俺は自分が暗い分、こういうノリの人は好きである。神事の後で話しかけてみようと思った。



 辺りが薄暗くなると、神事の始まりだ。おやっさんが祝詞のりとをあげる。暗くなるにつれ、二十名ほどが集まってきた。

 続いて琴の演奏が始まる。竹下さんは国内でも指折りの琴の名手だそうだ。繊細でのある弦の音が響く。

 金の髪飾りと千早を身に纏った彼女が登場すると「ほうっ」と歓声が起きた。千早には緑色の兔の刺繍が施されている。

 神楽鈴の音がシャリン、シャリンと森の中に響きわたる。辺りの空気が先ほどまでとは違い、凜として澄んでいるように感じられる。



 鳥居にもたれて彼女を眺めていた俺は、何故か絵画のモナリザのようだと感じた。

 俺は過去に二度、ルーブル美術館のモナリザを見たことがある。そのはあまりに重厚なガラスに守られていて、常に人だかりがあって、近づくことさえままならなかった。

 先程まで近くにいた彼女が今は遠く、尊くて手の届かない物のように思った。

「ああ、今宵は満月か」

 空を見上げて俺は呟いた。遠くでアォーンと遠吠えが聞こえた気がした。



 神事が終わり、参拝客は散り散りに帰っていく。

「お疲れ様でした。御神酒とお下がりです」

 優子さんが俺達のところへやって来た。竹下さんは「わあ、嬉しい」と言って早速スルメを手に取る。

 優子さんはTシャツにジーンズ姿である。鞄に入れていたのだろう、Tシャツはよれよれだが、それがまた愛らしい。

 俺はギャップにやられて、好意を隠す自信のないまま、うわずった声で尋ねた。

「おやっさんは後片付けしているの? まだ仕事があれば手伝うよ」

 おやっさんは高齢である。ここは俺が日頃の礼をすべき時だ。

「いえ、父は森に行っているので……」

 彼女は小さな声で答えた。気付かなかったが、二人は親子なのか。言われてみれば目元が似ている。

「この暗い中を一人で?」

 俺は鬱蒼として真っ暗な森を見た。例え灯りを持っていたとしても危険なのではないだろうか?

「大丈夫よ。おやっさんは今夜は狼ちゃんだから」

 竹下さんが長いスルメの足にかぶりつきながら言った。







 




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